35 きょうしかないおみくじ




子供会のクリスマス会の後に紬と約束したはずだった。


「年が明けたらさ、初詣行かね?」


大輔は紬にそっと言った。


「えっ?」


紬は驚いた顔で大輔を見た。


「二人で?」

「そう、元旦の神社の前で10時、良いよな。」


大輔はそう言うとさっと紬から離れた。


二人は小学6年生だ。

大輔は地元の中学に入学するのだが、

紬は3月に引っ越す事になっていた。


新学期は二人は別々の学校に行くのだ。


そして1月1日、

大輔は神社の前で紬を待っていた。


だが彼女は30分待っても来なかった。


大輔は紬が好きだった。

そして紬も大輔が好きだ、と彼は思っていた。

だがそれはただの勘違いだったのだろうか。


大輔はがっかりしながら仕方なく一人で神社に入って行った。


街の小さな神社だが参拝者は結構いた。

その流れに乗ってお参りをし、

おみくじの場所まで何となく歩いて行った。


ふと見るといくつか置いてあるおみくじの一つに

少しばかり小さなものがあった。


大輔はそれを手に取った。

するとそこには


『きょうしかないおみくじ』


と書いてあった。


「凶しかないって嫌だよな。」


彼がそれを持ち上げると一人の巫女が通りすがりに

しわがれ声で彼に言った。


「それ、10円で良いよ。」


彼がはっとして声の方向を見たが誰もいない。

不思議に思いつつ、10円なら安いよなと彼は10円を出すと

そのおみくじを引いた。


何にしても今日は紬は来なかったのだ。

それなら凶しか出なくてもいいやと思った。

そして出た数字を巫女に伝えると彼女は紙を彼に渡した。

その巫女の手はなぜか皺々だった。


そして彼はおみくじを読んだ。


「『止めるなら今、すぐに向かえ。』えっ?」


彼はおみくじを隅々まで見た。

そこには


『今日だけのおみくじ』


と書いてあった。


彼ははっとした。

おみくじを渡してくれた巫女の方を見ると

ものすごいおばあさんがそこにいた。

そして彼女は大輔に親指を立てていた。


それを見て大輔は突然行かなくてはと思った。

彼は慌てて神社の外に止めてあった

自分の自転車に乗って走り出した。


向かったのは紬の家だ。


彼女の家の前にはトラックが止まっていた。

そこには家財道具が少し乗っていて

家の玄関は開けっ放しになっている。

中から喧嘩するような声が聞こえた。


「何も正月早々引っ越しって!」

「仕方ないだろ、トラックを貸してくれるって言うから、

とりあえず小さい物だけでも動かすぞ。

引っ越し費用が安くなる。

ほら紬、学校の教科書とか乗せろ!」


紬の親の声だ。


彼が見ていると紬が目を真っ赤にして重そうな紙袋を

持って外に出て来た。

そして覗いている大輔に気が付いた。


「大輔……、」


彼女は呟くとわっと大声で泣き出した。

その声に驚いたのか彼女の両親が出て来た。

そして紬が二人を見た。


「私、引っ越ししない、

冬休みが開けたら別の学校なんていや!

大輔と一緒に卒業する!」


どうも父親が先走ってトラックを借りて妻と子どもだけ先に

引っ越しさせようとしたらしい。

トラックの持ち主はお休みの日にトラックを貸せば

少しばかりお金になる。

二つ返事だったそうだ。


だが妻は怒り、紬は激しく拒否をした。

結局急な引っ越しは取りやめとなり、

トラックは返されてお金だけは取られた父親は、

帰って来ると不貞寝をしたらしい。


「大輔、ありがとう。」


夕方、やっと落ち着いた紬が大輔に言った。


「大輔が来なかったら引っ越しさせられてた。」

「びっくりしたよ、おじさんも強引だよなあ。」

「お母さんもまだすごく怒ってる。」


紬がくすくすと笑った。


「でもお前、3月には引っ越しなんだろ?」


紬の顔が暗くなる。


「うん、お父さんの仕事の関係だからさ。」


こればかりは子どもにはどうしようもない理由だ。

大輔はちらと紬を見た。


「あのさ、明日初詣行こうよ。」


紬が彼を見た。


「うん、行く。」

「じゃあ10時な。」

「うん。」


翌日おみくじ売り場に行くと

あのおみくじはどこにもなかった。

そしてあのおばあさんもいなかった。


不思議に思ったが、

二人で神社にいると同級生たちに会った。


二人は冷やかされたが結局一緒に遊び出し、

皆で楽しく過ごしているうちに

おみくじの事はすっかり忘れていた。





そして大輔は久し振りに故郷に帰って来た。


大学は故郷から少し離れた別の街にあり、そこで就職した。

その街には紬がいた。

彼女と再会して3年になる。


「もうあんたは全然帰って来なくて。」


母親がぐちぐちと呟いた。


「ごめん、忙しくてさ、でも今年は帰って来ただろ。」


と大輔は言うが、今年は少しばかり事情が違った。

彼はある決断を迷っていたのだ。


「そりゃそうだけど、でも早く嫁とか連れておいでよ。

いつまでも独身じゃ蛆が湧くよ。」


父親はこたつに入ってちびちびと酒を飲んでいる。

相変わらずの正月だ。


「じゃあ俺、神社行ってくるわ。」


と大輔はそそくさと外に出て行った。




ここに来たのは何年ぶりだろうか。

高校生になった頃から来ていない気がする。

今は午前8時頃だ。

参拝者の数は落ち着いている。


彼は昔とほとんど変わらない神社をお参りし、

おみくじ売り場に来た。


そこでは人々が受け取ったおみくじを見て、

笑ったり悔しがったりしている。

でも結果がどうであれ、みな楽しそうにしていた。


「おみくじかあ。」


彼は並んでいるおみくじを見た。

そしてその中に少しばかり小さい見た事があるおみくじがあった。


彼ははっとする。


そしてそこにあのおばあさんの巫女がいた。

彼は驚いてそこに近寄った。


「一回10円だよ。」


おばあさんがしわがれ声で言う。

大輔は財布を出し10円を渡した。

そしてそれを振った。


「99だね。」


老婆がおみくじを大輔に渡した。


「『すぐ行動せよ、今すぐ。』」


彼はそれを読むと老婆が前のように親指を立てて大輔を見た。

そして彼が瞬きをするとそれらは消えていた。


彼は驚いたがそのおみくじが何を伝えたいのか

大輔は分かった。

彼はその場でスマホを取り出し紬に電話をした。


「今どこ?家か?その、すぐに行くから。

俺?俺はあの神社だよ。

……、

こっちに来たいって?

じゃあ迎えに行くから。」


彼は大急ぎで実家に戻った。


「母ちゃん、ちょっと俺帰るわ。」

「帰るってあんた、」

「嫁さん連れて来る。」

「よ、嫁っ!?」

「あ、違う、これからプロポーズしてくる。」

「プロポーズ?だ、誰に……、」

「紬だよ。成功したら連れて来る。」


彼は車に乗り込んだ。


彼の住む街はここから往復で2時間ほどだ。

今の時間なら昼過ぎには帰って来られるだろう。


一体あのおみくじは何だったのか大輔にはよく分からなかった。


ただおみくじとあの老婆は自分の重大な出来事の時に現れたのだ。

そしてその言葉ははっきりしている。


それはもしかするとどこかの神様の悪戯なのかもしれない。

でもきょうしかないおみくじは

間違いなく今日しかないのだろう。


チャンスは掴むものだ。

それをきょうしかないおみくじは教えてくれた。


「ありがとう、どこかの神様。」


彼は運転しながらにやりと笑って呟いた。







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