邪智暴虐の闇堕ち聖女
相模優斗『隠れ最強騎士』OVL文庫
1章〜奴隷商名誉代表への制裁
第1話 闇堕ち聖女が世界を恨んだ日
聖女になんてなりたかったわけではない。
私は生まれながらにして聖女としての人生が決められていた。
聖属性の魔力が誰よりも強く、ひとたびその力を行使すれば、大地は潤い、世界が光に満ち溢れた。
誰もが持てるものではない。
そんな特別な力を有していた。
しかし、力があるから幸せな人生が待っているとは限らない。
力を上手に扱い、順風満帆な生涯を送る者もいれば、力に振り回された結果、酷い人生を歩むものもいる。
──そして、私に至っては後者の酷い人生を歩む方だった。
聖女だからと言って、生涯安泰なんて保証はどこにもない。
突如として国を追い出されることもある。
私のいたセイント王国の中には、聖女が多くいた。
その聖女たちは、水面下で誰が一番優れた力を有しているかと競い合う。
自分が最も優れた聖女であると、証明したい人は多かった。
そして、その証明となる指標の一つが聖女の階級。
下は五級から始まり、最上位には神級というものがある。
聖女たちは、上の階級を目指して、日々を過ごす。
そんな中、私は他の聖女たちから、よく標的にされた。
聖女として、私は誰よりも早い段階で神級聖女になった。
しかしそれが、周囲との確執を大きくさせた。
「アンタ、本当にムカつく。なんで、私が神級聖女になれないのに、アンタが神級聖女になれるのよ!」
「優等生ぶってるの本当にキモい。教会の評価稼ぎのつもり? さっさとここから消えてちょうだい」
睡眠時間を削ってまでして、努力を続けた。
誰よりも成果を出し、誰よりも国のために貢献した。
その自負があった。
しかし、現実とは残酷なもので、私が活躍するのを疎ましく思う人が多くいた。
──そうして、私は小さなミスによって、全てを失った。
「…………国外追放、ですか?」
「ああ、神聖教会の最高神官会議によって、神級聖女ノクタリアの国外追放が決まった。『叫びの沼沢』……ノクタリア、君にはそこへ行ってもらう」
「な、なんで……私は、何も……!」
「すまないが、これは決定事項だ。覆すことはできない」
上位貴族の一人から『婚約しろ』と言い寄られ、それを断った瞬間に、私は聖女としての地位を失なった。
教会は、その貴族からの圧力を受け、保身のために私を切ったのだ。
「あーあ。やっぱり、ボロが出たわね。優等生のノクタリアちゃん」
私を目の敵にしていた聖女は、嬉しそうに微笑んだ。
「アンタはねぇ……神級聖女には、相応しくなかったのよ。せいぜい、追放先での生活を楽しみなさい。あっ……その前に、あの場所で、生き続けられるか分からなかったわね! きゃはははっ!」
自分が惨めで仕方がなかった。
私は、貴族の家に嫁ぎたくなかった。
聖女としての仕事に誇りがあったし、王国内を転々として、人々の暮らしに寄り添える今が好きだった。
──どうして?
私はただ、聖女として清く正しく、生き続けたかった。
それだけが望みだったのに……。
万人に好かれなかった時点で、私の人生は狂うことが決まっていたのかもしれない。
後に、聖女の一人が、私に婚約を迫った貴族を煽り、私が国外追放処分になるように仕向けたことを聞いた。
──私は、そんなに邪魔な存在だったの?
別に、誰かのことを悪く言ったり、危害を加えたことなんて一度たりともなかった。
私はただ、幸せに生きたかった。
誰かの幸せを側で支えたかった。
誰かのためになればいいと思い、聖女として力を行使し続けた。
多くの笑顔を……ささやかな温もりを、感じていたかっただけなのに。
……私は、その小さな願いさえも奪われた。
「……なんで、私だけ」
聖女の象徴だった白い服は、雨に濡れ、靴は泥によって茶色く汚れた。
私の茶色い髪は、色素が抜け落ちるように白くなっていき、息が苦しくなった。
『叫びの沼沢』
罪人を追放する際に、適した土地。
人間の肉体を腐らせてしまう瘴気が常に漂い、その場所で呼吸し続けるだけで肺が腐って死に至る。
私はその沼沢の奥深くに独り、置いて行かれた。
「はぁ……はぁ……苦し、い」
──嫌だ。こんなところで死にたく、ない!
手足は麻痺したように動きが鈍くなる。
それでも私は、『叫びの沼沢』から抜け出すために歩き続けた。
どこまで行こうとも、景色は変わらない。
どこを見ても、草木が生い茂り、方向感覚が奪われていくようだ。
やがて、この場所がどこら辺なのかも分からなくなった。
──誰か助けて。
心の中で祈るように呟くが、雨に打たれ続ける私に、手を差し伸べる人は現れない。
ずっとずっと孤独だ。
ひたすらに続く、森林を進む。
日は、雨雲に遮られて、周囲はとても暗い。
──足が、痛いわ。
靴擦れも激しく、かかとの部分からは赤い血が滲んでいた。
肺が腐りかけているのか、吐血も止まらない。
「うっ……えぶっ……!」
地面に血を撒き散らしながら、足を引きずり必死に進む。
絶望的な状況でも、私は死にたくないと願う。
歩き続ければ、この地獄のような環境から抜け出せると……そう信じ続けた。
立ち止まっている暇なんてない。
私は……もう、聖女ではないけれど、生きていれば……まだやり直せると思ったから。
──私は、貴族によって人生を狂わされた弱き存在だった。
けれども、ささやかな幸せを掴むチャンスだってあったはずなのだ。
「ぁ……もう、何も見えない」
瞳は真っ赤に染まった。
目から血が溢れ出ているのが分かる。
瞳が熱くて熱くて堪らない。
指の爪も、ピキピキと音を立てて割れ始める。
瘴気は、何にも勝る猛毒そのもの。
そんなものを延々と吸い続けた私の身体は、もう限界だった。
「私……ここで、死ぬ……の?」
──どうしようもない状況に直面した時、人は何を思うだろうか。
非情な世界に嘆き苦しみ、泣き寝入りする人は多い。
力がないから、抵抗もしない。
ただ無力に潰れていくだけ。
それが、この世界において弱者が辿る末路だと私は思う。
……確かに私は負けた。
この世界の競争というものを理解していなかったから。
人間社会のルールを理解して、適応して、最適な答えを導き出す。
そうして、聖女としての地位をゆっくりと確立していければ、私はこんなに血だらけで地面に伏すことはなかったはずだ。
全ては自分のせいなのかもしれない。
自分がその競争の中で弱かったのが原因だ。
──でも、このまま終わるのは、嫌だ。
湿った土を握り締めて、私は歪む視界を必死に睨む。
私は聖女の称号を剥奪された落第者。
しかしながら、誰よりも魔力を操る力に長けていた。
その自信だけはある。
競争社会での生き残り方を知らなかった私だが、聖女としての適正は、誰よりも高かった。
──つまり、私は、絶対的な弱者じゃなかった。
「そうだ。私は……強い。誰よりも……聖属性の魔力を使いこなせる……うっ!」
だから、こんなところで全てを諦めるなんてことはしない。
馬鹿みたいに、世界の理不尽に振り回されて死ぬなんて許せない。
そうだ……私は、私の価値をこの世界に知らしめたいんだ。
きっとそう願っている。
なら、答えは簡単だ。
私の力で、世界に復讐をしよう。
私を捨てた人々を後悔させてやろう。
力を持つ私を手放したことの重大さを、分からせてやる。
それが、元聖女と呼ばれた。
私、ノクタリアの生きる道になるはずだから。
雨音だけが耳から聞こえてくる。
もう、喉も潰れてしまった。
けれども、私は最期の力を振り絞り、口を動かした。
「……全部、全部……許さない。……私は、必ず…………」
──私を苦しめた者たちに、制裁を執行してやるんだ!
それを最期の瞬間に心の中で唱え、
元聖女ノクタリアは、意識を手放した。
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