第159話 森にて

(ミストレス様……何故だ……何故……朕がこんな目に)


 呪物に寄生されながらもかすかに残るブレッドの意識は怒りに満ち溢れていた。

 まるでヤクザの手口のような方法で広大な領地と資本のすべてを奪われ、さらに死人に口無しとでもいうかの如く、人としての姿と意識を奪われた彼。

 ミストレスの命令に何故か逆らうことが出来ず森へ向かい走り出す。

 行き先はジャッピング・フォレスト……。

 本来の名はエッピング・フォレストだった場所が悪魔教の手に渡ってからは名を変えられていた。


「コ……ココニ住ム奴ラヲミナゴロ……シ」


 キンッ


 ブレッドが森の入り口に差し掛かった時、彼は違和感を感じた。

 視線が見るのは自身の身体。

 しかも足元から上に向けて。


(……何故、朕のつま先が目の前にある?)


 彼の胴体がフラフラとし、やがて倒れてしまう。

 彼は気付いた。

 首の先にあるべきものが無い。

 そう、彼は森へ一歩踏み込んだその時、既に死していたのである。


「これも悪魔でありんす? まるで四足獣のよう……なるほど、3匹の子豚ごっこで狼役がコレでありんしたか。うっかり殺ってしまったでありんす……どうしよう」


 ブレッドの視線が声のする方向を向く。

 木の上、そこに立つのは長い紫色の髪をなびかせる少女の姿。


(!!! あ、あの少女が朕を殺ったというのか!)


 ブレッドは身体が呪物化しているため首だけでも意識を残すことができた。

 しかし、動くことが出来ない。

 生きていることがバレればとどめを刺されてしまう。


「カペラ様―――!」


「……リゲル? もう、追ってきたでありんすか」


「酷いよ。僕達を置いて急に居なくなっちゃうんだもん」


「カペラしゃま、早く牧場に帰らないと」


 さらに少女が2人やってきた。

 首だけのブレッドはその場を逃げようと力を入れてみる。

 首から下を失っているブレッドが力を込めることができるのは表情筋しか無い。


(ぬ、ぬぐぅぅぅ……ぬわぁぁぁ!)


 脳内に寄生している呪物がその筋肉の動きに反応し、さらなる変化を起こそうとしていた。


 ズボッ!

 ゴキッ!

 グニュ


 ブレッドの頭部が急激な変化を起こし耳から翼、鼻の穴から腕が生えた。


「うひゃぁ、何なの? アレ、気持ち悪い」


「ま、まさか……悪魔!?」


 カペラは2人の驚く様を見て不思議に思う。

 3匹の子豚ごっこを始めたリゲルが演技を忘れ純粋に驚いている。

 カペラは1つの結論を導き出した。


(なるほど……この悪魔はただの偶然。狼役は他にまだ居るってことでしょう。想定外のことが起これば演技を忘れ驚くのも無理の無いこと。だったら、拙は無能を演じなければならない。この悪魔には手も足も出せないふりをする必要が……)


「こ、怖い……カペラ様。僕、武器を持ってきていないんだ」


(チャーンス! ここで僕が女らしさを見せたら、きっとカペラ様はもっと僕を愛してくれるはず)


「わちも手甲はめてきてないよぉ、カペラしゃま」


(リゲルずるい! わちだってカペラしゃまの従順な雌になったんだから!)


 リゲルとベガがカペラに身体を密着させる。

 2人共、小刻みに震えていた。

 カペラは再び疑問を抱いた。

 この程度の怪物に怖がる2人の姿に。


(こ、これは演技? 2人はここでも子豚の役になりきって……ハッ! ま、まさか!?)


 カペラは1つの結論に辿り着いた。

 リゲルが始めた3匹の子豚ごっこ、そこに登場すべき狼は1匹では無いのかもしれない。

 3匹の子豚ごっこは美心が考えた追われる者の恐怖を追体験し、いかに冷静さを保ち対処するか訓練の意味も込められている。

 そこにリゲルなりのオリジナル要素が含まれているのだろうとカペラは思い信じた。


(2人の様子から拙は長男役なのは確実! だったら……だったら……)


 スッ


 カペラはしがみつく2人の腕を振り払いブレッドを強く睨みつける。


「どけ! 拙がお兄ちゃんだぞ!」


「コ、コンナトコロデ死ヌ朕デハナァァァイ!」


 ギュン!

 

 耳から生えた翼で空中を飛び回り鼻の穴から生えた腕を鋭い棘に変化させるブレッド。


「喰ラェェェ! 我突!」


 我突とは漢字の如く自身が突撃する技である。

 つまり、単なる体当たり。

 その体当たりをブレッドが言い換えたものに過ぎない。

 

寂滅じゃくめつ!」


 パァァァン!


「へっ?」


 ジュッ!


 カペラが掌を合わせると共にブレッドは消滅した。

 既に人という輪廻から外れた者は例外なくその身体を塵と化す。

 

「す、凄い……」


「相手に接近させる余裕も与えず滅……した?」


 カペラは内心が複雑であった。

 最弱を演じよという美心の勅命と、2人が頼る強い兄を演じる今の状況。

 どちらのほうが心地良いかは言うまでもない。


「2人共、牧場へ戻るでありんす」


 自身の能力の一旦を見せた2人が唖然としていたことを彼は見逃さなかった。

 雑魚相手にオーバーキルで有ることは彼自身も理解している。

 だが、強い兄の姿を見せるためには自身の技の一部を見せる必要がある。

 同時に彼は抱いたことのない感情が芽生えつつあった。


(マスター、拙は駄目な子です。最弱を演じているよりも、最強の姿を晒した方が心地良かったためです。でも、でも……拙は……マスターの勅命に従わなければ)


 ドクン


(ソレデ良イノカ?)


 何者かの声がカペラの脳内に響き渡る。


「うぅ、くっ!」


「カペラ様?」


「な、何でも無いでありんし」


 牧場に戻った3人はシリウスに酷く叱られ、罰としてプロキオン特製の筋力アップトレーニングを行うことになった。

 今後の話は3人抜きで話を進めていたようでその報告として夕食後、保健室でシリウス、プロキオン、リゲル、ベガ、カペラの5人が集まる。



 

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