暗い歴史⑥

 青ざめる侑子の顔を見て、エイマンは躊躇った。彼女の想像通りのその先の話を、聞かせなければならない。


しかし数秒の間を置いた後、彼は続けたのだった。


「襲撃する側の止められない勢いと怒り、襲撃を受けた側の不意を突かれた焦りと混乱。全てが悪い方向へ働いた。結局施設で研究に携わっていたと見なされた者は、一人残らず殺されたんだ。魔力を隠された来訪者たちはきっと、襲撃者達が自分たちを解放しようとしていたなんて思わなかっただろうし、弁明しようとする余裕もなかっただろう。襲撃する側もまさか、金の印に防視効果が施されているとは、思いもよらなかった」


 涙が流れなったのは、エイマンの淡々とした口調のせいかもしれないし、どこかでまだ現実に起こった出来事として、捉えきれていないからかもしれなかった。


侑子はただ、青い顔色のまま、沈黙することしかできないでいた。


手の中の冊子をめくって、一枚一枚の写真に目を走らせる。

その冊子に収まる全ての写真に、誰かしら来訪者が写ってることに、改めて気づく。


古さを感じさせない、鮮明な写真だった。昨日撮ったばかりだと言われても、疑わないだろう。


「ジロウさん」


 エイマンの声に顔を上げた侑子は、隣に座っていた彼が、立ち上がって部屋のドアの方へ身体を向けていることに気づいた。


侑子がそちらを見ると、マグカップを二つ盆に乗せたジロウが、戸口に立っていた。


「随分重たい授業だなぁと思って。すっかり入るタイミングが分からなくなっちまったよ」


 苦笑いを浮かべながら、ジロウは湯気を立てるマグカップを、二人の前に置いた。


そのまま別の椅子を引きずってくると、腰を下ろして、エイマンにも座るように促した。


「聞いてもいいか? あの襲撃事件の犠牲になった、来訪者の人数は?」


 エイマンは首を振った。


「正確な人数は分かりません。父が視察した二十年前には、少なくとも三十人はいたと聞きましたが……五年前の事件で亡くなった人数は、おそらく意図的に隠されているでしょう。けれど父が葬られた場所をつきとめることができたのは、十人でした。少なくともそれだけの人があの事件の日に研究所にいたのは、確かです」


 長い溜息の後に、ジロウが呟くように言った。


「……そんなに。初めて知ったな」


「そうなの?」


 侑子の声は、驚きのあまり大きくなった。彼女に応えたのはエイマンだった。


「あの事件で来訪者の犠牲が出たということは、広く知られていることだけど、具体的な人数までは公表されていないんだ。施設内で殲滅された空彩党関係者と研究員達の人数の中に、大多数が含まれてしまっていたから……」


「あの襲撃事件からだったよな。色々な場所で物騒なことが起こるようになった。武器を持った団体同士が、突然戦闘を始めたりして、町一つ瓦礫の山になるようなことが起こった。ただその日その日を無事に過ごすことで、皆頭がいっぱいになった頃、あぁなんとか終結したのかも知れないと思ったら、一連の騒動に平空政争なんて名前がついていた」


「戦闘? 瓦礫の山……」


 信じられない、と侑子は窓の外に目をやった。


通り沿いを向いたその部屋の窓からは、綺麗に舗装された広い道路と、大きな街路樹が整然と並ぶ。


侑子も毎日通るその道の周囲には、人々の生活が営まれる大小様々な家が立ち並び、その通りを進むと、変身館を始めとする商店がひしめき合う、賑やかな区画に出るのだった。


「この場所は戦地にはならなかったから、被害はそんなに出なかったよ」

  

 ジロウが言った。


「空彩党派と反発する派閥の小競り合いが、たまに起きたくらいだ」


 冷めないうちに飲みな、とマグカップを手渡された。

そこから漂ってくるコーヒーの香りが鼻孔をくすぐり、少しだけ気持ちがそれる。


「今日はここまでにしよう、ユーコさん」


 エイマンの言葉に、侑子は頷いた。


途中でメモを取ることを忘れてしまったノートを、横目で見る。

記憶と衝撃が薄れないうちに、記録しておかなくてはと思った。


そして両手で掴むようにして持っていた冊子を、エイマンに差し出した。


「最後に質問していいですか。お父さんのお友達は、何ていうお名前だったんですか?」

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