019.日本語なんて楽勝!

「へーそんなことがあったんだ。大変だったねー」


 人魚はまるで他人事のような口振りだ。


「いやいや、人魚さん。マジで正体バレたらヤバいんですよ?分かってます?」


「でも、とりあえずユウ君の妹ってことでなんとかなったんだよね?それじゃあ、一件落着じゃん!」


「まぁ、そうなんですけど……。って、普通に僕の家上がり込んでるじゃないですか!!」


 学校から帰ってきたらまた玄関の前にいたので、家に入れた。今度は擬態の姿だった。昨日選んだ服を着ていて、とても似合っていた。


 僕も自然に家に入れてしまっているけど、普通に考えてやばいよな、これ。慣れるって本当に怖い。


 エアコンが効いた部屋。夏の暑さが吹っ飛んで気持ちいい。冷えたお茶を2人で飲みながら、同じ部屋で過ごす。


「あー、やっぱりこれ美味しいね!海水飲んでる生活だったんだけど、これを飲んでからあっちで喉が渇くようになって。こんな体験初めてだよ!!」


「あー、それだと人魚の世界で生きるのに支障が出るかもですね。飲み物は海水にしましょうか?」


「いや、いいの!これを味わってしまったらもう二度と海水には戻りたくない!」


 人魚は手を突き出して断った。


「それよりさ?」


 人魚は机に肘をついて、手を組み、その上に顔を置いた。


「私の名前、決めてくれた?」


「あっ」


 ぼくは不意に声を漏らしてしまった。


「あー!その感じ忘れてたなー!」


 人魚は僕を指差して怒る。


「今から考えますよ。そうですね……夏っぽい名前がいいですねー。花火、海、祭り、、、


 そうですね!人魚さんの名前はこれからアオにしましょう!!」


「なにそれ〜色じゃん」


「夏っぽいので、いいと思ったんですが」


「花火とか、祭りとかで連想するんだったらさ、バンバンとか、ギラギラとか、アツアツとか。そんなのが良くない??」


「なんですかそれ、名前にもなってないじゃないですか」


「なにー!!」


「……とにかく、お互いに名前をつけるセンス無いってことが分かりましたね、さん」


「……まぁ、ユウ君が付けてくれた名前だからいっか」


 アオさんは両手を机に叩きつけた。


「それよりさ、私、しっかりと日本語書けるようになったよ!」


「本当ですか?」


「うん!何か書くものと紙を持ってきて!」


 僕は立ち上がってペンと紙を用意して机の上に置いた。


「見ててねー」


 アオさんは綺麗な姿勢でペンを握った。そして、紙に向かってスラスラと文字を書いていく。


「どう??」


 アオさんは紙を持ち上げて僕に見せた。綺麗な文字で『さいとうアオ』と書かれている。


 とめ、はね、はらい、全てが綺麗だった。


「す、すごくうまく書けてます」


「でしょ??昨日とても練習したんだから!」


 僕はワークを開いた。ワークはもう一冊完璧に終わっていて、丁寧に仕上げられていた。


「ねぇ、私に辞書を貸してほしいの」


「辞書?」


「そう、そこにたくさん言葉が載ってるでしょ?それに私は漢字も勉強しておきたいの。漢字が分からないと読めないものが多いって歴史書に書いてたから」


「わ、分かりました。帰る時に渡します」


「ありがとう!」


 一晩で文字を覚えられたなんて、すごいな。アオさんはもしかすると、天才なのかもしれない。


「それじゃあ、私もう帰るね?」


「送って行きますよ。あと、辞書も渡します」


「うん」


 僕は立ち上がって勉強机に立てていた辞書を取り出した。小学校の頃、ずっと使っていてかなり年季が入っている。


 僕は辞書をアオさんに渡した。


「おおっ!重たいね」


「運べそうですか?」


「うん。海の中はあまり重さ関係ないから」


 ふと気づく。


 アオさんが人魚だということを忘れそうになっているのを。それくらい彼女の擬態は素晴らしい。


「今日はこれ全部覚えてくるね」


「辞書は量すごいので、ほどほどにしてくださいね」


 僕とアオさんは笑っていた。

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