第8話

 財産差し押えは省吾の気持を圧迫していた。自分の全財産に差し押えの網が被せられたようなイメージが省吾を脅かし、禁治産者となったような感覚が彼を不安にした。税事務所のターゲットは名義人である自分に絞られている、義兄ではない、名義人である限り追及からは逃れられない、そんな思いも省吾を圧迫した。この圧迫を逃れるためには金を払う他はない。義兄は恐らく払わない。払う金がない。とすれば俺が払うのか。冗談じゃないぞ。六〇万の金を俺が払うのか!? 貸金を取り戻すどころじゃないではないか。新たに金を出してやるのか!? 憤激と絶望が省吾を捉えた。しかしどうやらそれしか方法はないようだった。


 義兄は会うと、「今回は迷惑をかけて済みません」と頭を下げた。姉も同席していた。省吾も環を伴っていた。話は結局、予想通りとなった。「申し訳ないけど、当面立て替えてもらって」と義兄は言った。そして「返すと言っても信用されんだろうから念書を書くよ」と言った。当然のことだと省吾は思った。本税未納分(当年四期まで含めて)六十万円余を省吾が立て替え、延滞金については義兄が税事務所の担当者と相談しながら分割払いで済ませることになった。義兄は念書に立替金を二ヶ月後より毎月返済し、六回で完済すると書いた。一回一〇万円ずつ返すということだ。署名、捺印された念書を受取りながら省吾の気持は暗かった。これで義兄への貸金は六〇〇万を越えることになった。それが心に重く伸し掛かった。「これであなたへの貸金は六〇〇万を越えました。老後の生活にとっては大変な額なので、返済については責任をもってきちんとしてください」と省吾は義兄に言った。空しいことを言っていると感じながら、言わずにはおれなかった。


 省吾の預金や退職金は地面の沈下で傾き始めた住居の解体、新築に費やされ、残金は六〇万円に足りなかった。不足分は環が自分名義の定期預金を解約して補った。差し押え解除の通知が届いたのは二ヶ月後だったが、その通知書で、差し押えられたのは義兄たちが居住する実家だけであったことを省吾は知った。そんなに切羽詰ることはなかったと彼はほろ苦く思った。

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