第4話カッチョイイ姿になってみたい
山道を突き進んで行くと古ぼけた家屋を発見した。
恐る恐る、家屋を調べてみると人の気配は無いが、室内には生活用品が整っている。日が沈み周囲が暗闇に包まれてきたのでここで休憩を取ることにする。
住んでいる人には悪いが色々と使わせてもらう、緊急事態だしね。
私は疲れてはいないが、移動による振動でキルテちゃんの体力がだいぶ消耗していると思う。家族を目の前で殺され、精神的に疲労しており、体力の限界がいつ来てもおかしくない。
この憔悴具合から数日は休んで欲しいと思う。この家屋の住民が、いつ戻って来るかは分からないが、念のため警戒だけはしておこう。
室内はホコリ被っており、長い事人が住んでいないと予測はしている。
ベット周辺のホコリを払い比較的綺麗な布を重ねて敷くと、キルトちゃんをそっと寝かせる。
手を射抜かれて血濡れになりながらも下水道を通り抜け、川底を進んできたためかなり汚れてしまっている。
家屋のすぐそばに井戸があったため、水を汲んで竈にあった鍋で温める。
火を起こす作業に時間が掛かったが、キルテちゃんの衣服を脱がして綺麗に体を清掃していく。細かな切り傷や擦り傷があるが目につく大きな怪我は右手の甲だけだ。
幼いながらも成長途中の膨らみを見つけると罪悪感が湧くが、気そ逸らしながら丁寧に拭いて行く。
長い艶の落ちた頭髪も丁寧に拭いていくと、アメジストの髪がキラキラとクラウン状に輝きを取り戻していく。
閉じたまつ毛は長く、小さな膨みの胸は穏やかに上下する。発色の良い先端は密かに女性であることを主張している。
――おっと、紳士的ではないな。
拭き終わった体に衣装ダンスに仕舞われていたままの衣服を着せて行く。室内温度がやや低い為に衣服を上から掛けて体を暖かくしておく。
疲労は特に感じないのだが私自身も虚無に飲まれ、目覚めてすぐに脱出劇だ。精神的にはかなりの負担がかかっている。
熟睡はできないが警戒しながら休もう。
◇
急な叫び声に意識が覚醒する。
侵入者はいないようだが、キルテちゃんが家族の悪夢でも見たのだろう。家族の名前らしきものを叫びながら泣いていた。
すかさず抱きしめ背中をポンポンと軽く叩いてあげる。
鉄材交じりのボディは温もりは無いが、気持ちは伝わったのだろう。幼く小さな体は段々と力を抜いていく。
洗っておいた布で目元の涙をぬぐっていると、姿勢を正しながらこちらに頭を下げて来る。
「ご神体様――私を助けていただき、ありがとうございます」
私のどこがご神体なのか良く分からないが、とりあえず軽く手を振っておく。
声帯の生成にまだまだ時間がかかるために用意しておいた荒い作りの紙と羽ペンを用意してキルテちゃんに渡す。
首を傾げながらそれを受け取ると、会話の内容を筆談して欲しいと理解したのか、ゆっくりと発音しながら文字を書いていく。
しばらく繰り返していると、なんとなく理解することが出来た為、私も筆談に切り替える。もちろん彼女は発音しての会話だ。
『声帯を生成するまでは筆談で良いかな? キルテちゃんの会話はキチンと理解できてるよ。まずは君の体を休めつつ現状と世界の知識を私に教えて欲しい。焦らなくてもいいからね? ――私は君の味方だ』
渡した紙を読むと驚いた顔をしながら、また泣き出してしまった。涙もろいなあ。そんなところも可愛いけど。
「あ、ありがとうございます。この御恩は一生かかっても」
まったくもって固いな。
情報の伝達を熱心に行っていると、キルテちゃんのお腹がグゥと主張し始めた。
干し肉と調味料を使用した簡単なスープを作り、食事をしようと提案する。顔を赤く染め、お腹の音を聞かれた事に恥ずかしがっている。
その姿はとても可愛かったとだけ言っておこうと思う。
コトコト煮ている鍋からふんわりと湯気が立ちあがる。
残念ながら味覚が備わっていない為、薄味になってしまうがそれはキルテちゃんに我慢してもらうしかない。
布に包まって私を見つめているが、そんなに料理が下手に見えるのだろうか?
ああ、そういえば頭部すら生成していなかったな。取り敢えずおもちゃのパペットみたいになってしまうが作っておこうか。
パキパキと音を立てながら私の頭部が生成されていく。
石材でできた頭部はバケツをひっくり返したような円筒形になってしまう。現在の私の精一杯だ。ニコニコ笑顔の子供向けみたいな表情だがウケは良い……だろう。
顔が引きつっているキルテちゃんの顔は見なかった事にしてあげようと思う。私程デキた大人はいないからね。
「我が神に感謝を」
両手を合わせ儀式めいた“頂きます”をしているキルテちゃん、文化は違えど人間の風習はどこか似通うようだ。
ハフハフと干し肉を小さいお口で食べている。それを眺めるのも良いが、私は周囲の確認をしてこようとしよう。
ちっこい頭を軽く撫でると指先をぐるぐる回し、歩哨の意を示すと外へと出る。
現在地は街道から離れており木々に囲まれている。
現在使用している家屋は王都のレンガ調の建物と違い、木材を使用した暖かみを感じる、危険さえなければこのままここで暮らしても良いと思う。
恐らくキルテちゃんは指名手配されていそうだから、なるべく早くこの危険域から去らなければならない。
簡潔に教えてもらったこの大陸は、中心にダガラ王国。王国の周囲にはベスティア帝国、マール連邦、イルヒ法国、サムデイン商圏、世界樹共和国と多種多様な国が存在している。
ダガラ王国は領土が海に面していないために、塩などの物資を輸入に頼るしかない。そこが他国に足元を見られ、カモネギ扱いされていたちょっと可哀想な国のようだ。
ダガラ王国は大陸中心部だったために、周辺国同士がけん制し合っていたのだが、帝国が飛行戦艦を開発に成功し、他国を出し抜き、一気に王都を占拠したようだ。
かつて、この大陸はダガラ王国が統一していたのだが、内戦を繰り返し国が分裂。現在のような四面楚歌状態になっている。
まあ、すでに滅びたと言っても過言ではないな。
原初の時代この大陸に人間が入植してきた時には、怪物が跳梁跋扈している魔境だったそうで、増え始めた村が怪物どもに襲われて絶体絶命の時、空に光り輝く紅き宝玉が出現した。
あらゆる魔に属する怪物たちが削り取られ、次々に消失していった。
その現象は怪物を平らげてなお留まらず、周囲の森や大地を飲み込み続けた。
そして大陸の中心地にあった魔窟は、赤き宝玉による≪大陥没≫を起こし、大陸は平和になったそうな。
現在、その≪大陥没≫が起きた土地からは、泉が沸きあがり聖泉として大切に扱われているそうだ。
聖泉の中心地に輝き、浮かんでいたのが“私”というわけだ。
まあ、それなら“ゴシンタイサマ”と言われるのも分かる気がするが……。
魔窟やそれだけの大地を飲みん込んだのに、現在の私の出力なのだろうか? もしかしたら、消滅寸前の緊急行動だったのかもしれない。
環境適応能力で虚無にすら抗えるようになっている事を祈るしかないな。
それからの時代は国の勃興、統一、内戦、分裂を繰り返していく。
イルヒ法国からは、ダガラ王国に存在する聖泉の所有権を巡って領土返還を請求されたり。
ベスティア帝国からは一方的な宣戦布告と属国に下れと威圧的対応。
マール連邦からは不利な条件での連邦加盟を進言され、サムデイン商圏からは経済的戦争行為。――もう、ダガラ王国は泣いて良いと思う。
一番領土は狭いが世界樹共和国がこの大陸の唯一の良心とも言われ、現在でも鎖国の状態だ。
深い大渓谷を渡った先の大森林に世界樹共和国が存在しており、周辺国もなかなか手を出しずらいので、干渉されずに放置されているとか。
私がひとりで引き籠って生活するには、未開拓地にひっそりしていればいいが、キルテちゃんが今後どうしたいかが私の指標になると思う。
大商人になって経済戦争に加担したり、新宗教を立教し引っ掻きまわしたり、帝国に対して反帝国組織を作りテロリズムを行ったり。
どれもこれも時間はかかってしまうが、キルテちゃんの気持ちが固まるまでのんびりしようと思う。
家屋の裏手にある崖をガリガリと吸収していく、多少鉱石が含まれているために味がとても良い。エネルギーの吸収が美味しいと感じるとは――私はどこでも生きていけそうだな。
私の体重が重くなってしまうがボディの密度を高めたり、幾何学的な模様を腕や胴に刻んでいく。
刻んだ模様は、ただちょっとカッコいいかなと思っただけで何の意味もないけどね。
頭部も未来的戦闘アンドロイドのように目元をシャープに、胴体もスリムにして蛇腹状にしてスムーズに稼働できるようになる。
指先を生成して人間のように稼働させるのは難しかったので、本数だけ増やして誤魔化したが、尖らせたガントレットのようになってしまった。
これで貫手を行うと凶悪だと思う、まあ指先は伸ばせるから気持ちだけね。
余剰エネルギーは全て銀の生成に回し、少しずつコアに纏わせてジワジワと増やしていっている。
時間の経過に鈍いのか、心配になったキルテちゃんが私を探しに来てしまった。見慣れない私の姿に驚いていたけどね。
『私は高エネルギー物質を吸収すれば、いかようにも変化できるのだよ。できれば良質の鉱石を収集したいと思っている。キルテちゃんには今後どうして行きたいかをじっくり考えて欲しいかな? 何か相談したいのであれば私に言うといい』
キルテちゃんと呼ばれることに頬を膨らませて抗議をしているようだが、あえてスルーさせてもらおう。なに、私からしたら可愛い幼子なのだよ。
「――私は。どうしたいのでしょうか。母も父も兄さえも全てを失ってしまいました」
顔を伏せ目元から雫を落としながら訥々と話す、私は冷たい指を彼女の手の甲へ乗せそっと触れる。
「……わかりません。わかりません。わかりません。私はもう何もない」
これは重症のようだな、心を支える支柱も目的もないのか。
何もかも無くなってしまったゆえに、忘我の境地へと向かっているのだろう。
いっそ復讐に走ってくれれば生きるという原動力となるのだが。
私はインクで書き殴られた紙の余白へ書き込んだ。
『ならば私と結婚でもするかね? 意外と甲斐性はあると……思う。君をいつまでも支えると誓おう』
書かれた内容を読んだ時のキルテちゃんの表情は何とも言い難く、私は硬質な手をカンカンと叩いて大笑いしている表現を行った。
キルテちゃん、私はそんなにダメ男に見えるのかね? ああ、性別が分からなかったのかな?
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