点検口②
「お邪魔します」
「愛ちゃん、いらっしゃい」
愛佳が玄関のドアを開けると、出迎えてくれたのは伯母の依子だった。
こうやって侑子の家を訪ねて伯母に出迎えられたのは、やたら久しぶりに感じる。
この家にいる大人は朔也だけ、という印象がなかなか抜けないのだ。
一年前、侑子がいなくなってからすぐに依子は帰国して、それから伯父の元へ出国することは一度もなかったのだが。愛佳が侑子のいないこの家を訊ねることは、ほとんどなくなっていたのだった。
「ゆうちゃんは部屋?」
「うん。集中して机に向かってたけど、入っていいと思うわ。愛ちゃんなら」
後でお菓子持っていくね、という伯母の声を背中で聞きながら、愛佳は二階へと向かう。
侑子の部屋の前でドアをノックしようとしたら、ちょうどそこが開いて愛佳は目を丸くした。目の前の侑子も一瞬だけ同じ表情を浮かべたが、すぐに可笑しそうに笑い声を上げた。
「びっくりしたぁ。愛ちゃん、遊びに来てくれたの? ちょっと部屋で待ってて。すぐ戻ってくるからね」
「うん」
愛佳も笑い返したが、階下へ降りていく従姉妹を見送りながら、すぐにその顔は戸惑い気味な表情に変わってしまった。
――やっぱり変わった。ゆうちゃん、なんだか違う人みたいになった
失踪する前の侑子は、あんなふうに大きな声で顔いっぱいに笑う女の子だっただろうか。
確かに侑子であることは間違いない。一年間の記憶がおかしい他は、どこにも問題がなかったと賢一から聞いている。だけど……
――一年間側にいなかったから? 私の気の所為なの?
久しぶりに再会した従姉妹と一緒にいる時間は、やはり楽しい。
優しい性格はそのまま、侑子は愛佳にとって大好きな従姉妹のままだ。
しかし、前よりもよく笑うようになった気がする。
そして何よりも愛佳を驚かせたのは、歌を口ずさんでいる姿を見た時だ。
これに関しては、愛佳だけでなく他の家族も驚いていた。決して人前で歌を歌わない姿勢を貫いていた侑子が、恥じらう素振りもなく歌うようになったのだから。
従姉妹の部屋に入ると、勉強机の上に置かれた封筒が目に入った。
桜色をして動物のシルエット模様が描かれたそれは、愛佳にも見覚えがある。交換日記代わりの手紙のやりとりを二人でやっていたことがあり、その際に侑子が使っていたのだ。愛佳の部屋のどこかにも、侑子から送られたあの封筒に入った手紙があるはずだった。
誰かに手紙を書いたのだろうか? 自分にだろうか。
何となく侑子が手紙を書きそうな相手として思いつくのは、自分か、彼女の両親くらいしかいない。
決して友達が少ないわけでもないが、交友関係が広いわけでもない。大人しくて内気で表に出るのが苦手――そんな風に愛佳が把握していた従姉妹の性格は、外れていないはずだ。
一年前までは。
――誰? 知らない名前だ
勝手に見てはいけないと分かっていても、目が封筒の上に記された宛名を読んでしまった。
そこに侑子の筆跡で書かれた名前は、愛佳の知らない人物の名前だった。
漢字からして、男性の名前だろうか。
――手塚、勇輝……誰だろう
もう一度、もう一度と宛名に繰り返し目を走らせる。そこには名前の他に住所と郵便番号のような数字の羅列が書かれていたが、愛佳が知っている日本の住所ではなさそうだった。
すっかり無心になって封筒を見つめていると、ドアが空いて侑子が戻ってきた。はっとして愛佳は目線を上げる。
「あっ。ごめん、ゆうちゃん……」
勝手に見ていたことに罪悪感が溢れる。
しかし声が小さくなる愛佳を見ても、侑子は笑って首を振るだけだった。
「別に大丈夫だよ。その手紙に貼る切手を取りに行ってたの」
「切手」
「そう。必要か分からないけど、きっとないよりあったほうがいいんだろうなと思って」
侑子は困惑顔の愛佳をよそに、指でつまんだ切手を台紙から剥がすと、封筒の右上に貼り付けた。
「それ、どこに出すの?」
質問する愛佳の声は震える。侑子は従姉妹の様子に困ったように微笑んだだけだ。
「……今からしようと思ってること、愛ちゃんには話すよ。私のこと、いよいよおかしくなったって思うかも知れないけど」
聞いてくれる? と問いかけられて、愛佳は迷わず頷いた。
侑子の口調はしっかりしているし、まっすぐ自分のことを見ている。
一年前より随分堂々とした様子の従姉妹に驚異を感じる一方で、愛佳はそんな侑子に強く惹かれているのだ。
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