第114話 王
王都へと帰ってきてから数日後。
籐の長椅子の上に、侑子と紡久は並んで座っていた。飴色に変色した籐は艷やかに輝き、その上の敷物は複雑な色彩の細い糸で織られたもので、滑らかな美しい獣の毛並みを思わせた。
「緊張するね」
「うん。息してるだけで心臓止まりそう」
二人は静かに笑った。
今この場所に、一人ではなくて良かった。言葉にはしなかったが、お互いにそう考えていることが明白だった。
天井から垂れ下がる照明の光源は、電球ではなく幾本もの蝋燭だった。一本一本に繊細で美しい花の絵が描かれており、灯された炎は七色。天井に映る炎の影は、まるで万華鏡から見る極彩色の模様のようだった。
「王ってどんな人だろう?」
「前の王の長男なんだよね。歳は確か――――」
侑子がアミから聞いていた前情報を口にしようとした時だった。長椅子の後方の襖が唐突に開いた音がした。そして、
「今年三十になる。あなた方とそんなに年の差はないだろう?」
肩を跳ねさせた二人の反応に、その声は明るく大きな笑い声を上げていた。
「ははは、悪い悪い。少しでも早く懇意になれるだろうかと、こんな登場をしてみたのだけれど」
「度が過ぎているのですよ。緊張をほぐすにしても、もっとやり方はあったはずです」
窘めつつ可笑しそうに笑うのは、アミである。彼は侑子達の見慣れているラフな服装でも、派手なステージ衣装でもなく、神社の禰宜のような袴姿だった。
「えっ。まさか、あなたは……」
状況から判断した紡久の顔は蒼白だ。咄嗟に立ち上がった二人は、どのように次の言葉を繰り出したものか、思考はどこか遠くへ飛び出してしまっていた。アミに習って、何度も挨拶の言葉を練習したというのに。
「ヒノクニのオオキミと呼ばれる者だよ。大丈夫。形式的な挨拶や礼儀作法など、気にしなくていい」
彼は軽やかな口調でそう告げると、長椅子の背もたれを挟んで、侑子と紡久の手を片方ずつ取った。
仰天する二人に笑いかけながら、王は続ける。
「私の名はマヒト。王でもマヒトでも、好きに呼んで構わない。さあ、場所を移そう。ここでは少し、説明がし辛いからね」
長い黒髪を、後ろで緩く一つにまとめた男だった。切れ長の瞳は黒く、親しげに侑子達を真っ直ぐ見つめていた。
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