第75話 朝から叫ばないで下さい(説明:小屋と従魔たち)

第二章 葡萄の国と聖女(75)



75.朝から叫ばないで下さい(説明:小屋と従魔たち)



「これを受け取って欲しい。」


僕はマッテオさんの提案を聞いてしばらく言葉を失ってしまった。

しかし結局その黄金のワインを薬草代の差額分として受け取ることにした。

趣味で造っているということは逆に言えばそれだけ思い入れが強いということだ。

それを本人から差し出されて拒否なんてできるはずがない。


こうして僕の初めてのワイン買取交渉は終了した。

マッテオさんが201本のワインをどこへ届ければいいかと訊いてきたので、レストランの中にまとめて置いてくれればこちらで運びますと答えた。


「ウサくん、召喚。」


ワインが揃ったタイミングでウサくんを召喚すると、レストランの床からウサくんが浮かび上がってきた。


ウサくん、召喚の時も影潜りで出てくるんだね。

あれ、まだ寝てる?

召喚すると寝ててもそのまま呼び出されるのか。

ちょっと申し訳ない気もするけど、ウサくん、従魔としてそれでいいのか?

警戒心なさすぎじゃないかな。


仕方がないのでウサくんの体をツンツンすると、ひとつあくびをしてウサくんが目を覚ました。


「ウサくん、このワイン、貯蔵庫に運んでくれる?」


僕がそう頼むと、ウサくんはまん丸な目を何度かパチパチしてから、右前足を軽く上げて言った。


「主、分かった。後で薬草ちょうだい。」


そう言い残すと、ウサ君は201本のワインと共にレストランの床に沈んで行った。

そうだ、ウサくんしゃべれるんだった。

声を聞いたの、二度目かな。


「従魔とは凄いものだな。いや凄いのはウィン君の魔法か?」


一部始終を見ていたマッテオさんは淡々と僕にそう告げた。

「凄い」の一言で受け入れらるマッテオさんはとても懐が深いというか、胆力があるというか・・・

魔物(従魔)がしゃべる光景を見ても平常心を保てるマッテオさんに感心していると、いきなり後ろから叫び声が上がった。


「ウサギさんがしゃべった!」


声の主はもちろんルルさんだ。

そこにいたんですね。

全然気づきませんでした。

朝からちょっとうるさいので、もう少し静かにしてくれませんか。

マッテオさんを見習って下さい。


「ウィン! 今ウサギさんがしゃべったぞ。どういうことだ? クマさんだけじゃないのか? もしかしてみんなしゃべるのか?」


ルルさん、ちょっと落ち着いて下さい。

それから顔が近いです。

あと従魔たちの名前・・・覚える気なさそうですね。


「あらあら、まあまあ、何の騒ぎ? ルルちゃん、女性は大声出しちゃダメよ。ウィン君がいるからって興奮しすぎよ。」


ここでアリーチェさんが登場。

「ルルちゃん」呼びは、宴会の席限定じゃなくデフォルトになったようだ。

「ルル様」から「ルルさん」を飛ばして一気に「ルルちゃん」と呼べるあたり、アリーチェさんの人間力を感じる。

まあ、ルルさん本人は、「ルル様」ってタイプじゃないけどね。


アリーチェさんがルルさんに、「何があったの?」って感じで話しかけている。

事あるごとに個別に説明するのは面倒なので、この際まとめて説明してしまおう。


「ルルさん、アリーチェさん、ちょっと座ってもらえませんか。小屋と従魔たちについて説明したいので。」


「ほら、二人ともここに座りなさい。ウィン君が困ってるだろう。それからアリーチェ、ウィン君がワインを200本買ってくれたぞ。」


「あらそうなの? ウィン君、本当にありがとう。うちのワイン、気に入ってくれたのね。」


マッテオさんが促してくれたので、ルルさんとアリーチェさんはすぐに椅子に座った。

アリーチェさんからはワイン購入のお礼も言われた。


「では、説明します。」


僕はできるだけ分かりやすい言葉を選びながら小屋と従魔たちについて説明した。

ついでに島のこと、僕の魔法(クエスト)のことも。


3人の反応はまさに、「三者三様」だった。


まずは醸造家大人代表のマッテオさん。


「なるほどな、良く分かった。」


それだけですか?

それでいいんですか?

心の許容量が広すぎませんか?

僕としてはありがたいですけど。


次が葡萄農園女性代表のアリーチェさん。


「ウィン君、素敵!」


アリーチェさん、話聞いてました?

ちゃんと聞いてても理解しにくい話だったとは思いますが。

全部ひっくるめて「素敵」でいいんですか?

どちらかというと「胡散臭い」とか「得体が知れない」とかが適当では?


最後に聖女・・・というより戦闘狂代表のルルさん。


「ウィンの当たり前は、想像を遥かに超えていた・・・」


ルルさん、説明の大半はすでに知ってましたよね。

「孤高の聖女」のイメージはどこに行ってしまったんですか?

コロンバールの人たちの憧れはどうなるんですか?

戦えればいい?

そうですか。

そうですよね。


ということで説明終了。

全部話してスッキリした。

これでいろいろ気を使う必要がなくなる。

ただ僕のほうからマッテオさんに確認したいことがいくつか残っていたので訊いてみた。


「マッテオさん、僕の小屋ですけど、あのままで大丈夫ですか? 消すこともできますし、移動もできますけど。」

「あそこなら邪魔にもならないし構わないぞ。」


小屋がどういうものかは説明したし、僕が許可しない限り誰も出入りできないので問題なしとのこと。

まあ問題があればすぐどうにでも対応できるしね。


「それから従魔たちなんですが、この辺りを出歩くのはまずいですよね?」

「そうだな、人のいないところなら問題ないが、知らない人が見ると普通の魔物と間違えるだろうな。この周辺の農園の人たちは昨日従魔たちを見ているから大丈夫だと思うが。」


知らない人に目撃されなければ大丈夫そうだけど、どうしようかな。

従魔たち、新しい食材と素材の確保に闘志を燃やしてるようだし。

まあみんな優秀だから見つかるような失敗はしないかな。

タコさん以外は。


「そうだ、この国に海はありますか?」

「少し遠いがあるぞ。ここから首都のコロンを挟んで反対側だな。ポルトという港町がある。」


ちょっと遠いけど、僕が転移陣で移動して小屋を作ればいいか。

そこに行ければタコさんも食材集めできるしね。


そうだ、転移陣と言えば進化系があるはずなんだよね。

今の表示が『転移陣(単独)』だから、次は『転移陣(複数)』とかになるのかな?

転移陣は「テディ・ミニマの訓練を受けろ①」の報酬だったから、ディー君の訓練を受ければ進化するんだろうか?


…転移陣クエストを表示します。…


僕の疑問に反応したのだろう。

「中の女性」からのメッセージが視界に現れた。

続いてクエスト内容が表示される。



○転移陣クエスト(拡張)

 クエスト : 君と共に

 報酬   : 転移陣(2人用)

 達成目標 : 「君なしではいられない」と告げる(100回)

 注意点  : 対象は異性・相手に聞こえないと無効



「中の女性」・・・

しばらく大人しいと思ってたのに、またこの路線ですか。

普通「訓練を受けろ①」の次は「訓練を受けろ②」じゃないんですか。


…管轄が違いますので。「訓練を受けろ①」はキリ…


あれ、「中の女性」のメッセージが変なところで切れた。

バグった?

「キリ」って何だろう?

キリン? キリギリス?

あと・・・思いつかない。


しばらく待っているともう一度メッセージが流れた。


…管轄が違いますので。「訓練を受けろ①」は島の担当者の管轄、転移陣拡張クエストは私の管轄です。…


「中の女性」、言い直した(送り直した)。

しかも1回目のメッセージが無かったかのように。

なんか怪しい。


文面から見ると、「キリ」のところに当たるのは「島」、もしくは「島の担当者」だろう。

もしかして、島に名前がある!?

あるいは「中のヒト」に名前があるのか。

これは確認しないとね。

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