情緒不安定すぎ

 テーブルの上に朝食が並ぶ。

 昨日の夕食が豪華すぎたせいか、少々質素に感じられる。

 実際そんなことはなく、十分豪華な朝食だ。

 お腹いっぱいになるように量もある。

 サラが早起きして準備してくれたものだろう。

 ありがたく頂くとしよう。


「いただきます」

「どうぞお召し上がりください」


 ぱくりと一口。

 口の中で広がる味に納得し、安心する。

 慣れ親しんだ彼女の味だ。


「美味しいよ、サラ」

「ありがとうございます」


 魔王城での暮らしにサラが加わり、生活の質はぐっと向上した気がする。

 王国を敵に回した身だ。

 のんびりはしていられないからこそ、こういう時間は大切にしないとな。


「……ところで」


 さっきからずっと気になっていることが一つ。

 この場には俺とサラの他にもう一人、魔王城の主がいるわけだが。


「ガクガクブルブル」

「なんでリリスはあんなに怯えてるんだ?」


 椅子の上で綺麗に膝を抱え丸まり、朝食も手を付けず震えていた。

 尋常ではない怯え方をしている。

 怖い夢でも見たのか……という次元でもなさそうだ。


「サラは知ってるか?」

「わかりません」

「そうか」

「き、気を付けるのじゃアレン……その女は危険じゃ」


 震える声でリリスが俺に忠告してきた。

 視線は定まらないまま、サラのことを指さしている。

 キョトンとするサラ。


「何かしたのか?」

「いえ特には何も。今朝はお目覚めが遅かったので、僭越ながら私が起こしに行かせていただいた程度です」

「なるほど。ちなみにどんな風に?」

「そうですね」


 彼女はおもむろに移動して、大剣を持って戻ってきた。

 この時点でなんとなく予想がつく。

 

「何度呼びかけてもお目覚めにならなかったので」

「うん」


 彼女は大剣を持ち上げ、切っ先を床に向けて突き刺す。

 ガキンッという金属音が響き、床が割れる。


「ひ、ひぃ!」

「こうしました」 

「……そういうことか」


 リリスの目覚めの悪さは俺も知っている。

 これまで何度か起こしに行って、大声で叫んでも目覚めないことが多々あった。

 俺の場合は根気強く呼びかけて起こしたり、ロスした分訓練を厳しくしたりという対処だったが……。

 サラはもっと極端な方法をとったのか。

 いつの間にか席を立ち、俺にしがみついていたリリスが涙目で言う。


「アレン! あやつは悪魔じゃ!」

「いや悪魔はお前だろ」

「そういう冗談は今必要ではない!」

「冗談じゃなくて真実なんだが」


 ものすごい震えている。

 どれだけ怖かったんだ?

 まぁでも、起き抜けに大剣を振り下ろされたら怖いよな。


「リリス様、お食事中に行儀が悪いですよ」

「ひぃ! こ、殺さないでくれ!」

「魔王が情けなさすぎるだろ。ほら、席に戻って食べろ。サラも、あんまり脅すのはやめてやってくれ」

「かしこまりました」


 サラはぺこりとお辞儀をする。

 リリスはビクビクしながら自分の席に戻る。


「ま、まったく……こんな奴をメイドにしておったとは……勇者はイカレておる」

「ひどい言われようだな」

「起き抜けに殺しにくる女じゃぞ! どこの悪……美味いのじゃ!」


 いきなり目を輝かせるリリス。

 食べた朝食がそんなに美味しかったのか。

 次々にパクパク食べている。


「美味い! 美味いのじゃ! こんな料理を毎日食べられるなんて幸せじゃのう~ アレンはいいメイドを雇っておったな!」

「……さっきと言ってること違くないか? サラのこと悪魔とか言ってただろ」

「悪魔はワシじゃ、何をボケておる?」

「こいつ……」


 今度寝起きにパンチの一発でもお見舞いしてやろうか。

 大剣振り下ろすよりはマシだろ。


「この料理を作れる者が悪魔なわけなかろう? むしろ天使じゃ!」

「だったら天敵じゃないか。ったく」


 情緒不安定か。

 まぁいい、上機嫌になったなら話を進めよう。


「朝食を食べ終わったら特訓だ。今日も張り切っていくぞ」

「……こっちに悪魔がおったか」

「おい」

「た、偶には休みも悪くないじゃろ? のう、サラもそう思わ――」


 サラに同意を求めようとしたリリスだったが、一瞬で理解したらしい。

 じっと視線を合わせられ、ニコやかに詰め寄られる。

 こんなにも怖い笑顔は初めてみたかもしれない。


「いけませんよ? アレン様の言うことにはしっかり従ってください。でないと、お昼ご飯はなしです」

「やっぱり悪魔じゃ!」


 騒ぐリリスを笑顔で見つめるサラ。

 賑やかになった食卓で、俺は呆れながら笑う。

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