第21話 前兆、あるいは胎動

 リベルは一人、リナの家の屋根に上がって星を眺めていた。

 いや、星なんかには興味もなく、ただこの暗闇に身を浸したかっただけかもしれない。

 発展した人の街は人工の明かりに満たされているが、この辺りの住宅街は夜になるとかなりの暗闇が訪れる。

 それでも通りを歩くには苦労しないのだから、十分に明るいのだろう。

 だがそれだけの暗さがあれば、自分の世界に入り込むにも十分である。


「……俺は、何者なんだろうか」


 魔導神と、アプリム。二重人格者でありながら、お互いの存在を許容して共存している人物。

 あの二人(?)を見て、思うところがあった。

 彼女らは自分の中に訳もわからない存在があって、それでも尚自我を確立して生きている。

 けれど、リベルはどうだ?

 リナに存在価値を付加してもらって、その隣を歩くことで自分は必要なんだと言い聞かせる。そんな人間でしかない。

 まあリナに付き従う理由は自分のためではないのだが、巡り巡って自分のためにもなっている。


「こんなので、良いんだろうか」


 魔導神にもアプリムにも、そしてリナにも、一本芯のようなものが通っていた。

 あれこそが、強い人間ではないだろうか。

 誰にも譲れぬ信念を持って、そのためなら己の犠牲など厭わない。そんな人間が。

 リベルにも譲れないものはある。けれどそれはリナの笑顔を守りたいなんて、漠然とした願いでしかない。

 魔導神の神の力と理性を兼ね備えたことへの矜持や、アプリムのかつての公爵家令嬢としての誇りや、リナの肉体を改造してまで叶えたかった悲願などに、届くとは到底思えない。

 それでさえ今見えているだけの表層でしかないのだ。彼女らの心の奥の奥を覗いた時、何が待ち受けているかなんて想像もつかない。

 それに追いつけるとは、とても思えなかった。


「こんなの、リナに言ったら笑われそうだけど」


 彼女は強い。単純な力だけではなく、心の面でも。

 だからきっと、リベルの些細な悩みなんか笑って吹き飛ばして、手を差し伸べてくることだろう。

 だけど、それじゃ満足はできない。

 人に支えられて、引っ張り上げられるだけの存在では。


「”こっち”の強さじゃない……”俺だけ”の強さを磨かないと……」


 指を回せば、その軌跡を辿るように水の玉が渦を巻く。

 それはリナ曰く水の神を殺したことで手に入れた水魔法だが、所詮は借り物の力。

 リベルの本当の強さは、別にある。


「……闇を」


 水を消して虚空を掴むような仕草をすれば、拳の中から夜の黒よりも黒い粒子が舞った。気がする。

 自分でも制御できない、と言うより扱おうとして出せる代物ではない力。

 今のところ自分で確認した性能は、神の攻撃を止める、または掻き消す。

 それと闇を広げて全方位に攻撃をする。ただしこちらは避けられてしまったので、具体的な攻撃力などは全くわからない。

 リナには色々言われたが、リベルは自分で見たことしか正確に把握できていなかった。

 だから、使い方さえまだまだ未知数。


「こっちが使えたら、絶対強そうなんだけど」


 ぐぐ、っと力を込めて、やっぱり何もないだろうとすぐに力を抜く。

 しかし、その時変化が起きた。

 リベルの手から飛び出た黒い粒が、威嚇するかのように大きく広がり、どこかへ向けて飛ぼうとする。しかし力を抜いてしまったためか、その粒たちは数メートルも飛翔せずに空気に溶けて消えてしまった。


「……なんだ?」


 これが自分の精神状態による変化だなんて思えなかった。

 それに生命神に反応した時のような、体を引っ張られる感覚がある。

 目を閉じて集中してみると、頭の中に吹き荒れる風のイメージが浮かんでくる。それと共に、風の神という言葉も。


「……風の神?」


 なんとなく下級神だと思った。水の神と似ているから。

 そして、リナは前の家を出発する前になんと言っていたか。


『まずは下級神から叩く。そんで、あんたを強くする』


 そんなようなことを言っていた気がする。

 なら、これは下級神?

 倒せば、強くなれる?


「……」


 リベルは右手を真っ直ぐ前に伸ばした。

 そして、何かを掴むイメージをする。

 頭の中にある、この吹き荒れる風を。


 グオンッ!と風を切るような音がした。

 目に見えない何かが空気を切った音だった。

 しかし、あまりに遠方にあるそれを掴む前に、リベルの中のイメージの方が先に霧散してしまった。


「……逃げられた?いや違う」


 今の今まで全く見えなかった風の神。

 下級神をどれほど捉えられるかは、リベル自身もわからない。

 それでもこれは逃げられたとはまた違うと思った。

 どちらかといえば、それは……。




 そしてとある廃工場で、一人の少女が心臓を強く押さえていた。


「はぁ……っ、はぁ……っ!な、なんですの今のは!?」


 全身の鳥肌が止まらない。

 神である自分に突きつけられた、明確な死のイメージ。

 しかもそれは、完全なる流れ弾。

 イメージに肉体なんてないはずだが、その目で睨まれていたわけではないと、直感で悟らされる。

 では、あの力に本当に狙われたら?


「……絶対に敵対したくありませんわね……つくづく、話し合いのできる生き物でよかったですわ」


 ようやく動悸も収まってきて、魔導神はしっかりと両足で地面を踏み締める。

 そして険しい目で、目の前に眠る別種の力の塊を眺める。


「……絶対的力量差……これが覆るとしたら、わたくし自身の弱体化、もしくは相手の想像を遥かに越える強化……」


 魔導神の前に広がるのは、風の神を封じ込めた球体。

 そもそも自分の世界を構築する上級神にとって、それを脅かす危険性のある同類を野放しにするわけがないのだ。

 それがたとえ、一撃でこわせる程度の下級神であっても。


「神とは本当に厄介ですわ。あの子が嫌がるのも頷けますの」


 毀せるなら、なぜ毀さないのか。

 たとえ神同士の喧嘩でどちらかがたおれたとしても、その力は別の場所で蘇る。

 そして今まで通りに動き出す。

 だったら蘇る度に毀すより、一点に封じ込めて管理してしまった方が早い。

 それが、魔導神のやり方だった。

 指先一つで勝てる程度の相手なら尚更に。


「……だというのに……」


 封じ込めた球体は、脈動するかのように力を外部へと断続的に放っている。

 この力が一定量を超えた時に、リベルの力が反応していたのだ。

 そして、最近のノルマになってしまった再封印を施していた時に、それはやってきた。

 全ての神に恐怖を与え、平等な死を齎す者。

 つまり、叛逆者が。


「……喰わせてしまった方がよろしかったでしょうか」


 だがあれは無差別というか、近くにいるより強いエネルギーを持つものを放置するとは思えなかった。

 風の神を目印にしていたからこそ再封印の完了と共に免れたものの、魔導神が狙われていたなら風の神ごと喰われていただろう。


「……時間もありませんの。あの人形がいればどうせ死にはしないのでしょうし、封印はこれで最後ですわね」


 次の周期は、およそ三日後。

 しかし次第に力を強めていることを考えると、それは希望的観測でしかない。

 二日後を目処に、こちらも整える。


「もう、遊んでいる暇などなさそうですわよ」


 心の中の誰かも、達観したように頷いていた。

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