第19話 仮面と中身
「ハーフェリオン……あぁこれか。今はもう存在さえ忘れられた世界最大の国家、の公爵家。知力、財力、軍事力、全てにおいて最大派閥で、ハーフェリオンがある限り滅亡はあり得ないとまで言われた最強の一族」
「ああ、その通りだ」
だが現実は滅んでしまっている。
何があったのかは千年を生きるリナでさえ生まれる前のことのためわからないが、それでも滅んでしまうような何かがあったのだろう。
「ふふ……あの当時は大変だったな。私も……魔導神も生まれたてで、力の制御など思うようにできないし、親しい人どころか国がないし……ああだが今生きているんだ。これ以上のことはないさ」
疲れたような笑みを零すアプリムからは、波乱の時代を生き抜いた苦労が滲み出ていた。
「こんな湿った話はやめよう。それよりも……そろそろ返してくれないか?」
「嫌」
「な、なぜだ。リナにとってそれはなんの意味もないだろう……?」
魔導神がこんなか弱い女の子になっているという、重要すぎる意味がある。
リナはとんがり帽子をどうしようかと
「ん、どうよリベル。似合う?」
「良いと思う」
ちょっと調子に乗ってポーズなんて決めたりしているリナに、アプリムはうぅ……と悔しそうな呻き声を漏らしていた。完全にいじめの構図である。
「てか別に良いじゃない。今の方が可愛いわよ?」
「そういう問題ではないのだ……この国から神がいなくなったらどうなると思う」
「え……?みんな幸せ?」
「リナは本当に凝り固まった考えを持っているな……」
アプリムが本当に疲れたように目頭の辺りを揉みほぐしている。
「魔導神がいなければ、この国の秩序は破壊される。神域の特性を活かして悪意というものを検知しているのに、それがなくなれば犯罪は一気に増えるぞ」
「え……ニートじゃなかったんだ……」
「だから働いていると言っただろう!?」
ではなぜあの時言わなかったのか。魔導神にとっては些細なことだったからか。
「わかったら返してくれ。少し確認したらまた外してやるから」
「えーわかったわよ」
素直なことにリナがちゃんととんがり帽子を返した。
そして、アプリムが帽子を被ると、
「ふっ、戻ってしまえばこっちの…………、なあ、いくらなんでもそれは信用がなさすぎじゃないか?」
何かを言いかけた魔導神は、一ミリも信用していなかったリナの拳に吹き飛ばされた。
「いやわかりきってたし。顔に書いてあったし」
「……だから仮面を被っていたというのにぃぃぃぃぃ……!」
もうどうしようもなくなったアプリムは顔を覆って蹲ってしまった。
流石にこれ以上は可哀想なので、リベルは飛んで行った帽子を拾ってくると、アプリムの頭に乗せてやる。
「……!」
「神が感極まってる……神って手懐けられるんだ……」
本物の神様が、神か天使にでも出会ったような表情をしていた。
「リベルさん。いえリベル様。わたくしのファーストキスを捧げさせてくださいまし……!」
「オメエもブレねえなあオイ!」
時々口が悪くなるのはリナの悪癖だろう。
そして魔導神、今の今まで恋人の一人もいなかったらしい。
リベルが被せた帽子には手を出さないらしく、帽子の争奪戦は一旦幕を閉じた。
「そ、それで、これからどうするか、という話でしたわね」
「あぁなんか言ってたわね。で、どうするの?」
「少しは考えてほしいですわ……」
苦労性の魔導神は、自らの意思でとんがり帽子を外す。
もう悪意の検知とやらを終えたのだろうか。
そしてそれを胸に抱き抱えるのは、取られたくないからか不安故か。
「そ、その、私はずっと一人だったんだ」
「「?」」
「だ、だから、その……友達とやるようなことを、やってみたいんだ!」
一世一代の告白みたいな雰囲気が漂っているが、要するにみんなで遊びたいということだろう。
「まあ、良いわよ?私も友達なんていなかったから何やるか知らないけど」
「そ、そうなのか……?お前は誰にでもグイグイ行くのかと思っていたんだが……」
「そんなわけないでしょうが。自分で言うのもなんだけど、リベルが来るまでの私って仕事人間だったからね?それ以外することのない悲しい人間だったのよ」
仲間との連絡も通信だけ、仕事の場所も人の生活範囲外。
ずっとそんな生活だったから、『友達』なんてものはなく、その枠組みに特別を見出していたのだ。
「まあでも、あんた……って呼び方は嫌なんだっけ。プリムなら、色々行けるところもあると思うわ」
「……」
「な、何?その顔」
「いや、リナが相手のことを考えるなんて、と」
パンっ、と割と良い音がした。
「あうぅぅぅ……だ、だが、そう思われても仕方がないことをしてきたことは自覚してくれよ?」
「……」
物理的な痛みで頭を押さえるアプリムと、精神的な痛みで頭を押さえるリナ。
リベルは思った。この二人って案外仲良いよな、と。
そんな二人の少女が並んで歩く後ろを、リベルは静かについていく。
リナの近くがリベルの居場所なのだから、やることがなくてもついていくのが普通なのだ。
だけど、今回ばかりは逃げ出しそうになった。
「さあ!観光中に見つけたオシャレなアパレルショップよ!ここでプリムを可愛くコーディネートしてあげるわ!」
「お、おお!よくわからないが、オシャレな人間は人気なんだろう!?オシャレになれば私も、友達を作れるだろうか……!」
二人の少女がすごく盛り上がっている。
アプリムはお洒落をしてみたいらしいが、リベルは知っている。この場所の恐怖を。
じり、と思わず後退りしたリベルを、リナが見逃すわけがない。
「どしたの、リベル?男の目線も必要なんだから、一緒に来てよ」
「う、あ……でも、また、前みたいに」
「前?ああ、あんたの服選んだ時?大丈夫よ。今回はプリムのなんだから」
「……また、あんなに何着も着ろって言わない?」
「言わない言わない。今回は見る方だから、楽しいわよ」
その言葉でリベルは揺らいでしまった。
元々リナに主導権を預けているのも悪かっただろう。
リベルは知らなかったのだ。一般的に、女性の買い物に付き合わされる男は、疲れることを覚悟しなければならないことを。
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