第9話 猫の井戸 その三



 山門をくぐり、華麗な花を咲かせる大しだれの前を通りぬける。あの作務衣を着た老人はもういない。やはり、あれは悪魔が化けただけの偽者だったのだ。

 本堂の階段下から見あげると、なかに人影がある。今度こそ、本物の住職に違いない。


「こんにちは。住職ですか?」


 声をかけると、人影がこっちをむいた。よく見ると影は二つある。


「やあやあ。本柳くん。ひさしぶりだな。ご苦労。ご苦労。さあさあ、あがってきなさい」


 どこかで聞いたことのある声が迎えてくれる。


(ん? もしかして……)


 龍郎は半信半疑で階段をあがってみる。一段、二段。本堂のなかをハッキリのぞくことができた。やはり、そうだ。思ったとおりの人が、そこにいる。


「やあやあ。何してるんだね? 早くあがりたまえよ」

「穂村先生。なんで、ここにいるんですか?」

「なんでって、君たちがまたもや私の力を必要としているからだろう?」

「ええ、まあ……」


 穂村竜星ほむらりゅうせい。龍郎の母校の准教授をしている考古学者だ。ガリガリにやせているが、よく見ればイケメンである。

 ただし、正体は人間ではない。ソロモン七十二柱の魔王の一柱、フォラスだ。天界の神様の友人でもあるという、見かけによらぬ大物なのだ。


 何より、前の世界が終わってから、龍郎が穂村と再会するのは、今日が初めてだ。学校でも穂村のゼミはとっていなかった。つまり、今生では完全に初対面。青蘭ですら前の世界でのことを忘れてしまったというのに、もとが魔王なせいか、ちゃんとすべてを熟知しているらしい。ふつうに旧友のように話しかけてくる。


「……おひさしぶりです。穂村先生。あいかわらずですね」

「はっはっはっ。そうだろう? あいかわらず頼りになるだろ?」


 あいかわらずの押しの強さだ。だがまあ、穂村がいてくれれば、情報収集面では向かうところ敵なしになる。それは助かる。


「こんにちは。穂村先生のお知りあいですか?」と声をかけてくる住職は、四十代初めの肥えた男だ。仏像のように穏やかな笑みを浮かべている。


 おたがいに自己紹介をすませてから、龍郎は本堂にあがった。仏像の前で正座すると、さっそく本題だ。


「呉服屋の蝶野さんから聞いたんですが、浦主家には海賊由来の品物があるんだそうですね。呪いの品だとか。それについてくわしく知りたいんです」


 ははは、と笑ったのは、住職ではなく穂村だ。


「うんうん。そう言うと思って、すでにたいていのことはインプットずみだ」

「穂村先生。そもそも、なんで、おれがここにいるって知ってたんですか?」

「清美くんに聞いたからだ」

「なるほど」


 まさか、すでに清美と連絡をとりあっていたとは。


「清美さんの予知能力ですか。さすが百発百中ですね。それで、呪いの品物について知りたいんですが」

「ふむ。呪いの品か。まあ、そこが気になるだろう。寺の記録によればだな。人形だったようだ」

「人形、ですか……」

「豪華なからくり人形だったとか」


 からくり人形とは、歯車などを使って自動で動く仕掛けをほどこした人形だ。西洋の船から強奪されたものだから、そういう品物であっても納得はいく。

 また、日本にも江戸時代、著名なからくり人形師がいた。もともとは和時計の技術を用いたもので、よく知られているのは茶運び人形だ。


「からくり人形なら、それなりの大きさですよね? 浦主家のどこかに封印されてるって話なんですが、どうもそれらしい部屋がないんです」


「おお、それなら、いいものがありますよ」

 住職はそう言って立ちあがった。いったん奥の間に消えてから、また現れたときには、手に細長い木箱を持っていた。


「これは浦主家の今の屋敷を建てるときに描かれた見取り図です」

「なんでそんなものがお寺にあるんですか?」

「大工の棟梁とうりょうが寺に寄贈したようですな」

「なるほど」


 住職は木箱のふたをあけ、なかみをとりだした。巻物が一つ。ひろげると、何やら図面になっている。


 龍郎は自分がスマホにメモした間取りとくらべてみた。もちろん、巻物の図面のほうがしっかりしているが、だいたい同じだ。とくに怪しいものはない。


 だが、一ヶ所だけ妙なところがあった。


「あッ! ここ、おれの調べたときには、こんな部屋はなかったですよ。一番奥が真魚華さんの部屋で、その向こうは外壁のはずなんですが」


 真魚華の部屋のとなりに、もう一間、四角い枠が描かれている。ただ、ほかの部屋には八畳、十畳、または茶室、風呂などのように用途や広さを推測できる捕捉が書きこまれているのに、その一間にだけ何も説明がない。真っ白い謎の部屋だ。


 しかも、それだけではなかった。その部屋のいやに近くに灯台と記されているのだ。これはじっさいとは違う。灯台は浦主家の屋敷から、少なくとも二十メートルは離れている。でも図面で見れば、まるで敷地の真横である。


「変ですね。灯台は屋敷に直結してるわけじゃないし、同じ図面に描く必要はないと思うんですが。灯台を描くくらいなら、東屋のほうがもっと近接してる」


 すると、穂村が図面を指さす。


「よく見なさい。灯台と屋敷のあいだに点線があるじゃないか」

「ああ、これですか」


 点線と言えなくもない小さな点が三つほど、謎の部屋と灯台のあいだにあった。古い図面なので全体が色あせ、シミも多い。汚れかと思っていたのだが、故意に記入されたと見えなくもない。


「灯台とこの部屋のあいだに、隠し通路があるんじゃないかね?」


 さすがは穂村だ。

 やはり、知的な面では頼りになる。自慢するだけのことはあった。


「じゃあ、灯台を調べてみればいいんですね?」

「そうなるね」


 戻って、さっそく調査だ。

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