第一四話「その名は、モモ」

 一一〇日目。

 この日は迷宮開拓都市アンスィクルを練り歩いていた。当然クロエも一緒に隣を歩いている。

 単なるデートというわけではない。綺麗な真珠を結構な数見つけたので、この街で換金しようと考えたのだ。それに、調味料や香辛料も足りなくなってきたし、服ももう少し買いそろえたい。それならばいっそ、この日は丸ごと休養日に充てようと考えて、こうやって二人でアンスィクルの地を闊歩しているのだ。



(それに、意外とクロエも嫌がらなかったしな……)



 前回の口ぶりからして、街に入るのはもう嫌なのだとばかり思っていたが、今日の楽しそうな様子を見るとあながちそうでもないらしい。

 俺が一緒にいれば大丈夫だと考えたのだろうか。それとも、例のB級冒険者が襲ってきても十分勝てる自信がついたのだろうか。



 もしかしたら、顔の傷が徐々に癒えつつあることも関係しているかもしれない。

 黒く変色した壊死組織がほとんど切り除かれた彼女の顔は、まだ痛ましい凸凹の跡や引き攣れが目立つが、それでも最初と比べたら随分ましになった。大きな引き攣れは繊維を切り広げたし、あばたの痕跡も針で突き刺して治癒魔術をかけることを根気よく繰り返したおかげか、徐々に肌の形が落ち着いてきたように見える。

 ケロイドのような隆起が穏やかになり、それに伴って彼女の前向きな表情も増えたような気がする。



 アンスィクルの中でも治安のいい場所とされるメルヴィレ区を歩き、アートギャラリーやカフェで時間をつぶす。露店通りを歩いて、古い雑貨やよくわからない魔道具を二人であれこれ言いながらウィンドウショッピングを続ける。

 新作のフルーツクレープを二人で食べるころには、もう日が傾きだす時間帯になっていた。



「お待たせしましたわ。そろそろ帰らないといけませんわね」



「いや全然大丈夫。正直俺もいいリフレッシュになったよ」



 喫茶店で気に入った紅茶をいくつか見繕って、茶葉を買って帰ろうとしたとき、それは起こった。



「……あ」



「ん?」



 メスガキと目が合った。

 時が止まるかと思った。

 それはいうなれば、不意打ちのように死人と出くわす慮外の邂逅の瞬間である。



 俺が、ではない。

 俺のほうが死人なのだ。



「ドチラサンデスカ、デハコノヘンデ」



「――――」



 相手が固まっているうちに逃げる。

 クロエの手をつかんで強引に角を曲がる。そして一気に飛び上がる。

 ぎょっとした顔のクロエをそのまま両手で抱え、屋根の上を走り抜けてからまた別の路地に飛び込んで逃げる。



 ――あああああああああああああああああああっ!? しゃべったああああああああああああああああああああっ!?



 背後から絶叫。

 遅れてきた悲鳴の爆発を背中にして、俺はさっさと足を動かした。



「やらかした、やべえ、やっちまった、会っちゃいけないやつに遭っちまった――!」



「え、ど、どういうことですの!?」



 目を白黒させて、なすがままになっているクロエに向かって、俺はまとまらない思考のまま答えた。



「レヴィアタン討伐隊の声掛け人だよ! 多分、この付近でのメンバー調達に難航している! 俺みたいにフリーのS級冒険者がいたら、しつこいぐらいに声をかけてくるはずだ! だから逃げなきゃいけない!」



「え、えっと、それで、どなたですの……?」



「最年少でS級認定を受けた冒険者――モモだよ!」



 世界でも指折りの冒険者として、勇者認定されている一人。

 迷宮攻略Tier1パーティの一角、メスガキ華撃団のリーダー。

 魔物を調教して使役するビーストテイマー。

 そして、大罪の魔王に四回遭遇して四回とも生き延びている、生ける伝説。



 魂の位階、第六位。

燕雀色マカライトの勇者】の名を冠するもの。

 無邪気。

 残酷。

 その名は、モモ。




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