第4話 熊のような犬とは
鳥がさえずる清々しい朝の窓辺で深呼吸する。
ここから見える景色は春には花が咲き誇り、夏には緑色の木漏れ日が揺れ、秋は高い空に雲が流れ、冬は張り詰める空気に綿飴のような雪が舞う。
「お嬢様、パーティの招待状がわんさか届いています」
トレーの上にはどこから聞きつけたものか、沢山の令嬢から噂の的にしようという企みが届いている。
「…こういうことには耳聡いわね…」
「どうされますか?」
「"婚約破棄で傷心"してるから言い訳できて良いわね」
「左様でございますね」
「少し外に出たいわ」
今日は暑くなりそうで、ツバの広い紫の帽子を被って馬車に乗った。
行き交う人々は皆、愛とはどういうものなのか知っているのだろうか。
胸を締め付けるような恋をしたことがあるのだろうか。
走り回っているあの子どもは、これからそれを知るのだろうか。
そんなことを考えていると、新しく出来たらしい洋菓子店が目に入る。
「ちょっと止めて貰えるかしら?」
わくわくしながら店に入ると、可愛らしい水色の壁紙に、店内の装飾は白を基調としていてカウンターやテーブルも全て白で揃い、清潔な印象だ。
ショーケースに並んでいるタルトを見る。
女性人気ナンバーワンのいちごタルトは絶対として…レーラはりんごが好きだから、それも買うとして…
散々悩み抜き、使用人達の分も併せて沢山のタルトを買い、店を出る。
ほくほくしながら馬車に乗ろうとしたその時、
「助けて!!助けてください!!」
という声がして声の方を見ると、ものすごい勢いで走ってきた男性がとっさに私の背後に隠れた。
私の紫の帽子がふわっと飛ぶ。
「???」
一瞬訳が分からなく、侍女達がお嬢様から離れなさい!無礼ですよ!などと声を荒げているのに気がつき、
「待って待って!何があったのかまず確認を!話はそれからです」
ぶるぶる震えるその人に落ち着くよう言うと、
「い、犬が…」
「いぬぅ?」
「ものすごい、熊のような…お、おそ…恐ろしいほど大きい…」
きゃん!!と高い鳴き声に下を向くと、子犬が尻尾を振って私の足元に擦り寄った。
「熊のような…犬ってこの子かしら?」
抱き上げて見せると
「ひゃああああ!?」
その男性は悲鳴と共に硬直した。
「あら、ごめんなさい…大丈夫?でも良く見て、この子、まだ子犬よ?」
「え?」
私の手に抱かれ、きゃんきゃん!と尻尾をふる。
「…本当だ…」
その男性は、これはご令嬢に大変失礼を…と言いながら落ちた帽子を拾い上げた。
「あら」
薄茶色の髪の毛に、ヘーゼルの瞳の男性は良く見ると、このわんこに色合いがとても似ている。
わん!と言いながら子犬は男性に飛びついた。
「うわああああ!!!!」
叫びながら去って行った。
「お嬢様!!どこも触られていないですわよね!?…なんて無礼なの…!」
「大丈夫よ。なんだか、嵐のような人だったわね…」
面白いものを見たと思い、馬車に乗り込んだ。
「あ、お嬢様…お帽子が…」
「持っていかれちゃったわね。いいわ。久しぶりに面白かったから」
なんだか、大型犬みたいな人でもあった。
なんとなく子犬が懐くのもわかる気がする。
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