21 同期女子の懇願

「社員旅行?」


久々の昼休みの食堂。


聞き慣れない言葉に首を傾げると、同期の美香はパスタを絡めていたフォークを行儀悪く私に突きつけてきた。


「そう、社員旅行。8月の盆休みの少し後に2泊3日で旅行するのよ」


「へえ」


そんなものが存在していることなど全く知らなかった。完全に初耳だ。


聞けば、毎年任意で参加者を募っているらしい。参加者は期間分の有給を消化することになるのだが、個人的な理由で有給を消化するよりも認められやすい分、若手社員の参加者が多い気楽な旅行だという。


「てか、入社3年目にして社員旅行の存在を知るなんてアンタだけよ、多分」


「だって誰にも誘われたことないし、一課でそんな話題上がったことなかったもん」


営業一課は常にどの部門よりも忙しい。それは夏でも変わらない。去年も一昨年も皆が皆お盆休みギリギリまでハードに働いて、休みが明けると同時にハードに働き始めていたはず。


有給を取る人も滅多におらず、体調不良の欠席分しか消費していない人がほとんどだ。


社内の企画とはいえ旅行という名目で仕事を休む人はいないだろう。


というか、課のトップの“あの人”が絶対に許してくれるとは思えない。


「それで、その社員旅行がどうしたの? 美香は参加するの?」


「うん、私は毎年参加してるからね。でもって、今年はあんたも参加するの」


突然な上に勝手な発言に私は箸を止めた。


「何でよ。無理だよ私は」


どう考えても、社員旅行に参加したいから有給消化させて下さいなんて一課では言えない。


にも関わらず、美香は勝手に話を進める。


「今年の旅行先は沖縄だってさ。陸、海好きって前に言ってたわよね。今度の休みは一緒に水着選びに行こう」


「いやいや、何言って――」


美香は基本押しが強い。下手に話を長引かせてしまったら勝手にどんどん話を進めてしまうタイプだ。早めに軌道修正しようと抗議を試みたが、それすら許さない有無を言わせぬ表情と声で私は黙らされた。


「つきましては、陸には旅行に行く前段階の準備――いや、任務があるのよ」


「はあ?」


何を言っているのかよくわからない。けれど聞く姿勢になっていた段階で私の劣勢は明確で、美香に次の発言権を与えてしまったことが大きな失敗だった。


美香は突然フォークを皿の上に置くと、両手を合わせて上目づかいに私を見る。


ザ・お願いのポーズ。


「総務のしがない女子社員一同のために一課のイケメン達を何人か誘って欲しいの」


「…………そういうことか」


私は瞬時に美香の狙いを理解した。


美香は絶賛彼氏募集中のイケメン好きだ。そして、合コン番長的な存在でもある。


一緒に働いている身としてはそんなことはあまり意識しないのだけれど、ここ最近は一課の男性陣の人気というものを私も把握するようになった。


彼らは仕事も出来ればその職種上愛想も良く見た目も気にかけている。社内平均と比べて確実に顔面偏差値が高く、将来有望な若い社員がどこの部署よりも多い。


にもかかわらず、多忙を極める彼らと他部署の社員が親しくなれる機会は非常に少ない。


要するに私は一課の人間を旅行に引きずり出すための道具に過ぎないということだ。


「ねえ、お願い陸ぅ。一課のメンズを旅行に参加させようと思ったら、あんたが引っ張り出すのが一番可能性高いのよ。なんてたって華の一課の紅一点」


「無理言わないでよね。私一人が参加できるかどうかも怪しいのに。一課のしかもイケメンを旅行に参加させることなんて出来る気がしない」


「そこは我が社きっての営業ウーマン川瀬陸の腕の見せ所ってことで」


「持ち上げるような事言われても、無理。…というか提案するだけで怒られそう」


この忙しいのに馬鹿な事を言うな。


課長の声がリアルにイメージできる。


けれども、美香は一向に引かずダメ元でもなんでもいいからとにかく一回だけでも声を掛けてみてと懇願されてしまった。


私は美香にメイクを教えて貰った仮があり、お願いには弱い。


「結果は期待しないでよね……」


沖縄旅行は純粋に魅力的だ。私だって偶にはバカンスしたい。


ダメ元で何人かに提案してみると言ってやると、美香はもう参加が決まったかのように両手を上げて喜んだ。

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