勇者辞める
心臓から刃が引き抜かれる。
全身に痛みが走る。
胸が苦しい。
けど、そんなことよりも疑念が脳内で駆け巡る。
「どういう……ことだ!」
「陛下からのご命令です。勇者アレンは王国に敵対する意志がある。即刻抹殺せよとの」
メガネの勇者が俺の元にやってきて言う。
敵対する意志だって?
そんなの持っているはずがないじゃないか。
「そんな馬鹿げた依頼……陛下がするはず……」
「あるんだなーそれが。実際オレらも驚いたがよぉ~ けど、一位のあんたがいなくなりゃー、オレたちのランキングも自動的に上がる。いいことばっかりじゃねーか」
「お前たちは……」
「悪く思わないでください、先輩。これも人々の平和のためです」
「……なにが……」
平和のためだ。
俺は倒れ込み、心臓から血が洪水のように流れだす。
「さーて、次はあれか」
「ええ」
「俺たちはラッキーだな。こんなんでも魔王なら、倒せば報酬がもらえる」
「貴様ら……それでも勇者か!」
魔王リリスが怒っている。
しかし三人の勇者は動じない。
「勇者だよ。だから君を殺すんだ」
「っ……」
「逃げようとしても無駄だよ。君はこれから、俺の聖剣の錆に――」
カラン!
金属が床に落ちる音が響いた。
静寂の中で、全員の視線が一点に集中する。
「俺の……俺の聖剣が!」
折れている。
否、折られていた。
「――ったく、舐められたもんだな」
「「「!?」」」
驚愕の視線が俺に向けられる。
ゆっくりと立ち上がり、身体についた埃をはらう。
血はさすがに拭えないな。
あとで洗濯しないと。
「な、なんで……」
「なんでって、心臓を潰された程度で死ねるなら、俺はとっくの昔に墓の中だよ」
刺された心臓はすでに治癒している。
痛みと出血こそあるが、致命傷にはならない。
「俺を殺したいなら、首をしっかり刎ねるべきだったな」
「下がってください。ここはボクたちが!」
「ミンチにしてやるぜ!」
残る二人が聖剣を抜く。
「やめておけ」
「「――!!」」
直後に聖剣は砕かれた。
俺が手にする純白の聖剣によって。
「お前たちじゃ俺には勝てない」
「そ、その聖剣が噂の……」
「原初の聖剣……」
俺が手にする聖剣こそ、あらゆる聖剣の原点にして頂点。
聖なる力の集合体。
あらゆる悪をさばき、斬り裂く最強の力だ。
聖剣を砕かれた彼らに勝ち目はない。
いや、元より勝算などない。
俺は勇者ランキング一位の、世界最高の人間だから。
「魔王リリス、さっきの話を受けようと思う」
「……え?」
「え、じゃない。お前に雇われるって話だ」
「ほ、本当か!」
「ああ」
リリスは無邪気に瞳を輝かせる。
そんなに嬉しいのか。
まっすぐ純粋な期待を向けられるのは気分がいい。
しばらく忘れていた感覚だ。
「しょ、正気か! 勇者が魔王の部下になるなんて!」
「……こっちのセリフだ。俺を裏切って殺そうとしておいて、正気も何もないだろ?」
王国は、陛下は俺を不要だと切り捨てた。
大体の予想はつく。
強大な力を持った俺を飼いならしたかったんだろう。
それができなかったから、自分たちに矛先が向く前に処分したかった。
全ては陛下自身の欲のために。
「まったく、どっちが魔王なんだか。……お前たちもだ」
俺は三人を睨む。
「勇者が戦うのは人々の平和のためだ。ランキングのためなんかじゃない」
俺も地位や名誉が欲しくて戦ったわけじゃない。
報酬に不満はあっても、一度も手を抜いたことはないし、金なんて貰えなくても困っている人がいれば助ける。
それが勇者というものだ。
俺を含むすべての勇者はそうあるべきだと思っていた。
だけど……。
「お前たちのような奴らが勇者なら……俺はこんな称号いらない。今この瞬間を持って、俺は勇者ではなくなった! 俺はこれより魔王の剣だ」
私欲のために剣を振るう。
聖剣よ、どうか俺の我儘を許してほしい。
「ぐっ」
「この突風は!」
「た、立ってらんねぇ」
軽い一振り。
攻撃ですらない。
勇者であることを捨てることを、聖剣は怒ることはなかった。
今もこうして俺の右手に握られている。
聖剣は正義の心に宿る。
ならばこの選択も、一つの正義なのかもしれないな。
「去れ。一分以内だ」
「――っ!」
「それ以上は待てない。死にたくなければ――」
直後、三人は駆け出した。
背を向けて、無様に。
俺の最後のセリフも聞かずに逃げ出した。
「はぁ……」
「に、逃がしてよかったのか?」
「いいんだよ。あいつらには伝えてもらわないと困る。俺の意志を、陛下に……」
これで本当に、俺は勇者じゃなくなったな。
どうしてだろう?
大きな選択をしたはずなのに、心はとても軽やかで清々しい。
ずっと縛られていた鎖が砕かれ、自由になったみたいだ。
「悪くないな」
俺はリリスのほうへ視線を向ける。
「契約しよう。俺は今からお前の部下だ」
「う、うむ!」
「ただし忘れるな! あの条件はしっかり守ってもらうぞ! 破った時は覚悟しておけ」
「も、もちろんじゃ! 悪魔は契約にはうるさいからのう。しっかり守る!」
「そうか。なら、期待してるよ」
この日、俺は幼い魔王リリスと契約を結んだ。
彼女の元で戦い、共に全種族の共存を目指すことを。
おそらく世界で……否、歴史上初だろう。
勇者が魔王に雇われた。
この選択が、世界に大きな波紋を呼ぶことになる。
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これにて『裏切りの勇者』編は完結です!
こんな具合に五話前後で章区切りにしていきます。
速く読みたいと言う方は、ぜひ『小説家になろう』版をご利用ください。
URLは以下になります。
https://ncode.syosetu.com/n2294hx/
よろしくお願いいたします!
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