第七十話 ドレスのオーダー2 心配性の俺の婚約者は今日も可愛い
整備された石畳を軽やかに馬車が駆け抜ける。
高級店が立ち並ぶ新市街の大きな目抜き通りは馬車と歩行者で道を分けている。
歩行者用の道には
幅広の馬車道はさながら馬車の品評会だ。
金のある貴族達は乗合馬車や辻馬車に乗るようなことはなく、店前まで直接馬車で乗り付ける。俺よりも華やかな衣装で着飾った馭者達が意匠を凝らした馬車で主人を待っている様子は、ただの買い物ではない。貴族達が自分の栄華を誇示したいのだと窺わせる。
そんな中、一際派手で目立つ馬車の中でネリーネは俺を睨みつけた。
「よろしいですこと? いつも母親が仕立てた服を何年も着ていて何も思わないような貴方はご存知ないかもしれませんけれど、これから向かうメゾン・ド・リュクエールはオートクチュールを扱う国内最高峰の
なぜ、いま着ている一張羅が、王宮に勤めるのだから一枚くらいはまともな服を持つようにと母が仕立てた服であることを知っているのだろうか。
ドレスを仕立てに行く旨先触れを受けて、慌てて行きつけの
相変わらず派手だが、お気に入りの服を着ていつも以上に濃い化粧をしている。ネリーネなりのおめかしだ。
文句を言いながらふすふすと鼻息が荒いネリーネからは、楽しみにしている事が伝わってくる。
ネリーネはわかりやすくため息をついた。
「今後王太子殿下付きの官吏となるのにそんな常識も知らなくては困るのよ? 王太子様からリュクエールのような高級店の訪問を希望された時に、どうするつもりだったのかしら。予約もせずに行くつもりだったの? そりゃ王太子様がいらしたらお店も受け入れるでしょうけど、予約もせずに突然行ったりしたら貴方のせいで王太子様が世間知らずな扱いを受けるのよ? 貴方が役に立たなくてすぐに解任されないか心配だわ」
「心配しなくても、そういう時は長年王太子殿下に仕えている侍従や側近が手配するだろう。私は法務に関わる公務を中心に補佐する秘書官になるのだ。王太子殿下は優秀な方で適材適所に人員を差配される。つまるところ……俺にそんな手配を頼むような方ではない。俺には俺がやるべき仕事を振られるさ。結婚してすぐに貴女を路頭に迷わせるようなことはしない」
言い返した俺の言葉に一瞬沈黙が訪れる。
「……えっ? 路頭に迷わせることはしないなんて……プロポーズの言葉みたいだわ……!」
そう可愛い独り言をつぶやき、ネリーネの顔が真っ赤に染まる。
ぐぅぅ……
胸が高鳴り打ち抜かれたように苦しい。
「……そっそうね。心配しすぎてしまいましたわ。つい心配しすぎてしまうのはわたくしの悪い癖ですわ」
気恥ずかしそうにそう言って俺を見上げると、持っていた扇子を広げて真っ赤になった顔を隠す。
今日もネリーネは可愛い……
可愛いネリーネを眺めているうちに目的地である服飾店に着いた。
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