第37話 草津奇々騒乱編(5) 暗雲之章

晴天せいてんの素晴らしき空のもと、多くの人々がこの平和な時代を謳歌するこの頃。


しかし、その平和な時代の裏側では、私利私欲にまみれた外道共が息を潜めていた。


そしてここ、草津の温泉街にある某料亭の"鶴ノ間"にて、国家転覆を企む外道共の密義が行われていた。



南雲「いよいよ、今日が実行の時か。」


小藤ことう「えぇ、この一件が上手く行けば、異世界侵攻への足掛かりになります。」


イラド「ククク、まさか日本国の官僚殿から、この様な美味しい話を持ちかけられるとは思いませんでしたぞ?」


我良わがよし「ふっふっ、わしもこの話を持ちかけられた時は驚いたものよ……。もしこの計画が成功すれば、我が社は、異世界へ進出してボロ儲け出来る所か、商会ギルドを掌握してあらゆる権利を独占できる。そうなれば、晴れてここの四人の天下と言う訳ですな。」


イラド「えぇ、日本の自衛隊の力を利用して我がエルンスト国を降伏させる。そして空いた玉座には私が座りエンルスト国の実権を握る。」


我良「流石は、エルンスト国のイラド大臣。かなりの野心家でありますな?」


イラド「この程度は序の口よ。いずれは、亜種族を手足の様に操り帝都と魔界を手中に治め、最後は、この世界全土を我らの物にする。」


南雲「はっはっ、その通り!戦争を禁じられてる我が国が、間接的に世界の舵を握る好機。新政大日本帝国も夢ではないですな!」


小藤「全世界は我らにひれ伏し、我らを支えるのこまとして生涯仕える……。いやはや、考えるだけでも待ち遠しいですな。」


イラド「例え失敗したとしても、やるのは亜種族…。足がつくことはありません。」


我良「確かに、ふははっ!」


小藤「それで、イラド殿?実行は何時からだ?」


イラド「‥実行は午後八時からです。それまではここで、呑気に平和に浸る我らの"奴隷たみ"でも見物致しましょうか。」


南雲「おぉ~、こわっ、だが、面白い。」


まさに、絵に描いたような外道っぷり。


ある意味、天晴れである。


ここで小話。

これら四人の外道について……。


イラド・テンペリオ外務大臣

少々小太りで上唇には髭を生やし、異世界ならではの中世貴族風の服装をしていた。更に、冒険者の始まりの街"ルクステリア"を統治するエルンスト国の外務大臣である。


我良わがよし自成のりなり

大企業"我良わがよし"グループの会長にして、本計画に資金を提供している欲深い老人である。


そして、本計画の主犯にして国家の癌である。


衆議院議員、小藤満助ことうみつすけ及び。参議院議員、南雲靖成なぐもやすなりは、呆れた事に国家転覆及び両世界の征服を企んでいた。


目先の欲望に囚われ、愚かにも本来やるべき使命を放棄した二人の政治家は、己の懐を温める事を最優先にする"自己政治じこせいじ"の手腕を見事に振るっていた。



これら外道の企みこうである。


素晴らしき温泉街を亜種族に襲わせ、罪のない人々の血で温泉街を染める。そして、異世界に対する恐怖心を日本国民にあおらせる事で、反異世界運動を掻き立たせ、異世界への武力侵攻をうながそうとしていた。



後に、草津事件として語られる事になる。





その頃、妖楼郭では‥。



千夜「こほん、こちらが本日ご用意させて頂きました。晴斗様方のお部屋となります♪」


直人の妹である千夜ちよに案内された部屋は、畳み二十畳にもなる広大な部屋であった。


晴斗「お、思っていた以上に広いけど……。本当にここなのかい?」


千夜「はい♪お父様‥あっ‥えっと、とにかく、ここで間違いないですよ♪」


晴斗「そ、そうか。な、何だかある意味…、緊張する部屋だな。」


リール「す、凄い。わ、私の家の部屋より広いです!」


エルン「‥ま、まるで道場だな。」


直人「‥親父め、こんな広い部屋を取らなくてもいいのに‥。」


賛否は分かれるが、良い部屋である事に代わりはなかった。


すると千夜は、直人の袖を掴んだ。


千夜「直兄‥、ちょっといい?」


千夜の呼び出しに嫌な予感を感じる直人であったが、ここで断ったら何をされるか怖いため、ここは大人しく従う事にした。


直人「‥な、何かな?」


千夜「何かな?じゃないわよ。あの二人の美女は一体誰なの!?」


直人「……今更何言ってるんだ?まさか、今気づいたのか?」


千夜「っ、そ、そうよ!も、もし、お兄ちゃんの彼女か、ただの友達なら良いけど‥、晴斗様の彼女とかだったら私……にゃう……。」


直人「っ、な、何だそんな事か。リールとエルンなら俺と晴斗の友達だから安心しろ。」


エルン「っ!?」


直人の友達発言に反応したエルンは、驚いた表情で直人の方に視線を向けた。


千夜「よ、よかった~。それなら、今夜二人を襲う様な事はしちゃダメだよ?」


直人「千夜がそれを言うか?」


千夜「っ、ふ、ふん、うるさいわね。そ、それよりお兄ちゃん?本当にあの二人とは、恋人関係じゃないの?」


直人「違うって言っているだろ?そもそも、俺なんかじゃ釣り合わないって。」


千夜「……なるほどね。」


直人「っ、な、何がなるほどなんだよ?」


千夜「ふぅ、もっとお兄ちゃんには、女の子の気持ちを汲める様になった方が良いわよ?特にあの金髪の美女とかね。」


直人「金髪?あぁ、エルンの事か?」


千夜「そうそう、さっきからお兄ちゃんの事をチラチラ見てるわよ?」


直人「チラチラ?…ぷっ、あはは、まさか〜。きっと、千夜が可愛いからモフりたいんだろうよ♪」


千夜「っ、ど、どうしてそう捉えるのよ……。」


流石は鈍感王。千夜の指摘を全く理解してなかった。


直人「良かったな千夜♪エルンはサキュバスだけど、凄く真面目で良い子だから安心しな♪」


千夜「…うぅ、そうじゃないってのに‥。はぁ、お兄ちゃんが心配だよ。」


全く噛み合っていない直人との話に、呆れる所か逆に心配してしまう千夜は、もっと直人には乙女心について勉強してもらいたいと思うのであった。


千夜「はぁ、まあ、友達だとしても、女の子は大切にしなさいよね?」


直人「あぁ、もちろんだよ♪」


千夜「それじゃあ、私は戻るから何かあったら呼んでね?」


直人「あいよ、ありがとうな千夜。」


千夜「んんっ‥もう‥ばか‥。」


可愛い妹の頭を撫でた直人に対して、何だかんだ言ってお兄ちゃんが大好きな千夜は、照れ臭そうに呟きながら尻尾を振った。



一方その頃。


直人が妖楼郭に来る事をつい、長女の稲荷(いなり)に漏らしてしまったすばるはと言うと、兄である白備(はくび)と共に、妖楼郭の最上階にある"稲荷いなり"の部屋の前に立っていた。


昴「‥白備行けよ。」


白備「な、何で私が行かないといけないんだ!?元はと言えば、昴が原因だろ?」


昴「うぐっ、そ、それは……、そうだけどよ。」


白備「はぁ、‥きっと姉さん、今日こそ兄さんを食べるよ‥。」


昴「っ‥に、兄さんには悪いけど、姉さんの標的が兄さんで本当によかった。」


白備「ば、ばか!?なに他人事見たいな事を言っているんだ!?とにかく、あやかしノ儀が終わるまで兄さんを守らないと‥、吸い殺されてしまうかもしれないんだぞ!?」


昴「っ、そ、それは困るけどよ‥、んっ?」


二人が稲荷の部屋の前で言い争っていると、閉まっていたはずの扉がゆっくりと開いた。


すると、部屋の中から花魁おいらん風の黒い和服をよそおった、妖艶な妖狐お姉さんならではのスタイル抜群の美女が現れた。


稲荷「騒々しいわね~?まだ日が出てるでしよ~?」


昴「ご、ごめんなさい姉さん!?」


白備「お、おはようございます。あ、姉上……って、まだ寝てたのでますか?」


しかし、寝起きであったためか。


腰まで伸びた綺麗な金髪はボサボサで、装っている服装も色っぽく乱れていた。


稲荷「ふぁ〜、えぇ、そうよ。昨夜は中々寝付けなくてね。やっと眠れたのは…、うーん、確か日が昇っていたかしら?」


白備「そ、そうだったのですね。(まずい、兄さんの事で眠れなかったのかも……。)」


昴「起こしてごめんなさい姉さん。そ、それより姉さん、今日は何の日か……ご存知ですか?」


稲荷「今日?うーん、それより二人は、ここで何をしているの?」


昴「っ!あっ、いや、その〜、そ、掃除ですよ♪掃除♪なあ、白備~♪」


白備「えっ?あっ、そ、そうだ。ちょっと用事を思い出しましたので、私はこれで~。」


昴「は、白備!?ま、待てよ!?」


嫌な予感を感じた白備は、昴を残してその場から離れようとするも、これに昴は、そうはさせまいと白備を追いかけた。


二人の奇妙な仕草に怪しいと思った稲荷は、亜空間移動で逃げようとする二人の前に立った。


稲荷「ちょっと、待ちなさい二人とも。何か私に隠し事をしてないかしら?」


素直に堂々としていれば良かった物の、下手に誤魔化そうとして墓穴を掘りまくった二人は、稲荷の問い掛けに背筋を凍らせた。


白備「いえ、隠し事なんてしてませんよ姉上?」


昴「そ、そうでひゅ、かくひてまひぇんよ。」


重圧を感じる稲荷の問いに、堂々と隠し事を否定する白備に対して、昴は動揺を抑えきれず声を震わせながら否定した。



嘘が下手な昴はともかく、ここまで来ても素知らぬ振りをする白備の姿に、実姉じっしである稲荷は、白備の嘘を直ぐに見破った。


稲荷「ふ〜ん、隠してないのね〜。それなら白備、その"ピン"っと立たせた尻尾は何かしら?」


白備「っ!?」


的確に図星を突いた稲荷の指摘に、思わず白備はふわふわとした銀白色の尻尾を隠した。


白備が嘘をつく時は、大抵自分の尻尾を"ピン!"っと立たせてしまう癖があった。


ちなみに、白備の尻尾は姉の稲荷と同様に九本の尻尾を持っているのだが、九本だと動きにくい事から普段は一本だけ出している。


しかし、感情的になったりすると、無意識に尻尾を増やしてしまうため、完全に制御出来ているとは言えない未熟な一面もある。


稲荷「ふふっ、分かり易く尻尾を隠しちゃって……。」


白備「た、たまたまですよ♪」


稲荷「へぇ〜、この期に及んで、まだ白を切る気なのね?」


白備「し、白を切るも何も……し、知らないものは知ら……ひっ!?」


昴「〜っ!?」


再び亜空間移動を使った稲荷は、瞬時に二人の背後を取ると、そのまま二人を抱き締めながら耳元でささやいた。


稲荷「私の可愛い弟……、直人が来たのね?」


この一言で、二人の時が止まった。


やはり、全てお見通しであった。


稲荷「ふふっ、図星みたいね。全く、隠すなら堂々としてなきゃダメでしょ?」


白備「うぅ、すみません。(兄さんごめんなさい……。私のせいで兄さんの貞操が……。)」


昴「うぅ、(兄さん……ごめんよ。後でお仕置を受けるから……。)」


稲荷の注意に、白備と昴は心の中で直人に謝った。


だが、ここで大切な兄を襲わせる訳にはいかない。


かくなる上は、何とかして姉を説得するしかない。


白備「あ、姐上。隠していた事は謝ります。だけど、兄さんを襲うのだけは待ってくれませんか!?。」


稲荷「え~、私は弱々しい人間のままの直人を楽しみたいのに~、少し加減をするから許してよ~♪」


白備「だ、ダメですよ!」


昴「そ、そうだよ!?す、少なくても兄さんが妖怪になるまでの辛抱だから!?」


白備「なっ、何を言ってるんだ昴!?」


昴「だ、だってよ。今の姉さんに、こうでも言っとかないと、今からでも兄さんを襲いに行くぞ……。」


白備「っ、た、確かに……。」


稲荷「また二人して何を話してるの?」


白備「っ、こ、こほん。あ、姉上。どうか妖ノ儀が終わるまで、兄さんを襲わないでください。」


昴「お願いします!俺たちの沽券こけんに関わるんです。どうか抑えてください!」


稲荷「むぅ、二人がそう言うなら分かったわよ。でも、スキンシップくらいはさせてよね?」


白備「わ、分かりました。ですが、過度なスキンシップはだめですよ?」


昴「そうですよ。特にキスとか、兄さんを押し倒して胸を押し付けたりとかは特に……。」


稲荷「クスッ、はいはい♪それじゃあ、仕度するからちょっと待っててね♪」


そう言うと、るんるん気分で部屋に戻った。


昴「あぁ〜、どうしよう……。姉さんの事だ…、絶対に兄さんと会って何もしないはずがないよ。」


白備「だがら、私たちがしっかり姉さんを監視するんじゃないか。もし、襲う素振りを見せたら全力で姉さんを止める。それが、兄さんへの罪滅ぼしだよ。」


昴「うぅ……。」


こうして、両津家の絶世の美女ことブラコン姉は、愛する弟のために、弟好みの衣装に着替えるのであった。




さて、更にその頃。


草津の温泉街にて、小頼たちに散々振り回された桃馬はと言うと、一人ベンチに座りながら荷物番をさせられていた。


桃馬「‥あぁ~、やっぱり異世界にこもれば良かったのかな。」


ぐったりと黄昏たそがれている桃馬は、早くも異世界生活を送りたいと思い始めていた。


するとそこへ、温泉街を充分に満喫したシャルたちが、ちょうど暇を弄んでいた桃馬の元へ合流した。


シャル「いや~、この世界は実に楽しいのだ~♪余は好きになったぞ♪」


ディノ「はい♪この様な美味しい食べ物と娯楽は、魔界にはありませんでしたからね♪」


シャル「魔界にもこの様な美味い食べ物があれば、殺伐としていなかったろうにな~♪うむうむ、食べ物は正義なのだ!」


ディノ「本当ですね~♪」


二人の満喫したご様子を見るに、結局ギールは何だかんだ言って、相当二人を甘やかしていた様だ。


桃馬「管理するって言いながら、結構甘やかしたみたいだな?」


ギール「っ、か、勘違いするな。これはディノの頼みだから仕方なくした事だ。」


桃馬「照れ隠しでディノを使うとは、誤魔化しが上手くなったな?」


ギール「て、照れてねぇよ‥。」


そう言いながらも、ギールの頬は赤く染まっていた。


桃馬からしては、とても可愛い光景である。


憲明「あはは、素直になれよギール?お前の兄弟愛は凄く絵になっていたぞ?」


ギール「‥うぐ、ま、まあ、楽しかったけど……。」


桃馬「あはは、そう言うぎこちない所、俺は好きだよ♪」


ギール「っ、ほ、本当か!?な、なら、桃馬……、お、俺の頭を撫でてくれよ。」


桃馬「はいはい、ツンデレ犬め。」


ギール「あぅ、くぅ〜ん。」


憲明「なら俺は尻尾を頂くぞ♪」


ギール「っ、こ、こら憲明!?勝手に俺のしっぽぉ〜!?」


二方向から弱点を攻められ、地面にうつ伏せになるケモ耳男子。まわりの視線はあるものの、そんなのお構いなしで桃馬と憲明はもふりまくった。


するとそこへ、またちょうど良いタイミングで、小頼たちが戻って来た。


小頼「桃馬~、お待たせ~♪って、ふあぁ~♪ギールが服従してる~♪」


桜華「こ、こんなところで何してるのですか!?」


リフィル「三人とも気にしてないようね♪」


周囲の視線を気にせず、白昼堂々とギールをもふり倒す桃馬と憲明の光景に、当然ジェルドは愕然とした。


ジェルド「〜っ!ぎ、ぎぎ、ギールお前!抜け駆けしやがったな!?」


ギール「わふっ!?ジェルド!?」


桃馬「ん?あっ、戻ってきた‥んんっ!?」


嫉妬心を全開放させたジェルドは、瞬時に桃馬の元へ駆け寄ると、そのまま桃馬に抱きついた。


小頼「まあ♪」


桜華「はわわ!?こ、こんな人が多いところで、なんて事を〜///」


リフィル「ふむふむ、これは大胆だね~♪」


この微笑みましい光景を見た周囲の人達は、先程の変態を見る様な視線から一変、最近流行りの獣人族とのじゃれ合いだと思い、ほのぼのしい視線を向けていた。



一方、桃馬との一時ひとときを妨害されたギールは、ジェルドに負けじと桃馬に飛びついた。


憲明「あっ、ひっぽが……。」


ギール「ジェルド!俺が楽しんでいる時に何をするんだ!」


ジェルド「ギール、お前ばっかり羨ましい事するなよ!俺だってしてもらいたいのに!」


恥ずかしいセリフを堂々と人前で話すジェルドに、桃馬はここに来て恥ずかしくなった。


桃馬「こ、こら、ジェルド!?そ、そんな誤解を招く様なセリフを言いながら抱き締めるな!?は、恥ずかしいだろ!?」


ジェルド「いやだ!俺にも同じ事をしてくれないと絶対に離さないからな!」


桃馬「わ、分かった!?やるから離してくれ!?」


それから数分後。


とある温泉街の通りにて、沢山の人混みができた。


何とそこには、一人の若者に頭を撫でられて喜んでいる二匹のケモ耳ショタの姿があった。


見た目は子供、心は青年の二匹は、瞬く間に観光客たちからの注目の的になっていた。


中には、興味を示した子供たちが触りに来ると、ご機嫌な二匹のケモ耳ショタは、大切な尻尾を差し出しもふらせた。


その後、終わりの見えない無限ループに陥った桃馬たちは、小頼たちに置き去りにされるのであった。


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