21 全てを知っている母




私は娘が小さい頃から全てを知っていた。


子どもが好きなもの、したい事、

何もかもを私は知っていて見守って来た。


幸いにも娘は道を外れる事無く立派な大人になった。


そしてある日一人の男性を連れて来た。

結婚したいのだと言う。


だが私は全てを知っている。

この男性は駄目だと。


私は初めて反対をした。

だが何を言っても誰も聞いてくれない。

大声で叫んでも。


結局娘は結婚をした。

そして子どもも生まれた。

幸せなはずだった。


だが、


私がふと後ろを見ると娘が結婚した男性がいた。


彼はきょろきょろと周りを見渡し私に気が付いた。

彼は私に近づいて来る。


「お母さんですよね、昔と全然変わってなくてすぐ分かりました。」


彼は優しく笑う。

娘に向けていた顔と同じの

その性格を表しているような表情だ。

そして彼の顔が曇る。


「すみません、こんな事になってしまって……。」


私は憐れみを込めて微笑んだ。


「あなたは全然悪くない。悪いのは相手の車よ。」


私は下界を見下ろす。

子どもを抱いて呆然としている娘が見えた。

その隣には私の主人がいる。


「お母さんの事は写真やビデオを見ました。

お話も沢山聴きました。」

「……そう、みんな忘れていないのね。」


私は娘が子どもの頃に病気で死んでしまった。

それからここで娘や主人をずっと見守って来た。


娘が連れて来た彼も本当にいい人だと知っていた。

だがその先も分かっていたのだ。


「こうなる事は私は知っていたのよ。

だから……。」


言葉が続かない。

だが娘はそれを知っても彼を選んだだろう。


彼も下界を見た。


「でも僕もこうなってしまうと分かっていても

娘さんと絶対に結婚しました。

離れたくなかった。」


彼は真剣な顔で私を見た。


「僕は幸せでした。

妻も幸せでした。」


私はふっと笑う。


「そうよね、ずっと見ていたけどみんな嬉しそうだった。」


私達は家族を見た。


「ここからみんなを見守りましょう。

悲しみから立ち上がれるように。」


彼は頷いた。


私は全てを知っている。


今は辛い事ばかりだ。

だが時間をかけてみんなは立ち直る。

そして前に歩き出すだろう。


それを私と彼は知っている。


これからの全てを知っているのだ。




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