ケーキのイチゴ最初に食べるやつ

朝夜

ケーキのイチゴ最初に食べるやつ



「僕は思うんですが、ケーキって、ホールより八分の一のサイズの方が、ケーキだって感じがすると思いませんか」


「はあ。お店のショーケースに入って売っているのがそのサイズだからですか」


「多分そうです。僕は今日ホールケーキを初めて買いました。ところで渡来さん、渡来さんはケーキのイチゴは最初に食べる派ですか。それとも最後ですか」


この手の質問の答えは難しい。下手をすれば相手と戦争になりかねない。ケーキのイチゴを最初に食べるか、最後に食べるか。


この難しい質問を私にぶつけた当の先輩は、ホールケーキを慎重に切り分けている。四等分するつもりらしい。いまこの埃っぽい部室には私と先輩しかいないのに、だ。


「そう言う先輩はどっち派ですか」


質問返しをすると先輩はううん、と軽く唸った。


「渡来さんの答えを先に聞きたいですね」


それは卑怯ではないだろうか。自分からこの質問を振っておいて。とはいえ、私に先輩と戦争をするつもりはない。


「それより先輩、なぜケーキを買ったんです?誰かの誕生日なんですか?」ひとまず話題を逸らせる。


「誰の誕生日でもないですね」先輩は即答した。


「アリスのお茶会でもするんですか」


「何でもない日のパーティでもないです。記念日ではあります」


「何のです?」


そこで先輩は口を噤んだ。私を二秒ほど見詰めると、どうぞ、と言って、四分の一サイズに切り分けて紙皿に載せたケーキを私に差し出した。


どうも、と言って私はケーキを受け取った。続けてプラスチックのフォークも受け取る。ありがたく頂こうとして、私は動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。


ケーキの頂点には、イチゴが二つ、乗っている。


ケーキのイチゴを最初に食べるか、最後に食べるか。この問題が再び突き付けられる。


先輩は自分の分のケーキも紙皿に取り分けると、手を付けないまま再び私を見詰めた。

気まずい。とても気まずい。


「前前から思っていたことがあるのですが」


耐え切れずに私は口にする。


「先輩には何か秘密があるように思います。先輩はいささか……いや、変わっています」


「僕からすれば渡来さんも変わっています。とはいえ、秘密があるのも確かです。これは笑わないで聞いてほしいのですが」


こういう前振りがある場合の話とは、大抵がどういうリアクションをすれば良いのか分からないタイプの話である。と少なくとも私は思っている。


「僕は幽霊が視えるんです。だからこのケーキは幽霊さんの為に買ったものなんですよ。いま部室にいる幽霊さんの」


幽霊、さん?案の定私はリアクションに困る。


「……この部室、幽霊がいたんですか」


「いえ、いま、いる、というだけで、昨日までいませんでした。昨日幽霊になったようなので。言わば、昨日死んだ記念のケーキですね」


「それ、記念と言えるんですか」


「死人に口なしなので。僕が勝手に記念にしていますが。幽霊って話せないようですよ。テレパシーはあるようですが」


「テレパシーって、宇宙人と一緒なんですね」


「僕には分かりませんが。それより、渡来さんにも何か秘密があるでしょう。僕も前前から思っていたことです」


「では私も、笑わないで聞いて頂きたいのですが」


私は軽く咳払いして、先輩を見詰め返す。


「私は、宇宙人に攫われたことがあるのです。五年も前のことなので、十二歳の時ですが。その時から、宇宙人に狙われるようになりました」


僅かな沈黙が気まずい。私はもう一度咳払いする。この教室は埃っぽい。


「……宇宙人ですか。どうやって追い返しているんです」


「殺しています」


「殺す?」先輩は怪訝そうに眉を顰めた。


「宇宙人には言葉が通じないんです。宇宙人なので。宇宙人同士でテレパシーは使うようですが」


「それで、殺すってどうやって殺しているんです?」


「何かで殴ります。宇宙人は人に擬態するのですが、脆いので。簡単に死にます。……実は昨日も、宇宙人が来たんです。昨日は傘で殴ったら死にました。雨だったので」


先輩は少しの間考え込んだ。そして、


「……そうですか。僕はやっと謎が解けました」

と、納得したように頷いた。


「どういうことですか?」


「実はいまここにいる幽霊さんというのは、渡来さんにくっ付いて、いや、取り憑いているようなんです。それでどうも、渡来さんが殺したようだったので、僕はずっと気になっていたんです」


「昨日の宇宙人が幽霊さんで、私に取り憑いているんですか?」


「どうもそのようです」


「気味が悪いですね。先輩、幽霊が視えるなら、幽霊をどこかにやったりできませんか。というか先輩は、幽霊に出会った時、いつもどうしているんです」


「危害がなければ放置しています。危害があるようなら、潰しています」


「潰す?どうやってですか?」私は眉を顰めた。世間一般にイメージするような除霊ではないのか。


「虫を潰すのと同じことですよ。幽霊も案外、脆いので」


「それ、お願いできませんか。取り憑かれたままというのは、気味が悪いです」


「良いですが、僕はまだ疑っているんですよ。幽霊さんは人間にしか見えないので」


「宇宙人ですよ。宇宙人の擬態は完璧ではないんです。よく視て下さい。目や耳の形は不自然だし、指は一本少ないか、一本多いんです」


「ああ本当だ。指が四本しかないですね。分かりました。潰しましょう」


そう言うと先輩は空中に手を伸ばし、きゅっと手を握った。


「潰しました。これで幽霊さんはいません」


「ありがとうございます。安心しました」


先輩にそう言いつつも、私に幽霊さんは視えないので、本当にいなくなったのかは分からない。肩が軽くなるような感じもしない。


「実は前にも、渡来さんに幽霊さんが取り憑いていたことがあるんです。それも宇宙人だったんでしょう。その時も潰しました」


「そうだと思います。私も実は前に、先輩が幽霊を潰すのを見ています。その時は虫だと思いましたが」


その時も、宇宙人を殺した次の日だったのだろう。お互い様だったんですね、と先輩が言った。


「ところでこのケーキ、どうするんです。宇宙人の幽霊は先輩が潰してしまいましたが。と言うか、宇宙人も幽霊になるんですね」


「地球で死んだからではないですか?僕も今日知りました。ケーキは……そうですね。秘密を打ち明けた記念でどうです。どっちにしろ、ケーキは方便だったんです。僕は渡来さんの秘密が知りたかったので」


どうやら私は、先輩に秘密を喋らされてしまったようだった。先輩の秘密も知ったので、お互い様ではある。記念も悪くない。だが。


「秘密を打ち明けた記念でも、悪くはないですね。でも、」でもどうせなら、と思う。


「同盟を組みませんか」


「同盟、ですか、どのような?」


「恐らく私はまた宇宙人に狙われると思います。その時私はまた、宇宙人を殺します。だから宇宙人の幽霊が取り憑いていたら、先輩に潰して頂きたいんです」


「僕のメリットはなんです?」


「先輩を宇宙人から守ります。宇宙人に狙われる人間って、意外に多いんですよ。先輩も前回と今回の件で、マークされていると思います。宇宙人も幽霊もテレパシーを使うんですよね。なら潰される前に、テレパシーを出しているハズですから」


「それ、僕が宇宙人に狙われるというのは、元を正せば渡来さんのせいでは?」


「宇宙人のせいですよ。それに前回は、先輩が自ら潰しているじゃないですか」


「まあそうですが。仕方なくですよ。視界に幽霊さんがいると、鬱陶しいんです」


「もし同盟を組んで下さるなら、今度から私がケーキを買いますよ。コンビニのかもしれませんが。先輩は甘いものが好きでしょう?」


「良いでしょう。同盟を組みますよ。ですがもう一つ、知っておくべきことがあります。場合によっては戦争になりかねないほど重要なことです」


ああそうだ、あの問題がまだ解決していなかった。私は固唾を飲んで身構える。


そして先輩は、この質問を投げ掛けた。


「渡来さんは、ケーキのイチゴは最初に食べる派ですか?それとも最後ですか?」


私はフォークを手に取って言う。


確信があった。私と先輩はきっと、戦争にならない。


「このケーキを食べれば分かりますよ」


そして私達は二人同時に、ケーキのイチゴを最初に食べた。

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