第116話 無意識の力

「透明な魔力は遺伝すると……ブンノウはそんなことを言っていました。両親どちらも、透明な魔力を有する場合において」


 尻すぼみにならないように気をつけて言葉にした侑子の声は、微かにかすれた。彼女の意図を汲み取った王は、強い調子で首を左右に振る。


「あなたは夫に望んだ人を愛する時、頭であれこれ計算しますか」


 マヒトはふふ、と声を出して短く笑った。


「美しい花を見て、美しいと認めようと考えてから美しいと感じますか? 美味しい料理を食べて、美味しいと感じようと考えてから美味しいと思いますか」


 思わず首を傾げた侑子を見て、王は「それだ」と言った。


「無意識だよ」


「無意識?」


「無意識とは、純粋だが強大な力を持つものだ。意識することの根底には、無意識が必ず存在するもの――私たちが暮らしを営む家屋の足元には地があり、その上でないと私たちは立つこともままならない。それと同じことだ。無意識の上でないと私たちは意思を持って生きることも、感情を持って誰かを愛することも出来ない」


 マヒトの足元で、さらさらと涼しい音が鳴った。彼の身につける白い装束の脚結紐についた、小さな飾り玉同士が打つかる音だった。


「何かを愛しいと感じるとき、幸せを感じるとき、その感情は晴朗で暖かい。目には見えないが、その明るさと暖かさはエネルギーを持つのだよ。それが愛しさを感じる対象に注がれるときに、僅かに溢れるエネルギーのかけら……それが、“魔法の副産物”」


「慈愛の念……」


 侑子は呟いた。ヤヒコが言っていた。来訪者がこの国に慈愛の念を抱いた時、副産物が生じるのだと。彼の説明は正しかったのだ。


 頷いた侑子の表情から、マヒトは確信を得たのであろう。


「あなたはもう知っているはず。愛を感じ、慈しむという感情を。私は確かに、あなたからこぼれ落ちる副産物を見たのだから」


 王は再び、侑子と紡久の手を両の手でそれぞれ掬い取った。


「自ら選んだ道を進みなさい、魔法が失われた世界からやってきた者たちよ。誰にも強制されることはない。あなた方の心が動く方へ。その道はきっと明るいでしょう」


 アミは目を細めて、主の背中を見つめた。見間違いだろうか。今そこに、かつての主の姿が重なったように思ったのだ。


 若い王には、気迫がない。威厳に溢れた前王とは対称的で顔つきも柔らかい。性格的にも幼い頃から温和で、良く言えば人懐っこく、悪く言えば頼りなさを感じる人物であった。親子といえど、似たところが少なかったのだった。

 しかし今、アミは確かにマヒトに王の姿を見た。


「時代は変わった。天膜を修復できても、今までのようにはいかないだろう。天膜が見えるのは私一人だけと、高をくくってはいられない。けれどあなた達がこの場所で共に生きてくれるのであれば、私も、この国も、きっと道を切り開いて行ける」


 触れた手の先から、確かな体温を感じた。血の通った湿り気と、熱。皮膚という帳を超えて、生み出された無数の感覚が行き交う。


「この世界へ来てくれて、ありがとう」

 

 マヒトの黒い瞳の中に、侑子は輝く虹色の光を見た。

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