鎧の外側②

「この公園、覚えてる? ちょっとそこで座っていこうよ」


 ユウキが示したのは、侑子が初めて変身館で歌う彼を見た夜、二人で話をした小さな公園だった。


侑子とユウキは、あの日と同じように、丸太の遊具の上に並んで腰を下ろした。


「エイマンさんはきっと、今日ユーコちゃんに説明するために色々準備したんだろうね。お父さんに当時のことを突っ込んで、質問しただろうなぁ。……知らなかったよ。並行世界からやってきた人が、そんなに沢山いただなんて」


「ジロウさんも、同じこと言ってた」


 侑子の左腕には、銀のブレスレットが光っていた。


二人の視線は、自然とその魔道具へと注がれた。


「酷い皮肉だな。彼らを護るための道具だったはずなのに」

 

 金のバッジのことだろう。


ユウキの表情は険しく、その指先がブレスレットに触れる。


「……政権が変わったからって、政治家なんて信用できない。あの政争は、空彩党の人間だけが起こしたものじゃない。今この国の政治を動かしている平彩党員の多くだって、あの政争に関わっていたんだ」


 ほんの一瞬侑子を捉えたユウキの視線は、真っ直ぐ前へと向いた。


その声は侑子が久しぶりに耳にする、魔法を使った声だった。


「この“才”」

 

 その一声は侑子のものだった。

確かに自分の声だと分かるが、普段は内側から聞いているので、どこか違って聞こえる。


「珍しいんだ。“才”と称される魔法は、どれも珍しいものだけど。人間の肉体や、身体の組織を意図的に変化させることのできる種類の“才”は、特に珍しいと言われてる。どれも一般的な魔法での再現が難しいから。俺の“才”は、人の身体の機能――声を自在に他人の物に変えられる。誰が名付けたのか知らないけど、『玉虫色の声』って呼ばれる“才”なんだよ」


 説明の途中から、ユウキの元の声に戻っていた。薄く笑ったその表情は、どこか冷めたような哀しさが浮かんでいる。


「五年前の政争のさなか、俺の“才”を聞きつけた政府の人間が、何人も協力を仰いできた。その時の俺は、今のユーコちゃんと同じくらいだよ? そんな子供に平然とした態度で、諜報活動に参加しないかって誘いをかけてくるんだ」


「諜報活動……」


「声を他人に変えられるんだ。そりゃあ利用できる場面が多いだろうね。当時の俺にだって、簡単に納得はできた。空彩党のやつらも、奴らに敵対してた側のやつらも、他にも政争の仲裁を画策してるっていうやつらもいた。全てジロウさんが追い払ってくれたけど」


 ジロウが『子供相手になんて話をもちかけやがる!』と怒鳴り散らした話をしたときだけ、ユウキは優しい表情に戻った。


「政争がなんとか収束を迎えた後も、度々誘いが来た。今年は学校を卒業する年だったから、尚更多かった。王府からも来たよ。うちの職員になりませんかって。しかもどれもかなり条件が良いんだ。給料だって申し分ない。けど全部断った」


 淡々と語るユウキの口調は落ち着いていて、表情から読み取れる感情もなかった。


時折侑子のブレスレットに目を落としながら、彼の言葉は続く。


「ユーコちゃんは、よく知ってるだろう。俺がそもそも“才”を使うことに、良い感情を持っていなかったこと。それなのにそんな魔法を使うことを生業にしてしまったら、きっと俺はおかしくなる。だから“才”を使う仕事に、就くつもりはないんだ。ましてや政治に関わるなんて、まっぴらごめんだ」


 夜の公園には、深まった秋の空気が立ち込めており、僅かに肌寒い。


前回この場所に座った時は夏だったので、季節が移ろったことを侑子に感じさせた。


 ユウキは今度は侑子の方へ身体ごと向き、僅かに声を落とした。


「……あの政争で、この街はあまりダメージを受けなかった。王都は戦場になることがなかったから。だけど皆、誰もが心を痛めた。無関係でいられた人間なんて、きっと誰一人いない。ノマさんは家族を亡くしているし、リリーの家族は今も行方不明。ジロウさんも変身館の営業が、ずっと出来ないでいた」


 侑子はどんな言葉を発して良いものか、すっかり分からなくなってしまった。


ノマとリリーという、身近な人達が味わった悲惨な事実を、今まで知りもしなかった。そのことへの罪悪感と羞恥心が、胸の奥の方で疼くのを、ただ感じていた。


「毎日誰かが近くで泣いていて、ニュースでは何人死んだって一日中報道してる。そんな日々が終わりも見えずに続いていて、たまに俺の“才”を、ぜひ有効利用させてくれって奴らが、ニコニコしながらやってきやがる。嫌になるんだ……絶対に、絶対に俺は、こんな争いに俺たちを巻き込んだ奴らのために働かない。そんな気持ちばかり強くなった」


 唐突にぎゅっと手を握られて、侑子はユウキを見た。


街灯の光の下では、緑の瞳は暗くて色がよく分らない。


「利用させない。俺のこの声も、君も」


 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えた声だった。


ユウキのこの顔と声の調子に、侑子は覚えがあった。


この公園に前回来たあの夜も、彼はこんな表情でステージで歌っていたのだ。


「ユーコちゃんが魔法を使えるようになった夜に、すぐに駆けつけてあげることができなかった。あんな風に遅れをとらないように気をつけるから、少しでも変なことに巻き込まれそうになったら、すぐに俺を呼んで」


 握った手と真剣な声はそのまま、ユウキの顔が曇った。


侑子は慌ててうなずいて、「約束する」と言った。吸い込んだ空気が、すっかり冷たかった。

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