いずれ英雄と呼ばれる旅人は一人の戦姫に恋をする【中編】
藤原 司
第1話 始まりは戦場から
「突然だけど──僕は君に『恋』をした」
困惑する戦姫に、突如戦場に現れた男はそう言った。
その男が何故現れたのか、それは少し前、ある森の中での出来事からである。
「ねえ〜そろそろ休もうよ〜」
「……またか」
「あれからもう十分も歩き続けてるんだよ?」
「充分じゃあねえか」
深く薄暗い森の中。彷徨い歩く男が二人。
「今のって『十分』と『充分』をかけたのかな? センスあるね!」
「喧しいわ! そんだけ元気あるなら口より足を動かせや!」
実はこの二人、この森の中を一週間も歩き続けている。
「もしかして僕達……遭難しちゃった?」
水と食料は底を尽き、碌なものも食べてない。
「見りゃわかんだろ」
「そこは『そうなんだ』って言うところだろう?」
「くだらねえボケに付き合ってるほど余裕のある状況じゃあねえだろうが!」
こんな会話がほぼ毎日続いていた。
体力的にも精神的にも限界を迎えようとしているというのに、男は更に追い討ちをかけられている気持ちである。
「もうやだ疲れた……歩きたくねえ」
「諦めちゃダメだ! まだ休憩してから十分しかたってないよ? 一緒に頑張ろう!」
「どの面さげてほざいてんだこのヤロウ」
何故か立場が逆転して励ましてくる同行者のこの男に、思いっきりぶん殴ってやりたい衝動に襲われる。
「安心しなよ、僕に任せて」
「何だよ? この辺見覚えあるのか?」
「──空を見上げてごらん」
言われた通り空を見上げた。
見晴らしの良い青空。真っ白な雲はゆっくりと流れ、今の荒んだ心を癒やしてくれなくもない。
「君から見て雲はどっちから流れてる?」
「……左から右だな」
「そうだね、つまり雲は左からの追い風を受けて流れているんだ」
「だったらなんだよ?」
「僕達の進む道は決まったろ?」
そう言って男は雲が流れる方角へと歩き出す。
「よく言うだろ? 風の向くまま気の向くままってね?」
「適当じゃあねえか!」
「失敗したら風のせいに出来るだろう?」
無茶苦茶な事を言っているが、そもそもこの男が原因で二人は遭難していた。
「大体お前が後先考えずに進むから遭難すんだろうが!」
「フッ──
「自分でリアクション再現してんじゃあねえよ」
先程理想的な返してもらえなかったからか、待ってましたとばかりにキメ顔でくだらない洒落を自分で言って一人で勝手に満足している。
「まあまあ、僕達の旅はあてのない旅……道に迷う事なんてありえないのさ」
「道なき道を進んで踏み外してる最中なんだけど」
決まった拠点を持たずに旅を続ければ、こうして野宿が続く日もある。
「お腹すいた」
「我儘言うな」
「トカゲ食べたい」
「我儘……なのか微妙なラインだなおい」
長く彷徨ったせいで、既にこの森に適応してしまっていた。
「僕達は一体何処を目指してるんだい?」
「さっき自分が言ってたのを覚えていらっしゃらないと?」
「トカゲ食べたい」
「もっと遡れ」
都合の悪い事を忘却する同行者に、男は振り回されて呆れ果ててしまう。
「唐突だけど真面目な話をしよう──こうしている間にも世間は今は戦争の真っ只中だ」
「何だよ? 藪から棒に」
男の言うように、この世界は今
正確にいえばそれが物なのか、或いは場所なのか、それすら分かっていないのにも拘らず、世界は『ソレ』の為に争いが起こっているのだ。
「アレだろ? どんな願いも叶えるって伝説を鵜呑みにした連中の争奪戦だろ?」
「そしてそれを止めようとする人達との戦争──あるかも分からない伝説なんかに命を賭して戦うなんて馬鹿げてると思うんだけどね」
いつどこで、戦いに巻き込まれてしまうか分からないのが今の世の中である。
だから二人も武器を肌身離さず持ち運んでいた。
「そりゃあ同感だな 確証があるなら参加してたかも知れねえけど……んな御伽話を信じるなんてどうかしてるぜ」
「でも"ロマン"はあるよね?」
「まあ言われれば……なぁ?」
「ってことで! 僕達の目標も"ソレ"にしよう!」
自由気ままな旅の目的を、真実かも不明なソレにしてしまおうと、思いつきで決めてしまう同行者。
「この森の中が怪しい! きっとここに伝説が眠っているんだ!」
「とんでもない後付けしたよコイツ」
「いざ往かん! 我らが伝説!」
「おいそっちは風の方角じゃねえぞ!」
二転三転する旅の行き先。
今までも二人はこうであった。だからこの先も変わらずに続くのだろうと、この時の二人は思っていた。
「ねえねえ、あっちから人の声がしなかった?」
「お前も聞いたのなら空耳じゃなかったってことか」
漸く森を抜けられる。そう思って真っ直ぐ進んだ先は、予想以上に人が溢れていた。
「やったー! 出られ……」
「待て隠れろ!」
二人はすぐに気づいた。ここは迷い込んではいけない場所であると。
「おいおいこりゃあ──
噂をすれば、目の前に広がる光景は『戦場』であった。
「あちゃ〜……これは争ってますわ」
「なんだってそんな信憑性の無いもん信じられるかねぇ……オレには理解できないぜ」
「僕達の目的を忘れたのかい?」
「忘れて良い記憶は忘れてるよ」
改めて伝説を信じている者の多さを目の当たりにすると、もしかして本当に有るのではないか錯覚させられる。
寧ろそれが、こうして戦争になるまで発展した理由なのかも知れない。
「誰が言ったか知らないが『嘘も百回言えば本当になる』だったか? 案外本当に願いが叶うかもな」
「続きに『千回繰り返せば嘘か真実かどうでもよくなる』を加えておきなよ。彼らの戦う理由なんて……もしかしたら誰も考えて無いのかも知れないよ?」
きっかけは確かにあったのであろう。だが、今はもう戦う事が目的となってしまっている。
自らの目的を叶える以上に、邪魔をする目の前の相手を倒す事ばかりに囚われ、目的と手段が入れ替わってしまっているのかも知れないのだと言った。
「お前……変な時に真面目モードになるのな」
「失礼な! 僕はいつだって真面目だよ!」
「真面目な奴はあてのない旅なんてしないんだよ」
目の前で行われている大事に対しあまりにも小さな争いがヒソヒソと行われる。
こうしていられるのも今はまだ気づかれていないからである。とはいえ戦いに巻き込まれるのも時間の問題だった。
「そんじゃあとっととこんな場所おさらばしようぜ? せっかく外に出られたのは良いが、流石にこれだと森の中の方が安全だろ」
そう言って森の中に引き返そうと男は促す。
「──あの旗」
しかし、男の同行者はその場から離れようとしなかった。
「ああん……? ありゃあサンサイドの旗じゃあねえか? ってことは結構都会まで来てんだな」
太陽が描かれた国旗。それが表すのは、太陽都市『サンサイド』という場所を示す為。
この世界において、発展した国として非常に活気に溢れており、そしておそらく一二を争う程軍事力が栄えた都市でもあった。
「是非とも立ち寄りたい所だが……お客様歓迎ムードって感じでは無さそうだ、残念ながら今回はスルーだな」
「あの旗……」
「だからサンサイドだろ?」
「そうじゃなくて……『旗を持ってる娘』だよ」
先陣を切って旗を掲げ、兵士達を鼓舞する馬に騎乗した甲冑姿の女性。
凛々しく毅然とした姿。透き通るように白く美しい肌に、桃色の髪の女性を指差していた。
「あ〜……確かあの顔はサンサイドの『姫様』だったと思うぞ」
「名前は?」
「『スピカ・セルネテル』……だったか?」
「スピカ……」
「なんでもいいからここを離れるぞ 巻き込まれるのはごめんだぜ」
流れ弾を受けたくないと避難を勧める同行者。しかしその場から離れようとしない。
「サンサイドって肯定派? それとも否定派?」
「基本的に国は『伝説否定派』だよ 賛同して戦争なんかしてたら国民は黙っちゃあいないしな」
「じゃあ敵は肯定派か……」
「──なぁ? オレ凄く嫌な予感がするんだが」
妙な質問攻めを受けて、何かを企んでいるのではと疑う。
話の流れから察するに、肯定派を『敵だ』と言った事がそう思わせたのだ。
「一つ謝らなくちゃいけない」
「一つでいいのか?」
心当たりがありすぎて、一つに絞り切れない。
「君と伝説を求める旅……凄く楽しかった だけど今日でお終いだ」
「いや一度も求めて無いけど」
「今日から僕は! 『伝説否定派』だぁ!」
「コラ待て! 何勝手に離れて……ああもう! なんだって急に!」
茂みから飛び出して、争いに身を投じる。
(足速えなオイッ!?)
物凄い勢いで男は戦場を駆け抜けていく。旗を掲げる姫の下へと。
そんなサンサイドの姫『スピカ・セルネテル』は、今の戦況を見て肯定派に押されていると理解する。
(不味い……このままだと負ける!)
統率されたサンサイドの兵士達は、決して劣っている訳では無い。
だが個々の強さが上回る肯定派の群勢に対して、少しずつ押され始めていたのだ。
(たとえ勝てたとしも兵力を……多くの仲間の命が犠牲となってしまう)
これでは次に繋げられない。
このままではこの戦いが無駄になる。
「──あっ!?」
敵が放った矢がスピカの跨る馬を射抜く。
射抜かれた馬は倒れ、ふるい落とされてしまった。
(しまった……!)
咄嗟の事で受け身が取れず、脚を痛める。
「姫様!?」
「おっと! ここから先は通さないぜ!」
兵士も急いで駆け寄ろうするが行手を相手に阻まれる。
「姫様の首……いただくぜ!」
兵士達を勝利へ導き、掲げた旗は皆を鼓舞する『戦姫』。そんな存在を失えば当然士気は大きく下がるだろう。
ここでスピカが死ぬ事は、この戦いの『敗北』を意味しているのだ。
(ここまでなの……!)
死を覚悟し、振り下ろされた剣を直視出来ずに目を瞑る。
「駄目じゃないか……女の子には優しくしないと」
「──ッ!?」
首を刎ねる筈だった剣は宙を舞う。
「ぎゃああああああ!?」
剣の持ち主の腕と共に、斬り飛ばされていたからだ。
「悲鳴をあげるな。誰かを殺す覚悟があるのなら、死ぬ覚悟も出来ていただろう?」
「お前は何者……ッ!?」
問答無用で鎧ごと、相手を縦へ真っ二つに斬り裂く。
一切の無駄の無い動きに、捉えられなかった太刀筋。
細身の腕からは考えられない、鎧の上から斬り裂く程の剛腕。
「貴方は……?」
「僕は"リン"」
戦場に突如現れた男はそう名乗りを上げる。
「『リン・ド・ヴルム』だよ。突然だけど──僕は君に『恋』をした」
いずれこの世界で『伝説の英雄』として刻まれる男の名である。
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