第12話 世界ⅱ噂

 侑子とユウキの文通が始まって、一ヶ月が経過しようとしていた。


 二人がやりとりした手紙の数は、既に両手で数えることができない量になっていた。文通というよりはお互いの日常の報告書のようになっている。

二人共一日に一通以上のペースで手紙を書いていたのだから、当然である。


 この驚くべき現象について、一月の間に分かったことは以下の通りである。



①屋根裏の規定範囲内に置いたものしか並行世界に届かない。(侑子の場合はアンテナ、ユウキの場合はリリー宅魔石ソケットの横)


②誰かが見ていたり、カメラ等で監視した状態では届かない。


③定形郵便の封筒に入るサイズのものしか届かない。


④侑子とユウキ宛で、尚且その二人が差出人の場合にしか届かない。(二人の直筆であることが必要)


⑤同封する形であれば、侑子とユウキ以外の人物が書いた物も届けることができる。


⑥切手を貼らないと届かない。(料金はいくらでも関係ない)



 これ以外のことは謎である。

ユウキは身近な人を始め、ラウトにも相談したが、もちろん彼にも分かることはなかった。


そしてこの現象について、ラウトは自分と息子以外の党関係者や政府役人には口外しないことに決めたのだった。


「専門家や研究者達がまた家に出入りするのは、リリーさんも嫌だろう。それにユーコさんが消えた経緯についても何も分からないままだ。何か明らかになる見込みは薄いだろうし、変わったことがあればその都度ユウキくんから教えてもらえれば十分だ」


 息子に理由を訊ねられたラウトはそう答えると、それと。と付け足す。


「ユウキくんとユーコさん、二人の文通を他の者が邪魔するのも野暮じゃないか。そうだろう?」


 微笑んだ父の顔がひどく優しくて、エイマンははっとする。


 自分と同じ色の父の瞳に、彼の昔の友人の姿が写っていたように見えた。それはきっと気の所為ではないだろう。




***





「噂になってるの、知ってる?」


 その日もユウキはリリーの家へ向かうところだった。


 屋敷の駐輪場から自転車を引っ張り出して、門を通ったところでハルカに声を掛けられた。どうやらユウキを訪ねてきたらしい。


「噂?」


 出合いがしらに唐突に質問されて、ユウキは聞き返すことしか出来ない。心当たりはなかった。


「どうせ今日もリリーのとこ行くんだろ?」


「行くけど」


「そういうことだよ」


「はあ?」


 本気でハルカの意図するところが分からなかった。ユウキは一度自転車を門の中に戻すと、ハルカも中に入れた。

 

「お前とリリーが付き合ってるって、噂になってるんだよ。知らなかった?」


「何だそれ」


 くだらない、と一蹴したユウキは大きく息を吐き出す。


「毎日欠かさず一人暮らしのリリーの家に出入りしてる。長時間滞在してることもある。職場も一緒。なんだったら二人一緒に出勤してくることもある。これは恋人同士なんじゃないかって誰かが勘違いしたって、文句言えない状況だろう」


 少々面白がっている様子が垣間見える。


ユウキは呆れた視線をハルカに送った。


「手紙を投函するために行ってるだけだ。リリーの家じゃないとダメなんだから、仕方ないだろ」


「そうだなぁ。それで返事が返ってくるまで、何時間もずっとポストの前で待ってることすらあるんだから。世話がねえよな」


 ハルカの言う『ポスト』とは、リリーの家の屋根裏のことである。

 

 あからさまにからかうような口調になった幼馴染に、ユウキはむっとする。

しかし言い返せない。


ハルカの言葉には嘘はなく、呆れるのも仕方ない。


 侑子に手紙を出した後、返事が来るまで魔石ソケットのある部屋で時間を潰すことが、ユウキの日課となりつつあったのだ。


「言いたい奴には言わせておけばいいだろ。俺は気にしない」


「ならいいけどさ」


 後ろから、しれっと別の自転車に跨ったハルカがついてきた。


「暇だから今日は俺も一緒に待っててやるよ」




***




 いつも通り、魔石ソケットの隣に封書を置いた。


 四色の魔石のうち、一番近くの青い光りに照らされた封筒がその色に染まる。


 今日の手紙には、昨日販売されたばかりの特殊切手を貼った。通常の切手よりも一回り大きく、そこに写るのは可愛らしいクマのぬいぐるみだ。


ユウキは今まで知らなかったが、このクマは郵便局のマスコットキャラクターなのだそうだ。季節ごとの衣装を着た姿でデザインされた切手が、年に何度か販売されるのだという。


――ユーコちゃん、こういうの好きそう


 そんな風に思って選んだのだが、果たして喜んでもらえるだろうか。


 実際に会って、その手に触れて、言葉を交わして喜ばせることはできない。


侑子はユウキの歌声ひとつで笑顔になったし、手の中に美しい魔法を出せば喜んだ。

ユウキにしてみれば大した事のない動作一つで簡単に見ることができた笑顔は、もう手の届く場所に存在しないのだ。


 そんな現実を認めれば認めるほど、胸を刺されるような痛みを感じる。


――だからせめて、手紙を見て笑っていて欲しい


 考えを断ち切るようにして、ユウキは天井裏へ続く板を閉ざした。


「すぐに向こうに着くものなのか?」


 一連の様子を見守っていたハルカが訊いた。


「完全に見えなくなった状態が一分でも続くと、手紙そのものはなくなっているんだ。それから実際にどれくらいの時間で向こうへ届くのか、この間ユーコちゃんと示し合わせて検証してみたんだけど――これがよく分からない。五分とかからない短時間で届いた手紙もあったけど、丸一日かかった手紙もあった。一度手紙が消えたのを見計らって、返信を待たずに次の手紙を入れた場合も。入れた順番通りには届くけど、かかる時間はまちまちなんだ」


 ユウキの説明にハルカは一言「そんな検証やってたのかよ」と静かに突っ込むと、うーんと唸りながら天井裏へ目をやった。


「じゃあ今頃はもう、あそこにお前の手紙はないってことなのか……音も気配も何も感じないのに。なんだか薄気味悪いな。一体誰が届けているんだ? 時間も空間も違う世界に」


「不気味でも仕組みが解明できなくても構わない」


 ユウキはきっぱりとした口調だ。


「ユーコちゃんとの繋がりを作ってくれるのなら、例えそれが化け物や悪魔だったとしても、俺は歓迎するよ」




                                                              

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