第35話 兄弟の対面

「迎賓室までご案内します」


ブレンダがデイビスを見ることなく、正面を向いたまま話した。


ブレンダはかつて自分が姉の人質であることを自覚していて、自分の死期を早めようとする素振りがあった。そのため、治療に専念しないと姉の待遇を悪くするぞとデイビス自らが脅しに行ったことがある。


両親を早くに亡くして、親戚を転々としたときに助け合ってきたらしく、非常に仲のいい姉妹で、デイビスたちとは大違いだと思ったものだ。


姉は病気になってしまった妹の治療費を稼ぐために、金持ちの男を相手に結婚詐欺を何度も繰り返した。被害者のなかにデイビスの知人もいて、デイビスの目に留まったのだった。


「デイビス様、ご命令通りにアレン様の妃になりました。正妻ではなく、側室ですが、ご褒美を頂けるのかしら」


レベッカが妖艶な笑みをデイビスに向けてきた。


デイビスが黙っていると、今度はブレンダが話しかけて来た。


「私も側室にしていただけましたが、私にはデイビス様からのご命令はございませんでしたので、ご褒美は姉だけでしょうか?」


ブレンダも姉とまったく同じ表情をデイビスに向けてきた。


2人からからかわれて、デイビスが返答に窮していると、レベッカが笑みを消して、仕事モードの会話に戻した。


「さて、冗談はこれくらいにしておきましょうか。私たちはアレン様の秘書を務めております。ご滞在中に何かございましたら、遠慮なくお声がけください。さあ、こちらでございます」


レベッカとブレンダが2人で観音開きの扉を開けた。


室内は華美ではなく、品のいい落ち着いた雰囲気だった。


正面にアレンとルナ姫が座っており、左右の壁には武装した衛兵が整列していた。そして、扉から玉座の手前まで続いている絨毯の道の左右には、臣下がそれぞれ5名ずつ並んでいた。


レベッカとブレンダがデイビスを部屋の中央に置かれている椅子まで案内して、それぞれ左右の臣下の列の一番上座に移動した。デイビスは立ったまま、アレンとルナに対して、エルグランド風の敬礼をした。


「デイビス、遠路はるばるご苦労だった」


2年ぶりに聞くアレンの声だ。そうだ、まだ2年しかたっていないのにレンガ島のこの発展はなんだというのだ。


アレンが席を立って、デイビスに近づいて来た。ずいぶんと身長が伸びている。


「ずいぶんと背が伸びたな」


デイビスは感想をそのまま口にした。


最後に会ったときは、デイビスよりも頭1つ低かった身長が、今は同じぐらいだ。ルナ姫の方をちらっと見ると、姫もさらに美しく成長していた。


「デイビスはずいぶんとやつれたのか? あの国じゃあ、デイビスの考えることは理解してもらえないだろう」


アレンが目の前まで来た。そうだ、まずは謝罪をしないと。


「アレン、刺客を送った件は、私の一存で行ったことだ。許される行いではないことは重々承知しているが、それでも謝罪をさせていただきたい」


デイビスは膝をついて、深く頭を下げた。


「デイビスの謝罪は受け取った。まあ、あれだけ海軍に力の差があれば、暗殺するしか手はないだろう。俺もデイビスの立場だったら、同じことをすると思う。だから、何をしてくるかよく読めるんだが」


そういって、アレンは笑みを浮かべながら、デイビスを立ち上がらせた。


それにしてもアレンは無防備にデイビスの前に立っているが、デイビスが捨て身でアレンを害する危険性を考慮していないのだろうか。ここに来るまで、デイビスは一度も身体検査を受けていない。


デイビスの疑問が顔に出ていたのだろうか、アレンが疑問に答えた。


「デイビスに俺を害することはできない。こう見えて俺は武術の達人だ」


そういって、アレンはふっと右手を動かして、指輪をデイビスに見せた。デイビスが普段つけている右手の薬指の指輪だ。万一の場合に自害するための薬が入っている。


デイビスは驚いて自分の右手を見た。さっきまであったはずの指輪がない。


「いつの間に?」


「たった今だ。自害されないようにだ」


そういって、アレンは指輪を持ったまま、玉座の方に戻って行った。


「本当によく来た、デイビス。悪いが、エルグランドには帰さない。デイビスの身柄をもって損害賠償とする。その旨はエルグランドにも伝える。もう下がっていいぞ」


「待て、俺をどうする気だ」


「帰さないだけだ。それ以外はどうもしない。正直、エルグランドにデイビスがいると面倒なんだ。それで、今回、誘い出した。エルグランドにいるデイビスの妻子については、自分で何とかしろ。出国できないだけで、レンガ島内では自由にしていいし、外部との連絡も制限しない」


「なぜ殺さない?」


「昔、俺が3歳のとき、池に落ちた俺を助けてくれたことがあるだろう。あの時のお返しだ。もうこれで貸し借りなしだ。次はない」


アレンがなぜか1人で池に落ちたときのことか。あのときは偶然通りがかったのだが、まだデイビスも8歳で、小さい弟がかわいかったので、お付きのものにすぐに助けさせた。


あのときことを後で何度も後悔したのだが、こんな形で返ってくるとは。


デイビスが迎賓室を出た後、ルナがアレンにたずねた。


「殺さなくていいの?」


「次に敵意を向けてきたら殺す。だが、今は生きて島にいた方がいろいろと使える。王や兄たちにいい牽制になるんだ。それに1年ぐらいしたら、戻りたくても戻れなくなる。こちらに寝返ったと思われるからな」


「ふーん。面倒だから殺しちゃえばいいのに」


ルナは相変わらず脳筋だな。俺に敵対するものは全員殺す、だからな。


さて、これであとは兄2人と父か。

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