12 小さな腕時計





小さな小さな腕時計~


おっちゃんの腕時計~



彼はその腕時計をいつ買ったのかもうはっきりと覚えてはいない。


安物の腕時計だ。

必要に駆られて慌てて通りすがりの店で買ったのだ。

だが、案外と丈夫で時間も遅れない。

何度か電池は変えたが問題なく動いている。


彼は元々物持ちは良い。

だからこの腕時計も大事に使っている。

安物だったが今では愛着のある大切な腕時計だ。


大事にされた物には魂が宿ると言う。

そしてその腕時計にもいつの間にか魂が宿った。



おじさん いつもありがとう。

ぼくがきがついたら おじさんがいたよ

いつもだいじに してくれるから

ぼくはちゃんとじかんを きざむよ



人である彼にはその時計の言葉は分からない。

だが、腕時計を見るとなぜか嬉しくなる。

もう自分の相棒の様だった。


ある夜、仕事で遅くなった日だ。


「終電には間に合ったな、良かった。」


彼は呟く。

駅に続く人気のない通路だ。

その時がやがやと何人かの若者がやって来た。


一瞬彼等と目が合う。

目つきの悪い輩だ。

嫌な予感がする。

彼は目を逸らした。


「おい、なんだよ、おっさん。」


一人の男が彼に近寄った。

酒の匂いが強く臭う。


「いや、私は何も……。」

「俺らの事じろじろ見たよなあ。」

「見てませんよ。」


ただ絡みたいだけなのかよく分からない。

揉め事には巻き込まれたくない、

だが今ここを離れると終電に間に合わなくなる。


「うるせえじじいだな、消えろよ!」


と一人の男が腕を振り上げた。

彼は思わず腕を上げて頭をかばう。

そして拳が振り上げられて彼の腕に当たった。


ばきんと何かが割れる音がする。

その時、


「何しているんだ、警察を呼ぶぞ!」


数人の駅員が騒ぎの元に走って来た。

誰かが見ていて呼んでくれたのだろうか。

男達は慌ててそこから逃げ出した。


「大丈夫ですか!」


駅員が彼に近寄る。


「ああ、ありがとう、何ともないです。」


そして彼は腕を見る。


「あっ!」


あの腕時計の表面にひびが入っていて動きも止まっていた。


「時計が壊れていますね……。」


駅員が残念そうに言った。



おじさん だいじょうぶだった?

ぼくはこわれちゃったけど

おじさんが なんともなかったから

よかった

でも さよなら

さよなら おじさん



腕時計はもう二度と動かなかった。


しばらく彼は新しい腕時計を買う気にならなかった。

あれは一体何年使っていたのだろう。


だが、仕事上どうしても必要になった。


街を歩いていてふと時計が目についた。

その店内をぶらぶらと時計を見ながら歩くと

何かしら感じる物があった。


前の時計とは全然違う。

だが気になるデザインだ。

彼はそれを手に取る。


「これ下さい。」

「はい、ありがとうございます。

2500円で税込みで2750円です。」


彼はふと思い出した。

前の時計も2500円だったなと。


あの時は消費税はいくらだったかなと思いながら、

それを身に付けると思ったよりしっくり来た。


「安くても全然良い。」


彼は微笑んだ。



おじさん またみつけてくれたね



その時計の呟きは彼には聞こえない。

だが時計はそれで満足だった。







◇ 2022/09/25に作戦タイムは30秒に発表したものを移動しました。 ◇

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