発動⑧

「精霊のご利益かな」


 侑子の説明を聞き終えて、ユウキが言った。片膝を立てて畳の上に腰を下ろした彼の瞳は、爛々と光っている。


「前にユウキちゃんが話してた、和歌の?」


 クマは机の上で組んだ侑子の手を、繰り返し乗り越えて遊具にしながら遊んでいる。どういう仕組なのかは不明だが、時折ぴいとかぷぅだとか、気の抜ける音が聞こえてくる。綿を詰める際に鳴き笛を入れていないので、音が鳴る仕掛けはないはずなのだが。


「そうだよ。言葉に宿る精霊だ。……だって、そうとしか考えられなくない? ユーコちゃんは声にして唱えたんでしょ?」


「しかもユーコちゃんの心境と、その歌に込められた心情は一致していた」


 ジロウがユウキの言葉を継いだ。


「精霊ってのは、魔法と違って見えないからな。眉唾ものなのは仕方ないが、そういうことで飲み込んだほうが納得できるかも知れないな」


 あの和歌を口ずさんだことが、魔力を魔法として発動するための呪文を、詠唱したことになるのだろうか。

侑子にはぴんとこないが、それもこの世界の理だというのなら、そうなのだろう。


「ユーコさんの魔力が開放されたのは、精霊からのエールということでしょう」


 乱れてぐしゃぐしゃになった侑子の髪を、ノマが優しく手櫛で整えてくれる。心地よいその感触に身を任せるようにしていると、自然と彼女の言葉も飲み込めるような気がした。


「この世界に来たユーコさんへの応援ということでは? 私はそのように感じましたよ」


 侑子は自分の手のひらを見つめた。


 あの突風は自分が起こした魔法なのだろうか。実感は全くないが、結果あの風に巻き込まれたのであろうクマのあみぐるみは、命を吹き込まれたように動き回っている。


 この信じがたい現象は、魔法ということにしておかないと、説明がつかないかもしれない。


「ユーコちゃん、これ」


 ユウキが部屋の隅から、一体のあみぐるみを抱いてきた。


 テーブルの上でちょろちょろ動き回るクマとは別の、桃色のウサギのあみぐるみだった。こちらはユウキの手の中でくったりとして、動いてはいなかった。


「同じ魔法、かけられる?」


 手渡された桃色のウサギには、片耳の付け根に青い鱗が縫い付けてあった。行灯の灯りを受けてチラチラと輝く。


「さぁ……どうやったのか分らないんだよね。できるのかな」


 侑子はウサギを両手で包むように持つと、リリーに教わった通り目を逸らさないように意識しながら、手の中を見つめた。


 身体の中を循環しているらしい魔力を指先に集めるイメージを描く。


 すると、何だか耳の後ろがムズムズするような違和感を僅かに感じた。今までの魔法練習では、感じたことのない感覚だった。


―――これは、もしかしたら


 いけるのかもしれない。


テーブルの上からきょとんとした仕草で侑子を見つめるクマがいた。視界の隅に自分を見守る、ユウキとノマを捉えられる。


 その時だった。


 あっ! と思い出したように大きな声で慌てる、ジロウの声が聞こえた。


「待った! ユーコちゃん! ここじゃあちょっと危ないかも―――あぁっ!」


 大きな衝撃音と共に豪快にガラスの割れる騒々しい音が、深夜の屋敷に響き渡った。


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