血筋に納得した

 勇者と魔王は敵同士。

 出会えば殺し合い、どちらかが滅びるまで戦いは終わらない。

 手を取り合い、助け合うなんて夢物語。

 と、誰もが思っているだろう。

 一体誰が信じられる?

 勇者と魔王が手を組んだなんて。


「ようやく解放されたんだな……」


 勇者の労働環境がゴミ過ぎて、魔王から部下になれと勧誘されたり。

 迷っていたら勇者たちがぞろぞろ来て、増援かと思ったら俺を殺すために派遣された奴らで、なんやかんやで撃退したけど、俺を裏切った陛下に嫌気がさして魔王の勧誘を受けた。

 なんて、説明したところで誰も信じないだろうな。

 特に国民は理解してくれない。

 彼らにとって勇者は希望であり、平和の象徴なのだから。

 そんな人物を国王が殺そうとした時点で、誰も信じはしないだろう。

 

 まぁ、過程はどうあれ俺は勇者じゃなくなった。

 これから新しい生活が始まる。

 と、その前に……。


「いろいろと説明してもらうぞ」

「……はい」


 確認すべきことを問い詰めるとしよう。

 この魔王を名乗る悪魔の少女に。


「な、何が聞きたいんじゃ! 条件は全部話した通りじゃ!」

「そこはわかってる」

「ならさっさと契約書にサインするのじゃ!」


 玉座にちょこんと座った魔王リリスは、契約の刻印が記された紙を俺に見せつける。

 互いの血を使って名を刻むことで、お互いを縛る契約の儀式。

 古臭いやり方だが、悪魔らしい方法での契約だ。

 これにサインすれば、俺はリリスの部下になる。


「ぬしは勇者を辞めてワシのもとで働くと言った! そうじゃろ!」

「そのつもりだよ。けど、契約する前に確認したいことが山ほどあるんだ。場合によっては契約も考え直させてもらうぞ」

「うぅ……じゃから何を聞きたいんじゃ」

「そうだな……」


 玉座に座った彼女を上から下へじっと観察する。

 改めて見ても小さい。

 背丈もそうだが、感じる魔力が弱々しい。

 見た目の悪魔らしさを除けば、どこにでもいる可愛らしい少女でしかない。

 とてもじゃないが、これで魔王を名乗るなんて不遜もいいところだ。

 ただ、彼女は嘘をついていない。

 その言葉に偽りはなかったと、俺の加護が言っている。

 俺はため息をこぼす。


「お前が魔王だってことは、まぁ仕方ないから認めるとして」

「仕方ないとはなんじゃ! ワシは歴とした魔王じゃ!」

「あの時の姿はなんだ?」

「……なんのことじゃ?」

「俺と対面した時の姿だよ。もっと年上の姿だっただろう?」


 脳裏に思い浮かべる。

 対峙した時の、玉座に座る美しい悪魔の姿を。

 彼女から感じた魔力、威圧感はまさに魔王と呼ぶにふさわしかった。

 あれがリリスの本来の姿なのだとしたら、魔王と名乗るに不足はないだろう。

 問題は、なぜその姿を保てないのか。


「あれは……ワシの成長した姿じゃ」

「成長? お前は時間操作系の能力を持っているのか?」

「ワシのじゃない。お父様が残してくれた力じゃ」


 そう言って彼女は胸元からペンダントを取り出し、俺に見せる。

 赤い宝石の入ったペンダントだ。

 ただのアクセサリーじゃないことは、一目でわかった。

 異質な魔力を宿している。


「お前の親は魔王だったのか」

「そうじゃ。ぬしも名前は知っているはずじゃ。最厄の魔王の名を」

「――最厄の! 大魔王サタンか」


 もちろん知っている。

 俺でなくても、人類がその名を忘れることはないだろう。

 百年前に存在した史上最強にして最悪の魔王。

 数多の魔王たちを従えていたことから、過去唯一大魔王と呼ばれた存在。

 当時の勇者たちが全員で挑み、ようやく相打ちで倒したと言われている伝説の存在。


「お前……サタンの娘だったのか」

「……そうじゃ」


 俺は息を飲み、納得した。

 なぜ幼い彼女が魔王と名乗り、こんな大きいだけで何もない城にいるのか。

 ここはかつて、大魔王サタンの城だったのか。

 彼女がここにいる理由もなんてことはない……自分の家だから。

 現代において、魔王を名乗ることは難しくない。

 勇者のように特別な資格は必要なく、名乗るだけなら誰でもできる。

 ただし、名乗った直後からすべての悪魔が敵になるんだ。

 魔王の座は誰もが狙っている。

 それを名乗った時点で、地位や力を求める悪魔たちの標的になり、俺たち勇者の討伐対象にもなる。

 故に半端な力で魔王は名乗れない。

 寿命を縮めるだけだ。

 それでも彼女は魔王だと名乗った。

 勇者である俺の前でハッキリと、魔王リリスの名を口にした。


「……お前は、父親の意志を次いで魔王になったのか」

「そうじゃ! ワシはお父様のような大魔王になる! 大魔王になって必ず、お父様の夢だった共存を実現させるんじゃ!」


 彼女は玉座の上で立ち上がり、力強い目で意志を口にする。

 俺の加護は反応しない。

 つまり、この言葉と覚悟に嘘はないと言うことだ。

 笑ってしまうよ。

 大魔王の娘が、勇者みたいなことを口にしている。


「だから絶対……う……」

「おい! どうした?」

「サインを……」

「ちょっ」


 急にバタンとリリスが倒れる。

 慌てて抱きかかえる。

 彼女は俺の腕の中で、スヤスヤと眠っていた。


「疲れたのか?」

「スゥー」

「……ったく、これじゃ聞けないな」


 俺は彼女を抱きかかえなおして、魔王城の中を散策する。

 それっぽい部屋があったから、ベッドにリリスを寝かせた。

 隣の部屋が空いていてベッドもある。

 今夜はここで眠るとしよう。


「ふぅ……」


 さすがに俺も疲れた。

 一日でいろいろなことが起こり過ぎなんだ。


「聞くのは……明日で……いいか」

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