第40話 草津奇々騒乱編(8) 決死ノ章

あやかし


それは、短命な人間の姿から長命な妖怪の姿に転生させると言う、一種の闇の儀式である。


闇の儀式は歴史が長く、数多くある儀式の起源は、怨念渦巻く奈良時代から平安時代中期までさかのぼる。


当時の妖ノ儀は、強い怨念を纏いながら命を絶つ事で、怨霊おんりょうあるいは、妖怪に身を落とすと言うやり方が主流であった。


しかし、このやり方で生まれるのは、ほとんど怨霊であり、かの早良親王さわらしんのうを始め、菅原道真すがわらのみち公、崇徳天皇すとくてんのう平将門たいらのまさかど公など、後に神仏としてあがたてまつられる怨霊が続々と生まれた。


そのため、現実世界の裏側にある隠世かくりよでは、怨霊と妖怪との争いが絶えなかった。


中でも崇徳天皇が大怨霊となり、我を忘れて現世うつしよだけじゃ飽き足らず、隠世かくりよまで厄災を振り撒いた時は、妖怪の総本山である大妖楼だいようろうが、半壊する程の大激戦になった事があった。


これにより、多くの力の弱い妖怪たちが強力な怨念の前に命を落とし、一方で力の強い妖怪たちは、大妖楼を見限るなり日本各地へと離散した。


この日を境に、隠世かくりよは更に荒れ、大妖楼の権威を取って変わろうと離散した妖怪たちが次々と衝突し、あわや群雄割拠の危機を迎えた。



当時大妖楼のおさであった天狗は、閻魔大王に謁見し、あの世に最も近い隠世かくりよの荒廃を危惧した。


これに対して、既に承知している閻魔大王は、特別条項にのっとり、冥界から安倍晴明あべのはるあきらを呼び出した。


その後、隠世へ連れて来られた安倍晴明は、実母にして大妖怪である九尾の狐、玉藻たまもの前と共に、今ある妖ノ儀の基礎を手がけた。


最初は人生を諦めた人間を妖怪に変え、離散した妖怪たちへの牽制けんせいついでに、大妖楼の復旧を目的としていたが、思わぬ結果を招いた。


あらゆる苦しみを抱えた人間たちが、妖怪として生まれ変わった事で、悩みの種であった、障害、病、飢えなどの苦しみから解放され、この恩に報いようと多くの者たちが、大妖楼の復旧に全力を注いだ。


そのため、半壊した大妖楼は、わずか三年足らずで、現世うつしよみやこよりも絢爛豪華な宮殿を作り上げてしまったのであった。


以前の薄暗い上に古びた大妖楼と比べて、復旧を遂げた大妖楼は、鬼火や狐火などを使った"ぼんぼり"や提灯ちょうちんがあちらこちらに装飾されており、昼夜問わず明るく照らしていた。


まさに、"闇の濃い"奈良時代から"少し明かり場が増えた"江戸時代中期辺りにタイムスリップしたかのような変わり様であった。


この噂は、瞬く間に日本各地へ離散した妖怪たちの耳に入り興味本位で行ったところ、殆どの妖怪たちが度肝を抜かれてしまい、この機に大妖楼へ戻った妖怪たちは数多く、隠世かくりよの発展に力を注いだと言う。



その後、時が経つに連れて、妖ノ儀は数多くの流派に分かれてしまい、江戸時代に入る頃には、妖怪たちが現世うつしよおもむく様になり、次第に独立への足掛かりとなっていた。


これにより、人間を襲う妖怪、脅かして喜ぶ妖怪などが急増し、いわゆる妖怪の黄金期を迎えた。



しかし、その黄金期も永久に続かず、時代が明治に入ると、現世うつしよでは電気などによる明かりが普及してしまった事で、徐々に人々が持っていた闇への恐怖心が薄れて行った。


これにより、現世に住まう妖怪たちの活動は衰退し、妖ノ儀も知らぬ間に現世から姿を消して行った。


多くの妖怪が、もう二度と現世うつしよで過ごせないと思っていた中、百年以上の月日をて異世界との交流文化が始まると、再び現世に姿を現し始めるのであった。


その後、両津直人の父にして、警界庁長官でもある両津界人が、当時、色々あって衰弱していた稲荷と白備を助けたと事で、再び妖ノ儀が復活するきっかけとなった。


当時日本では、少々懸念となる問題を抱えていた。


それは短命な人間が、どうやって長命である種族たちと恋仲こいなかとなり、どれだけ長く幸せに添い遂げられるかの話であった。


そして、この問題の解決として白羽の矢が立ったのが妖ノ儀であった。後に、魔界でも似た様な儀式がある様だが、それが判明したのは、異世界交流文化が始まってから二年後の話である。



妖ノ儀の注意としては、政府の申請さえしていれば誰が受けようとも合法化されている点である。


ちなみに、今夜妖の儀を受ける両津直人は、父親である両津界人の巧妙な手回しにより、合法的に行われる。(本人の了承は本来必要である。)


そして話は本編へ戻し、いよいよこの妖楼郭にて、その妖ノ儀が始まろうとしていた。



夕食会場前。


夕食を終えた桃馬たちは、直人たちのグループに合流していた。


桜華「リールちゃんたちも来ていたなんて、何だか奇遇ですね♪」


リール「うんうん!まさか桜華ちゃんが居るとは思わなかったよ♪ねぇねぇ、後で温泉行こうよ♪」


桜華「えぇ、行きましょう♪小頼ちゃんたちもどうでしょうか?」


リール「もちの~♪」


桜華&小頼&リフィル「ろん♪」


この四人のテンションに上手くついて行けないシャルとエルンは、ポカンとした表情をしていた。


リール「ほら、エルンも"ろん♪"って言わないと?」


エルン「えっ?ろ、ろ~ん。こ、こうか?」


かなりぎこちないが、クールで恥じらいのある仕草をするエルンの姿は、ただただ可愛らしかった。


リール「そうそう♪ろーん♪」


底無しの"ポジティブマシーン"のリールは、いつもよりテンション高めであった。


シャル「小頼よ、今のは、何なのだ?」


小頼「あぁ~、今のは私たちの"合わせ言葉"だよ♪」


シャル「合わせ言葉?」


小頼「まあ、知ってる人同士しか使えないけどね。今のは、もちろんの言葉を切り取って、先手が"もちの〜"って言ったら、後手の人が"ろん"って言うんだよ♪」


シャル「おぉ!それは面白そうなのだ!余にも教えるのだ!」


小頼「うん、いいよ♪ではリフィル先生、お願いします。」


リフィル「任せなさい♪」


女子たちが楽しそうに会話をする中、一方の男子たちは、直人を取り囲みながら妖楼郭で働いている弟の自慢話を聞いていた。


桃馬「ま、まさか、あの銀白色髪のイケメンとフロントの受付をしていたイケメンが、直人の義理の弟だったとは……。」


直人「あぁ♪凄くかっこよかっただろ♪」


桃馬「えっ、あっ、うん‥。」


直人「九尾の白備は頭が良くてしっかり者で、烏天狗の昴は、お調子者だけど裏表もない素直で良い弟なんだよ♪」


今まで直人が一人っ子だと思っていた桃馬は、予想以上に兄弟が出来ている事に驚いていた。


桃馬「へ、へぇ〜。(直人のこんな嬉しそうな顔を見るのは久々かもしれないな。界人叔父さんも凄い事をしてるけど……、それより、直人の自慢話がやばいな。)」


単に家族バカと言えば良いか。


それとも生粋の弟バカとでも言えば良いのか。


グイグイ語る直人の姿に、思わず桃馬は引いてしまった。


晴斗「それより、桃馬が知らなかったとは思わなかったな。てっきり、身内だから知っている物かと思ってたよ。」


桃馬「うーん、従兄弟と言っても会う機会は少ないからな‥。」


憲明「まあ、従兄弟ってそんなもんだよな。俺も従兄弟がいるけど、会う機会なんて殆どないよ。」


直人「そうそう、次は妹の千夜の話でも‥うぐっ!?」


妹の千夜ちよから、晴斗の前で余計な話をするなと釘を刺されていたのにも関わらず、それをすっかり忘れていた直人は、突然うめきをあげた。


直人の目の前には、どこから飛び出して来たのか。綺麗なピンク髪の猫耳ツインテ美少女が、直人の腹部に拳をねじ込んでいた。


直人は数秒後、口から泡をふき始め、そのまま倒れ込んだ。


突然の事に、晴斗以外の男たちは言葉を失った。


千夜「全く、あれほど釘を刺したと言うのに……。油断も隙もないですね。」


晴斗「ち、千夜ちゃん?」


千夜「にゃう?はうっ!?は、はは、晴斗様!?あ、えっと、その……、こ、ごめんなさーい!」


直人のせいで晴斗に恥ずかしい一面を見られてしまった千夜は、何故か直人を肩に担ぐなり、早々にその場から立ち去った。


ギール「お、おいおい!?直人が連れて行かれたぞ!?」


ディノ「あ、あの、晴斗さん?あれは大丈夫なのでしょうか?」


晴斗「あー、心配するな。あの子は直人の妹だ。」


桃馬「っ!?あ、あの子も兄妹なのか!?ってか、あの直人を一撃で倒すって‥、凄い妹だな。」


晴斗「そこが千夜ちゃんの可愛い所なんだよな。さてと、リール、エルン?直人を追いかけるぞ?」


リール「ふぇ?追いかけるって?」


エルン「ん?直人が一体どうしたのだ?」


晴斗「うん、今さっき直人が千夜ちゃんに連れて行かれたんだよ。」


エルン「えっ?千夜殿が?」


リール「う〜ん、どうして?」


晴斗「簡単に言えば、直人が千夜ちゃんの昔話を話をしようとしたら、千夜ちゃんが怒ったとでも言えばいいかな?」


リール「うーん、何だかここに来た時と同じ様な展開を見た気がするけど、もしかしたら直人……、千夜ちゃんにボコボコにされるかもしれないね〜。」


エルン「っ、ま、まさか千夜殿は、兄である直人をころ……。い、いや、流石に考え過ぎか。」


晴斗「まあ、あの様子だと、殺す事は無いと思うけど、それに近い仕打ちはあるかも。」


徐々に物騒な結末を想像し始めるリールとエルンに、晴斗は落ち着かせようとするが、ついうっかり火に油を注ぐ様な一言を漏らしてしまった。


エルン「は、晴斗!直人はどこに連れて行かれたんだ!?」


晴斗「お、おぉ、こっちだ。たぶん、もう見失ってると思うけど‥。」


血相を変えたエルンが慌てた様子で直人の後を追いかけようとすると、そこへ直人の弟である白備が現れた。


白備「晴斗様、若様の事ならご安心ください。」


晴斗「あっ、白備。ちょうど良いところに来てくれたね。実は直人が、千夜ちゃんに連れられて何処かへ行ってしまったんだけど、心当たりはあるかな?」


白備「はい、心当たりならあります。しかし、晴斗様方が探す必要はございません。」


エルン「っ、ど、どうしてですか!?」


リール「探しちゃダメなところに連れて行かれたの?」


晴斗「……白備、それはどう言う意味なんだ?」


白備「はい、これより若様は、妖ノ儀をお受けになられ、立派なあやかしになられます。」


晴斗「っ、妖ノ儀だと……。」


エルン「っ、あ、妖ノ儀?」


リール「何それ?」


白備「妖ノ儀とは、人間の姿から妖怪の姿に転生させる儀式の事です。」


エルン「人間の姿から妖怪の姿……。つ、つまり、白備殿見たいな姿になると言う事か……。」


白備「えっ?」


リール「もしかして、耳と尻尾が生えるのかな?」


エルン「…ごくり、も、もしそうなったら…、是非とも触らせて貰いたいものだな。」


晴斗「おいおい、二人はそこに注目するのかよ。」


白備「そ、そうですね。これは若様が秘めている特性にもよりますが、もしそうなれば私も嬉しいですね♪」


白備は、直人とお揃いになるのが嬉しいのだろう。もふもふとした耳をピコピコと動かしながら、尻尾を振っていた。


晴斗「ふぅ、まあ、白備たちからして見れば、直人が妖怪になるのは大歓迎…、いや、むしろ本懐と言えばいいかな。取り敢えず"おめでとう"だね。」


桃馬「いやいや、待て待て、おめでとうじゃないよ!?えっ、何、今日で直人は人間を辞めるのか!?」


意外にも直人が妖怪になる事を受け入れている晴斗たちの一方で、直人の従兄弟である桃馬は当然の驚きを見せた。


白備「はい、若様の儀は、今夜執り行います。それと、お客様は若様と晴斗様にかなり親しげなご様子ですが、どの様なご関係でしょうか?」


この質問に思わず晴斗は、吹き出しそうになった。


一応桃馬とは、従兄弟と言う関係にあたるとは言え、実際に桃馬と会った事がない白備たちからして見れば、当然桃馬の事を知らないの仕方がない話である。


桃馬「えっと、信じてくれるか分からないけど、俺は直人の従兄弟にあたる佐渡桃馬って言います。」


白備「佐渡桃馬様……ん、佐渡……っ!?さ、ささ、佐渡家ですか!?も、もしかして、か、景勝様の若様ですか!?」


桃馬「え、えぇ、景勝は私の父親ですけど。」


予想以上の食い付きに、思わず桃馬は驚いた。


どうやら白備は、桃馬の父親である佐渡景勝との面識はある様であった。


白備「も、申し訳ございません!まさか、ご本家の若君……、い、いえ、大若様とは知らずにご無礼を致しました!」


白備の大袈裟な反応は、周囲からの注目を集めた。


桃馬「は、白備くん顔を上げてくれ!?そもそも俺たちは従兄弟同士なんだよ?だからその〜、本家とか、分家とか、そう言う堅苦しいのは気にしなくて良いんですよ?」


白備「し、しかし‥。」


本家当主の景勝とは面識はあれど、桃馬と会うのは初めてである白備は、その生真面目な性格が祟り、どう接すれば良いのか分からず、ただただ困惑してしまっていた。


桃馬「白備さんお願いします。白備さんにこんな事をさせていたって直人に知られたら、むしろ俺が直人に殺されてしまいます。」


白備「っ、そ、それは少し大袈裟な気が……。」


晴斗「桃馬の言う通りだよ白備?もし、両津家の面目を気にするなら、今は顔を上げておかないと恥を晒すだけだよ?」


白備「‥っ、は、はい、分かりました。」


晴斗からの一押しもあり、ようやく白備は顔を上げた。


桃馬「でも、俺は嬉しいな。まさかこんなにかっこいい従兄弟に会えるなんて。」


白備「っ///わ、私も若様が話していた大若様に会えて嬉しいです。」


桃馬「あ、あはは、大若様はやめてくれよ。普通に桃馬でいいからさ。それに、直人の事を若様って言うんだね?直人に嫌がれないか?」


白備「は、はい、それはものすごく‥。ですが、使い分けてますので、何とか許してもらえてます。」


桃馬「あはは!直人らしいな。」


初めて会う従兄弟に桃馬が和んでいると、ふと肝心な事を思い出す。


桃馬「っ、いやいや、笑ってる場合じゃない。えっと、ちなみに直人は、その、どんな妖怪になるんだ?」


白備「‥それは私にも分かりません。私共が行う妖ノ儀とは、基本的に妖ノ儀を受ける人の特性を紐付けて妖怪に転生させますので……。」


桃馬「‥特性か。」


白備「私としては、その……、是非若様には、私と姉上と同じ九尾の狐になってほしいと思っていますけど……。」


晴斗「っ、直人が九尾‥ぷぷぷ‥。」


桃馬「‥それだと色々大変な目に合いそうだな。」


直人が九尾の狐とは、想像するだけでも笑いそうになる。きっと、ゴールデンウィーク明けには、早速学園の女子たちにもふり倒される事であろう。


白備「それでは、これから私も妖ノ儀に立ち会わないと行けませんので、これにて失礼致します。」


白備が深々と頭を下げると、直人が連れて行かれた方へ向けて去って行った。


エルン「えっと、一応これで、直人は安否は守られたなのだろうか?」


晴斗「そう心配しなくても直人は大丈夫だよ~。もしかしたら、もっと白備かすばるの様に、かっこよくなって戻ってきたりして……。」


エルン「なっ///は、晴斗!?」


晴斗「へぶっ!?」


エルンの恋心をくすぐるような言葉をかけた晴斗は、一瞬で恥じらいの限界を越えてしまったエルンに、強烈な恥じらいビンタをもらい、そのまま"ふかふか"の床に叩きつけられてしまった。


流石、堅物くっ殺属性が定着しているエルンである。


その後、ドタバタな展開を繰り広げた一行たちは、周囲の視線を熱く向けられながら、各自の部屋へと戻るのであった。


そして、とある部屋では……。


映果「ふへへ‥これはじゅる‥儲かるぞ~♪」


佐渡桃馬!

温泉旅館にて、イケメン狐と不倫!


美女たちの裸集。


妖楼郭へ来てもなお、盗撮及び、新聞作りに勤しむ亀田映果は、あまりにもリアルでブラックな記事をノートパソコン内に打ち入れていた。



草津事件まで‥残り一時間。

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