第5話 一人一能

 いざテストを受けたが結果は国語以外ボロボロ。


「マージで終わった。周りからカリカリ書いてる音が聞こえてくるのに俺は問題が全くわからなすぎて時間が全然進まなかったもんな」


「課題の範囲とその応用が中心だったけどそんなにダメだったのか。まあ成績にそんなに影響ないテストでよかったな」


 弥生曰く成績にガッツリ影響するタイプのガチのテストではないらしい。マジで助かった。


「俺だけ手が動いてないの周りに悟られるのが嫌で空欄に絵描いてたわ」


「今の学力がわかってよかったじゃない。学年末さえなんとかできればいいのよ。明日は強化の実技なんだから切り替えてかなきゃ」


「……」


 俺の事情を知らない弥生は兎も角、成績に関係ないことを先に教えてくれなかった膤はいい性格してると思う。


「あんま気にすんなよ。テストも終わったことだし気晴らしにバッティングセンターにでも行こうぜ」


「いいね。膤ちゃんも来る?」


「私は遠慮しておく。今日は先約があるから寮に直帰する」


 膤が実家通いではないのはここ数日で知っている。実家が太いからてっきり近場にワンルームでも借りているのかと思っていたがまさか寮だったとは。というかこの学校の学生寮って何処にあるんだ?


「せっかく俺の華麗なバット捌きが見れるのに勿体ないな」


「どっちがたくさん打てるか結果を楽しみにしてるわ」


「じゃあ俺と漆輝の実家組は野郎二人で虚しくバッセンにでも行きますか」


 膤たちクラスメイトに別れを告げ教室を出た。



 久しぶりのバッティングセンターだ。


「膤ちゃんがどっちが多く打てるかって言ってたけどさ、負けた方がジュースとコンビニチキン奢りな」


 せっかくなら何か賭けなければ面白くない。


「いいだろう。負けてからやっぱなしはダメだからな」


「あ、強化使うの禁止な」


「当然だ。強化して打ったボールがどっか当たって問題にでもなったら下手すりゃ最悪退学だぞ。遊びで使うにはリスクしかねぇ」


 この学校退学とかあるんだ……。いやまぁそりゃ高校だしあるよな。魔力使うときは俺も周りを注意しながら使おう。


「球速はもちろん一二〇キロ、十球勝負な。ジュースは炭酸以外で頼む」


「まだ負けてねーぞ」


「どうせ俺が勝つんだから先に教えといてやる俺の思いやりだわ。感謝しろ」


 弥生は陸上系が得意だが球技はそれほどでもない。俺の方が断然上手い。なんなら十代の頃は新幹線の中にいる客の顔も余裕で追える動体視力を持っていた俺に負ける要素がない。あぁ、若いって素晴らしい。



「はい俺の勝ち。ジュースとチキンごちになりまーす」


「待てよ。俺も十球全部打てたんだから引き分けだろ」


「確かにお前も全球バットに当てることはできた。それは認めよう。だけど前に飛ばなかったのが三球もあったよな?」


「くそぉ……」


「いやぁ、自分のバッティングセンスが怖いわ。敗北を知りたい」


 結果的に圧勝だったが俺の想定よりこの世界の弥生が上手くて驚いた。異能を扱うにあたって何かしらトレーニングをしている影響なのだろうか。どうりで賭けに乗り気だった訳だ。


「はよコンビニ行くぞ」


 弥生が萎えた返事しながら歩き出す。


「そういえばさ異能のテストって次いつだっけ」


「異能は二学期末に設定した目標を学年末までに達成できてればOKだったはず」


「異能はなんで実技しないんだろ」


「そりゃ人によって能力が違うし基準が設定しづらいからじゃないか?」


 試験について話してるうちにコンビニに到着した。


「店内あったけーな。ちょっとトイレ行ってくるから先選んどいて」


「なに? うんこ?」


「俺生まれてからうんこした事ないからわかんないや」


「バカなこと言ってないで早く行ってこい」


 スマホを取り出しトイレに入った。


「おい、ディダル」


「なんだ?」


 ディダルが実体化して現れた。


「さっきの弥生が人によって能力が違うって言ってたけど俺が壁裏を透視したり念力で空飛んだりできないのか?」


「無理だな。異能は一人一能だ」


 なるほど。学園に同じ系統の能力者を集めてるわけでもないのだから確かに弥生の言う通りだ。


「魔力使って状況によって能力を使い分けれるわけじゃないんだな」


「そもそも透視できるならみんなテスト中に使ってるだろ」


「テスト中異能使っていいんかい」


「いやダメだろ」


「じゃあ使えても意味ないじゃん」


「バレないようにやるからカンニングなんだろ?」


「た、確かに!」


 カンニングはともかく空を自由に飛びたいなぁ……。ディダルが画面に戻るとスマホをしまい再び店内に戻る。


「やっと出てきたか」


「御曹司聖水搾り出してきたわ」


「庶民汚水の間違いだろ」


「あ? ボコすぞ? とりまジュース選んでくるから待っとけ」


 ショーケースに向かおうとすると


「そんなこともあろうかと先に買っておきましたよ漆輝さん」


「おっ! 弥生もやりゃあ出来るじゃねーか。褒めて遣わす」


「炭酸以外ってオーダーでしたよね? こちらになります」


 渡されたビニール袋を確認すると……微炭酸じゃねーか!


「炭酸ではなく微炭酸を選ばせていただきました」


「お前さぁ……。さっきの俺の称賛返せや」


「俺に買ってもらったんだから喜べよ」


「賭けに勝って貰ったのが微炭酸って」


 炭酸は口の中が痛くなるから嫌いなんだよな。しかし振って炭酸を抜けば飲めるし、炭酸飲料の味は結構好きな物も多い。これも炭酸を抜けばただのレモンジュースだ。まぁ今回は大人の余裕で許してやろう。


「数年ぶりにこれ食ったけどうめーな。小洒落た高いプリン食うけど定期的にチープな味のするプリンに戻ってくるのと同じ現象だわ」


「大袈裟だな先月も食ってたじゃん。でも確かに本格的なのとは違う良さがあるよな」


「もう一個買ってくれてもいいぞ?」


「てめーで買え。さて食うもん食ったしゴミ捨てて帰るか」


「炭酸を抜きながら飲んでるからまだ入ってて捨てれねーよ」


 早くしろと急かされ残りを飲み干す。店内のゴミ箱に捨てに行きがてら他のホットスナックをチラッと見たが価格の安さに懐かしさを感じた。

 寒さで白い息を吐きながらいつもの通学路とは違う道を通り違和感に気付いた。小さい頃お菓子をくれたりした近所の老夫婦の家がなく知らない家が建っていた。そりゃ俺の地元に知らない学園があったりするんだからそういう違いもあるだろう。だけど少し悲しくなった。


「家族以外に知ってる人間がいてよかったよ」


 弥生をみてふと呟いた。


「どうした急に」


「いやお前なら気負わずこき下ろせるなって」


「今日のテストの点数で勝ってから調子乗ってもらっていいすっか?」


「俺が空欄だらけなの知ってて煽りやがってうぜー」


「空欄だから煽ってるんじゃない。勉強は俺のが優秀だから煽ってる」


「お前がこっちでもエリート校に通ってるのがムカついてきたわ。一丁前にブレザーなんて着やがってよ。ママにネクタイ締めてもらったのか?」


 あっちでは学ラン着てたくせに小洒落やがって。我ながら流石に理不尽で笑う。


「制服なんだから仕方ないだろ。それに毎日着てれば流石にネクタイくらい結べるわ」


 談笑しているうちに弥生の自宅の前まで着いた。


「てか明日は強化の実技だけどお前大丈夫そうなん?」


「程々に力抜いてやるに決まってるだろ。多少加点されるだろうけどさ、今回好記録出して本番の学年末微妙な記録だったら期待されてた分伸び悩んでるみたいで印象悪いだろ?」


「うーん、スペシャルに志が低い」


「戦略家と言ってくれたまへ」


 戯けた口調で語りながら自宅に入っていった弥生と別れ、再び帰路につく。


『栄燈はまだそんな小難しいことできないんだし勿体ぶらずにやれよ』


 ポケットの中から語りかけてきた。


「わかってるよ。うるせーなー」


 仮にも六つの分校の頂点の尋徳だ。ディダルの言う通り今の俺が舐めプなんてできるほど甘くないだろう。それに筆記の点が悪い分こっちで挽回すればある程度評価の釣り合いがとれるはずだ。

 たかが数日練習をしたくらいでどこまで通用するかわからない不安が杞憂で終わればいいと思い自宅のドアを開けた。



 あくる日担任に呼び出されるのを俺はまだ知らない。

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