第27話 世界ⅰツインボーカル

「どうでしたか?」


 楽器の残響が静まりきらない中、侑子は佐藤に感想を求めた。


 テスト期間が無事に終了したその日、第二音楽室では軽音同好会の面々が、早速活動を再開させていた。


「良いんじゃないか?」


「本当ですか」


「うん、まぁ。強いて言えば、高低差が激しいところが歌いにくそうではあるけど。そりゃ仕方ないさ。誰が歌ったって、この歌じゃそうなる」


 顧問は腕を組んだまま笑った。


 たった今演奏した曲は、ユウキが作った曲だった。学期始めに譜面が配られ、各々練習を続けてきた後、ようやく全パートで合わせられるところまでやってきた。

 ドラムは綾、ベースは竜介、ギターは裕貴。そして歌うのは侑子だった。


「やっぱ難しいなぁ」


 溜息がでた。


 やはりユウキの歌を一人で完璧に歌おうとするのは、無理がある。

侑子が出せる音と、ユウキが持つ音域の広さは全く違うのだから。


「私からすると、全然気にならないけどね。やっぱり低い音が出しにくい?」

 

 綾は譜面に目を走らせた。


「え! この曲本当はこんなに高音なの? しかもこの音出した後で、こんだけ下がるの?」


 途端に彼女は目を丸くした。今まであまりボーカル譜を細かく見ていなかったのだろう。


「私も一番高い音までは出せませんよ。何となく誤魔化しながら、自分流で歌ってたんです」


 侑子は苦笑いした。


「それで十分じゃないのか。何だったらもう少し音の幅を狭くして、無理なく歌えるようにアレンジしちゃってもいいじゃないか」


 佐藤の言葉に、侑子は逡巡する。


小声で唸る彼女を横目に、裕貴はどこか悶々としていた。


 おそらく侑子は、できるだけ譜面通りに――作曲者の意図通りに歌いたいのだろう。


 それがどういう感情から来るこだわりなのか、はっきりとは分からない。しかし好意や執着といった類のものであることは、薄々気づいていた。


「二人で歌ってみるのはダメですか?」


 一年生達と椅子を並べて聞いていた愛佳が、挙手しながら発言する。


「出来るのか分からないけど。低いところと高いところ、分割してボーカル二人で歌うことってできませんか?」


「なるほど」


 佐藤がうんうん、と頷いている。


「ツインボーカルか。良いかもな。男女混声やってみるか」


 顧問の乗り気な言葉に、会員達の視線がお互いを伺うようなものに変わって泳ぎ始めた。


「二人で歌う」


 侑子はそうだったと、心の中で呟いた。


 ユウキと一緒に歌う時。たった今愛佳が言ったように、自分たちも音の高低によって分割しながら歌っていたのだった。


 曲の中で会話するように。呼応するように。

連続する音と音を二つの声で繋ぎながら。

時折重なって、その際に生まれる音の振動が、大変心地よいものだったことまで思い出す。


「誰が歌うんですか?」


 一年生の一人がぽそりとつぶやくように言った。彼女の隣に座る他の一年生二名も頷いている。

 今年新たに入会した一年生達は、いずれもバンド演奏初心者で、まだ個人で楽器の練習中だった。


「男女混声ってことは、男子だよね」


 綾の視線はたまたま一番近くにいた竜介に注がれるが、彼はびっくり顔で猛烈に否定した。


「ムリムリ。コーラスだけならまだしも、演奏しながら歌うとか出来ないって」


「じゃあ……」


「えっ。ご、ごめんなさい。無理っす。ボーカルなんてできない」


 愛佳の視線を感じた一年男子は、即座に首を振る。彼はピアノを長年習っていて、キーボード希望で入会してきたばかりだった。


「そうなったらもう、裕貴しかいなくない?」


 うかがうような会長の言葉に、全員の視線が、ギターをぶら下げたまま立つ裕貴へと注がれる。


 この流れを予想していたのだろう。本人はさほど戸惑う様子もなかったが、彼の口から出た言葉は、会員達の溜息を誘うものだった。


「歌うのは嫌じゃないんだけど。俺今、声がさ……」


 わざとではなく、タイミングよく裕貴は声を途切れさせた。眉を寄せて小さく唸る。

 

 そんな様子に佐藤は頷いた。


「声変わり真っ最中だな。無理して出さない方がいいぞ」


「ごめん」


「ううん」


 すまなそうな顔を向けられて、侑子が首を振った。


――そうか。声変わり


 ほぼ毎日顔を合わせているので気にしていなかったが、確かにここの所裕貴は声を出しづらそうにしていた。


侑子にはどのような変化が起こるものなのか体感はできないが、長く音を伸ばすような発声は難しいだろう。ボーカルとして声を張り続けなければいけない行為なら尚更だ。


「よし。仕方ないな」


 全員が黙りこくってしまった場で、一番最初に顔を上げたのは、背の高いモジャモジャ頭だった。


「こうなったらもう、先生が歌うしかないだろ」

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