第三章 役立たず付与魔術師、魔術学院に通う

第二五話「ま、俺は代わり映えない生活を送るつもりだけど、クロエはこの一ヶ月は勉強をしないとな」

 一三五日目。

 魔術の都シュナゴゲア。

 かつては聖書の朗読および解説を行う集会所がこの地にあった。やがて、宗教の弾圧や、異端者の追放など、世界各地からコミュニティを追い出された魔術師たちが集まる場所となり、このシュナゴゲアは歪な発展を成し遂げた。

 やがて、芸術や科学を愛する領主の下、この地に芸術家、錬金術師、占星術師などが集められ、シュナゴゲアは魔術の中心都市として栄華を極めた。



 クネシヤ魔術院は、世界の魔術学院の中でも有名な学校である。西欧魔術から東洋魔術まで、様々な知識を学ぶことができる。新しい知識を取り入れることにも積極的であり、冒険者ギルドと提携した冒険者登録制度も行っている。

 つまり俺とクロエが魔術を学ぶのにぴったりな環境なのである。



 シュナゴゲアへの船旅はおおよそ一ヶ月続く。



 隠し迷宮【喜捨する廉施者】を見つけてから計算して、約四ヶ月と少し。迷宮開拓都市アンスィクルに辿り着いてからは一〇〇日余り。

 日記の計算では、二五日目から一三四日目までずっとアンスィクル付近で過ごしていたわけだから、一年のおおよそ三分の一を過ごしたことになる。



 もっとも、過ごした時間を計算すれば、そのほとんどは迷宮の中で生活していることになる。しっかりとアンスィクルに滞在したのは、後半の数日間だけだ。

 その数日間も、レヴィアタン討伐に伴う事務手続きの数々、討伐報酬の分配の取り決め、そして俺がレヴィアタン戦で負傷した骨折などの治療でほとんどが吹き飛んでしまい、ゆっくり過ごせる時間はほぼ皆無だったと言っていい。



 さらば迷宮開拓都市アンスィクル。

 文字通り、今日は新たな地への船出の日だ。



「……で、これからミロクは相変わらず魔物の討伐ですのね」



「まあ、この一ヶ月やることは変わらないな。船旅の途中だから地上に出る意味がないし、ずっと迷宮にこもりきりだ。強いて言うなら料理ぐらいか」



 魔術言語とにらめっこするクロエを傍らに、俺もまた碑文を写し取った手帳を眺めながら受け答える。



 そう、やることは変わらないのである。

 第一階層の魔物の一斉駆除。

 第二階層の探索と魔物狩り。

 そして第一階層および第二階層の碑文の解読。



 これの繰り返しである。

 第三階層に向かうためのポータルは、まだ第二階層の主を倒してないので開放されていないし、そもそも迷宮の攻略を急いでいるわけではない。

 かといって、第一階層の《森の王》との再戦はまだ怖い。

 そのため、やるべき作業はどうしてもパターンが決まってくる。



 それでも幸運なことに、俺とクロエの日常生活は退屈なものではなかった。豊かな料理があった。



「お料理ブラウニーの指輪、こんなに便利だとは思わなかったな。これはモモに感謝しないといけないかも」



「そうですわね……料理は前よりも豊かになったかもしれませんわ」



 モモから貰った指輪は、料理を手伝ってくれる妖精を呼び出す指輪であった。

 レヴィアタンとの戦いでモモを助けたお礼として貰ったのだが、さすがに世界屈指の魔物使いが呪術を込めただけあって、その効果は折り紙付きであった。

 なんと、彼らブラウニーは魔力さえきちんと渡せば、ずっと料理をしてくれるのだ。



 これはかなり有り難かった。

 というのも、今までの生活を振り返ると、食材をとって来たはいいもののそれを料理するのはとても手間だったからだ。



 たとえば、レシピ自体は簡単でとても味の完成度が高いが、とろみを出すために出汁を十分の一程度まで煮詰める必要があり、手間と時間が恐ろしくかかるドゥミグラスソース。

 肉厚の豚バラ肉を特製のタレにニ日~三日ほど漬け込んでから焼き上げて、鍋で一時間煮込んで味を染み込ませ、肉のうまみ、甘み、タレのコクを閉じ込めたチャーシュー。

 鶏の骨、猪の骨、鹿の骨にそれぞれずっと火を入れて数日間煮込み、軟骨や骨髄に含まれる、リン・鉄・カルシウム・マグネシウム・銅・亜鉛・マンガン・アミノ酸類などの栄養素を煮出した骨のスープ。



 これらの料理は、作業としては簡単だが手間が恐ろしくかかるため、手を付けずにずっと避けてきた。



 しかし、お料理ブラウニーを使役するようになってからは、随分と変わった。

 彼らにレシピを教えて魔力を分け与えると、嬉々として料理を行ってくれるのだ。



「刻みネギとおろし生姜を加えた鶏肋スープ、そして小麦粉とすり潰したコーンで生地を作ってオリーブオイルでこんがり焼き上げたフォカッチャか」



「メインディッシュは、ミンチ肉にみじん切りにした玉ねぎと軟骨をこね合わせたハンバーグに、きのこのホワイトソースとドゥミグラスソースの二種ソースをかけたものらしいですわ」



「絶対美味しいやつじゃん」



 そう、絶対に美味しい。

 実際、お料理ブラウニーの作ってくれる料理は、かなりの確率で美味しいものなのだ。



「こりゃますます、地上で暮らす理由がなくなってきたな……」



「美味しいワインや調味料を仕入れる以外には、ほぼ必要性がなくなってきましたわね」



 確かにそのとおりである。

 地上の生活にこだわらなければ、もう迷宮の生活で大半が事足りる。



 元々はクロエが一人でも生きていけるようにとギルド登録をして冒険者としての手ほどきを行っていたが、最近はその必要性も薄れてきたように感じる。

 無理に一人独立できる路線を極めなくても、俺と一緒に冒険者生活を続ければ食事には困らないだろう。



「ま、俺は代わり映えない生活を送るつもりだけど、クロエはこの一ヶ月は勉強をしないとな」



 一旦碑文の解読の手を止めて、隣でうんうん唸っているクロエに話を向けると、彼女はむっとした顔でちくりと刺してきた。



「……誰のせいだと思ってますの?」



「はいはい」



 魔術のスキルを身につけようと言い出したのは俺だ。そして、そのためにクネシヤ魔術院を受験しようと言い出したのも俺だ。

 突然の俺の思い付きでもついてきてくれるクロエは、本当に得難いパートナーである。



 ありがとう、嬉しいよと伝えると、クロエは無言のまま黙ってしまった。最近気付いたのだが、彼女にはこうやって感謝をまっすぐ伝えると照れ隠しなのかむっつり黙ってしまう癖があった。







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