19、平山剛は嫌ではない

「あーあ……。かったりぃなボランティア……」


来年には受験生になる高校2年。

ボランティアよりも勉強をした方がタメになると考えてしまう。

『恵まれない子供たちに救いを──』と書かれたポケットティッシュのチラシを見る。

こっちにしてみれば『成績が悪い学生に救いを──』である。


まぁ、仕方ない。

これも授業だ。

道徳の勉強をするという認識で捉えておこう。


「はい、水瀬さん。学校からポケットティッシュがぎっしり詰まった段ボールを持ってきたよ」

「ちっ……。言うほどぎっしり入ってないでしょ。しかも小さい段ボールだし」

「だといいねー。よし!じゃあ開封の儀」

「『開封の儀』とかナチュラルに言うオタクはじめて見たよ…………」

「ど、ドン引きはしないで!?普段はそんなこと言わないからっ!」


ティッシュ配りをするデパートの出入口に陣取っていた水瀬さんと一緒に段ボールを塞ぐガムテープをペリペリと剥がしながら、一緒に開けた。

近くにゴミ箱も無さそうなので、粘着力のないガムテープのゴミはポケットにしまっておく。

家に帰ったら忘れずに捨てておこう。


「おー。メガネ、そういうところ気が効くじゃん」

「え?」

「それだよそれ。今ポケットに入れたゴミのことよ」

「そ、そうかな……」


マジマジと観察されてしまい恥ずかしい限りである。


「変な奴だけど、お前は細かい気配りが出来るな」

「あ、ありがとう」

「ただ、たまに強引だけど」

「がくっ!オチを付けないで!?」

「ふふふふ」


口元を抑えて笑う水瀬さん。

教室では褒めるどころが、貶される一方なので2人っきりの彼女はどことなく接しやすい。

普通の友達の前ではこんな性格なのかな?

俺は普通の友達としてカウントされてないのは伝わるが……。


「よし!とりあえずティッシュ配りはじめるぞ」

「そうだね。ちゃちゃっとこなして早く切り上げよ!」

「……………………」

「え?なんで無言?」


俺の言葉に否定も肯定もせずにジト目でじーっと見てきてしまい、何か地雷を踏んでしまったのかと不安になる。

この人のテンションのアップダウンが激しいから正解がわからない。

えっと……、何か言ったのだろうか……?


「ど、どう……どうかした水瀬さん?」

「いや……。なんかメガネが早く終わらせるみたいなこと言ったから」

「え?……え?なにが……悪いの?なにか間違ってる……?」


口振り的にはやはり不機嫌になったようだ。

意味がわからず、戸惑っていると「だーかーらぁー!」と彼女が少し高い声を上げる。


「なんかメガネが、わたしとずっと一緒にいるの嫌みたいじゃん……」

「ちがっ!違うよ!べ、別にそんなことないよ!クラスで数少ない俺と会話出来る水瀬さんが嫌なわけじゃないよ!ただ、面倒だから早く終わらせたいねってこと!」

「そう?」

「そうだよ」

「……わかった」

「なら良かったよ」


俺は単に水瀬さんが嫌とか嫌いとかではなく、単に怖くて苦手なだけである。

全然嫌ではない。

そこは間違えない。


「じゃあとりあえずカゴに詰められるだけポケットティッシュ詰めておくよ」

「なら、わたしのぶんも詰めといて」

「いいよー」


クリアなカゴにパンパンのティッシュを並べていく。

街で見かけるティッシュ配りもこういう下準備からするのかと思うと大変である。

とりあえずお互いのカゴに2掴みぶん程度を適当にポケットティッシュを詰め込んだ。


「こんなもんなのかな?」

「さぁ……。別にカゴにあるぶん無くなればまた補充すれば良いんだしこんなもので良いんじゃないかな」

「わかったよ。じゃあこのままはじめようか」


指定された位置に立ち、水瀬さんとのボランティア活動が始まりを告げた。

流れとしては「よろしければどうぞー。見てくださいね」と声をかけながら『恵まれない子供たちに救いを──』と書かれた広告を上の面にしてポケットティッシュを配るのが内容である。

これがなんのボランティアになるのかはわからないが、募金を促すものと捉えておこう。


クラスによってはゴミ拾いとか、無償で老人ホームへのお手伝いなどの変化球のボランティアもあるので、それらに比べればがくっと難易度は下がったものである。

去年はそれこそ街や駅周辺でのゴミ拾いであり、大きいビニール袋を片手に回遊するというかなりハードな内容に比べたら楽な気がしてくる。

あの日のスマホの時計は1分で120秒経過していたに違いない。


そこへ早速サラリーマン風のスーツに身を包む男性が水瀬さんを横切りデパートから出ようとしていた。

ターゲットが来たとばかりに構える水瀬さん。


「よろしければどうぞー。見てくださいね」

「ん……」

「…………」

「…………」


ポケットティッシュだけを受け取り、すぐに胸ポケットに仕舞われたのを確認する。

この感じ、広告見ないなと悟った瞬間であった。


「ああいう人感じ悪いねー」

「そ、そうだね……」


舌打ちクイーンの舌打ちも大概だと思うけどね……。

因みに無言でチラシやポケットティッシュを受け取る側のプライベートな自分を思い返し、水瀬さんの『ああいう人感じ悪いねー』という言葉のナイフがズサリと差し込まれたのであった……。

俺もあんな態度なのかな……。

改めよう……。

カゴを持つ手が自然と強くなり、ぎゅっと力を込めていたのである。

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