33 プラスチック消失時代




プラスチックがこの世から全て消えて数十年になる。


テロが起きたのだ。


全世界に一斉にプラスチックを分解する細菌がばらまかれた。

それはテロリストの仕業だ。


大したことはないと言われていたが、

エサだけは豊富にある。

極寒の地などでは分解されなかったものもあるが、

そこから動かすことが出来なくなった。

温暖な地に移せばあっという間に分解されてしまうのだ。

最初は世界中に溢れるゴミが少なくなった。

そこまではテロリストの目論見は達成されたのだろう。


だがその細菌は進化を続け、石油製品も分解し始めた。

車、衣服はもちろん石油そのものまで分解した。


要するに世界はあっという間に

産業革命以前まで引き戻されてしまったのだ。


タイヤの無い車があちらこちらで放置されている。

移動手段は歩くしかない。

つわものは自転車に木の輪をつけたり、

車のホイールを改造して乗っている者もいるが

乗り心地がとても悪かった。


「ひいばあちゃんの着物が今役に立つなんてなあ。」


萌香ほのかは引き出しから畳紙たとうしに包まれた着物を出した。


萌香は祖母が住んでいた家に住んでいる。

もう築70年近くになる古い家だ。

そして祖母は着道楽だった。

曾祖母の着物はそのまま受け継いだらしい。

そして祖母は着物を縫った。

曾祖母の着物、そして祖母が縫った物、買った物、

タンスに何竿分もあり反物も沢山あった。


そして萌香の母は整理整頓が出来ない人でそのまま放置され、

その後両親が亡くなると全て着物は残された。


だが世界は混乱に巻き込まれる。


萌香の家は日本家屋だ。

祖母が知り合いの大工に作ってもらったので

かなり本格的だった。

プラスチック製品はあまりなく、

襖や障子はでんぷん糊で接着してあり、

壁も砂壁が多く風呂も総檜だった。

母は手がかかってしょうがないと嘆いていたが、

今となっては感謝しかない。

何しろ建物によっては崩れてしまう物もあったのだ。


そして世界的に問題なのは衣服だ。


化学繊維は使えず混紡でもだめだった。

天然繊維しか残らず、それしか身に付けることが出来なかった。

流行やファッションと言う言葉はもう死語だ。


そして曾祖母の使っていた着物は

全部絹や綿、毛や麻の天然繊維ばかりだ。

祖母の時代もほとんどがそうだが、

ポリエステルなどの合成繊維の着物があり、

それらは全てぼろぼろになった。


萌香は残った着物を加工して生きるためのものに交換している。

お金は硬貨は使えるがお札はインクが駄目になった。

まずいまだに印刷技術が安定しておらず

お札どころか硬貨すら製造されていなかった。

もうお金には価値はなかった。


「でもこの着物もいつまであるか分からないよなあ。」


彼女は呟いた。


この家は街中にあった。

だが残っている家も少なくなった。

崩れてしまうのだ。

そしてこの家もいつまで持つか分からない。


所々で残っている植木が大きくなって草も茂っている。

いずれ全ては植物に包まれるだろう。


「萌香ちゃん、いる?」


玄関から声がした。

近くに住む叔母のたか子だ。


「おばちゃん。」

「あの、相談があるんだけど。」


叔母が入って来る。


「実は田舎に引っ越そうと思って。」

「えっ。」

「もうこうなったら田舎で自分で畑とか作って

生きて行くしかないよ。」

「……、うん。」


この街中で畑を作り生きる方法もある。

だが田舎では元々あった集落を中心に

コミュニティーが出来つつあった。


この見捨てられた街では新しく農地を作るには

家を取り壊し木を切り倒してなどとてつもない労力が必要だろう。

それなら既に農地がある田舎の方が楽だ。

そしてその土地では人力で作業するしか方法はなかった。

ともかく人手が欲しいという噂があった。


「知っている人が馬車を作ったから田舎に行くと言うんだよ。

だから萌香ちゃんもどうかなと思って。」


萌香は思った。


確かにここは人が減っている。

いつまでもここにいては未来は無いのだ。


「おばちゃん、私も行きたい。」

「それでさ、悪いんだけど着物を運賃として出して欲しいんだ。

当てにして悪いんだけど。」


申し訳なさそうに叔母が言う。


「うん、良いよ。」


萌香はあっさりと言った。

叔母が意外そうな顔をする。


「良いのかい?」

「うん、ある意味着物は遺産でしょ?

おばあちゃんが亡くなった時に

おばさんにも相続権があったんじゃない?」


たか子はため息をついた。


「お母さんが、あんたのおばあさんだけど、亡くなった時に

まさかこうなるなんて思わなかったからね。

お金で良いと言ってそれを貰って、

着物は全部あんたの母さん任せになった。

でも今ではお金も土地も価値なんてないよ。」


叔母が今来ている服も萌香が仕立て直したものだ。


「それで行くところには牧場があってね、

羊がいるんだって。

羊毛を取って布を作っているらしいよ。」


萌香の胸がドキリとする。


「それを聞いたら一番にあんたの顔が浮かんでね。

連れて行きたいと思ったんだよ。」



二日後、馬車が出る事になった。


立派な馬がいる馬車だ。

車輪も全て木で出来ていて西部劇の馬車の様だった。


「昔は競走馬を育てていた所が

運搬用に馬を育てているんだよ。」


と年配の男性が笑って言った。


「俺はこれから運送業をするんだ。」


萌香は着物を5枚程彼に渡した。


「布は貴重だからな。ありがとうよ。」


家に残っていた着物はもうタンス一竿分しかなかった。

それを全部風呂敷に包み彼女とおばは旅に出た。

馬車の中を見ると色々なものが積んである。

これをもとに彼は商売をするつもりなのかもしれない。


ゆっくりと馬は進む。

道路はすべて土だ。

アスファルトはいつの間にかすべて消えていた。


叔母が自分で作っただろう干し芋を萌香に差し出した。

そして御者の男にも。

男は礼を言ってそれを食べだした。


天気はしばらく良いだろう。

空が青い。

遠くまでよく見えた。

とても綺麗だ。


萌香は干し芋を食べた。


甘い味が口に広がった。




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