23 海だー!!
照りつける太陽、煌めくビーチ、エメラルドグリーンに輝く海。
「海だー!」
入社して3年、仕事に明け暮れ、遊び・観光の類からはかなり縁遠い生活を送っていた私にとってその光景はとてつもなく眩しかった。
テンションが急激に上昇し、完全に気持ちが学生気分になったところで横から水を差される。
「お子様ね。あんた海の中入って泳ぐことしか考えてないでしょ」
「そんなことない。ビーチでも遊ぶ。後でバレーしよ!」
「大人の女のくせに色気もへったくれもないわね」
美香は呆れて腰に手をつく。
「私は美香達と違って恋しに来たんじゃなくて遊びにきたの。色気なんて必要ない。今必要なのは体力」
声を強めて力瘤を作って見せると、美香は眉間に指先を当てて大きくため息をついた。
「いくらスタイルが良くて水着が似合っていようとも、アンタはライバルになりえそうもなくて私は安心だわ」
「そりゃどうも。ごちゃごちゃ言ってないで海入ろう」
「はいはい」
呆れた風を装う美香だけど実際遊ぶことだって楽しみにしていたようで、海に入ってしまうと私と同レベルではしゃぎだした。
朝の便で羽田から出発した私達は昼前には那覇空港に到着し、そのまま旅館に荷物を置きビーチに繰り出した。
2泊3日の旅行は初日が海水浴で、2日目の3日目は自由行動。旅館の夕食だけ交流のため参加者全員で摂ることになっている。
半ば強制的に美香に誘われて来ることになった旅行だったけど、参加するからには全力で楽しみたいと思うのが人というものだ。
なので、私は日常のことなどすっかり忘れて楽しむことだけを考えた。
でもって、一課のイケメンどころを引っ張り出してきた恩を利用して美香を引きずり回している。
レンタルした浮き輪に2人で掴まりながら沖に進み、波に身を委ねあれこれ話していると突然頭上から水が降ってきた。
「「きゃあ!」」
まだ濡らしていなかった髪がビショビショになり、驚きと怒り半分半分で後ろを振り返るとそこに居たのは森さんだった。
「女子二人でプカプカするな! 折角なら、男を、俺を混ぜろ!」
全力で理屈もへったくれもないことを言う森さんに私は水をかけてきたことを非難しようとしたが、その前に美香が動いた。
「どうぞー、ここに掴まって下さい」
「えっ、美香!?」
美香はあっさり森さんに浮き輪の一辺を与えて招き入れた。大きな浮き輪だったけれど二人で掴まって丁度良いサイズだったので、森さんが入ったらぎゅうぎゅうだ。
けれども私の心配をよそに美香は森さんに肩や腕が触れることをまったく躊躇した様子がない。何より表情がさっきまでと違う。
「私、陸の同期で総務の山本美香って言います。
「そうなの。美人の女の子にそんなこと言われたら俺嬉しくてテンション上がっちゃう」
「やだぁ美人だなんてぇ。森さんだってイケメンですよ」
完全にナンパ男と肉食系女子のやり取りである。
森さんとは同期の女子を紹介するという約束があったので、出発前に美香の顔だけ教えておいてタイミングを見計らって引き合わせようとしていたのだけれど、待ちきれなくて自ら近づいて来てしまったらしい。
顔を教えた段階でかなりお気に召している様子だった。
一方美香にも同様の目的があったので、飛行機の中で森さんのことをさり気なく話題に上げてみたら満更でもない様子。
美香は総務でも選り抜きの可愛い系美人だし、森さんも他部署の女子からは一課で働くエリートの中でもイケメンの部類に入るらしい。
要するに今私の目の前の2人は互いの距離を詰めることで頭が一杯なのだ。
もちろん私は完全にアウェー状態になる。
浮き輪に掴まったまま男女の匠な恋愛テクニックを観察する気には一切なれず、タイミングを見計らって2人から離れることにした。
しばらくさらに沖の方まで泳いでみたりもしたけれど、一人では何をしてもあまり面白くない。
仕方なくビーチに戻り、何か飲み物でも飲もうとコインロッカーに財布を取りに向かった。
必要な小銭だけ取り出すと、そのまま海の家でコーラを買う。
とりあえずしばらく屋根の下で休憩するかと落ち着けそうな場所を探すと、座敷の隅の目立たないところに見慣れた人の見慣れない姿を発見してしまった。
課長が水着に半袖パーカーを羽織った姿で一人でぼんやり海を眺めている。
森さんの水着姿を見たときはなんら違和感を感じなかったけれど、何故か課長の砕けた格好の新鮮さは格段に高い。
物珍しいものには引力がある。
私はコーラを片手に知らず知らずのうちに課長に近づき話しかけていた。
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