[短編]美人で天才の幼馴染は落ちぶれた俺を逃してくれない

けら

神童と呼ばれた男の独白



「やべー。テスト勉強してねえよ」


「別にいいだろ。赤点さえ取らなきゃ」


「確かにな。よし、カラオケ行くかぁ」


「お。いいねー。いくべいくべ」




俺の名前は酒井光(さかい ひかる)



なんてことない、普通の高校に通う2年生だ。


容姿も並、体型も中肉中背、運動も並の

どこにでもいる普通の高校生だ。

いや、テスト前に平気で遊びに行ってしまうくらいには不真面目かもな。



こんな俺だが、実は昔は神童と呼ばれていた。

幼稚園の頃から、不思議と物覚えが良く、また要領がよかったんだと思う。


勿論何もしなくても勉強ができるわけじゃない。毎日数時間しっかり勉強して、小学校はかなりの名門に首席で合格していた。


...まぁ中学受験で見事に玉砕して、全部どうでも良くなって普通の高校に入学したんだけどな。



十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人。


なんて言葉があるが、まさに俺はそれだったんだろう。今や才子どころか、凡人だ。



...あぁ、あいつは違うかもな。

本物の天才ってやつだと思う。




紅紗雪(くれない さゆき)



1個下の、俺の幼馴染だ。



思えば、俺が神童だなんだ言われるきっかけはあいつだった。



あいつの親は典型的な教育ママってやつで、

幼稚園から受験を強いられていた。

だけど幼稚園受験に落ちて俺と同じ普通の幼稚園に入園してきて、そこで俺とあいつは出会った。


俺から見たあいつの第一印象は、

"なんか暗い奴"だ。


幼稚園児の癖に全てに絶望したような顔をしていたあいつが気になって、俺から声を掛けた。



中々ぞんざいに扱われたが、好奇心からどうにか話を聞き出した所、小学校は絶対に受験に受からなきゃだめだ、と。


それを聞いて俺は年上としての見栄か、無責任にも勉強を教えてあげる、なんて言ったんだったっけな。



いざ教えてあげるとなって、まず気付いたのは紗雪は要領が悪かった。

間違いなく地頭はいいのに、勉強の仕方がめちゃくちゃだったんだ。


...俺も幼稚園児の癖によくそんなことが分かったななんて思うが、まぁ、あれだよ。

我ながら幼稚園児らしくなかった。



そこからは紗雪に教えるために俺も勉強するようになった。

教えたら教えた分すくすく伸びて行く紗雪に教えることが面白かったんだと思う。

後はまぁ、あれだ。俺も周囲より大人っぽかったせいで友達がいなかったんだよ。



そして、紗雪を勇気づけるために親に頼み、名門小学校を受験してみたんだ。

そしたらまさかの首席合格でさ。

その日から親や周りが神童だって持て囃し始めたかな。


でもそんなことよりも、紗雪がすごい、すごいと褒めてくれたことが嬉しくて、誇らしかった。


その翌年、紗雪も無事に首席で合格することができて、俺達の仲は更によくなった。

紗雪の厳しいお母さんも俺と勉強してから成績が良くなったことで気をよくして俺を気に入ってくれて、俺達は毎日のように一緒に勉強した。


...本当、勉強ばっかしてたな。

俺も紗雪も一緒に勉強することが楽しくて、

最早、勉強が娯楽に感じるレベルだった。




そして運命の日、

俺は最難関の中学校を受験した。

そして、生まれて初めて受験に落ちた。


言い訳をすると、当日とんでもない腹痛に襲われてしまい全く集中できなかったのが原因だ。

それさえなければ合格はできたと思う。

...だけど自己採点用の答えを見て思ったが、首席は無理だったと思う。

正直分からない問題がいくつかあった。


そして腹痛が原因なんて恥ずかしくて誰にも言えなかった。

何かあったんだよね、なんて紗雪は気遣ってくれたけど、それを突っぱねて少し気まずくなってしまったっけな。


だけどその後もなんだかんだで紗雪は俺を見捨てず励ましてくれて、変わらず一緒に勉強をした。

中学受験に失敗した俺にとって、紗雪に勉強を教えていることが唯一の自慢だった。



そして紗雪は俺が落ちた中学校に首席で合格した。


...正直薄々気が付いてはいたんだ。

一緒に勉強していても、紗雪に俺が教えられることはほとんど無くなっていたから。

でも昔から俺が教える側だったことから、俺はそれを認めたくなかった。

でもはっきり目に見える形で明らかになってしまった。



俺より紗雪の方が頭が良いんじゃないか?



なんてことはない、下に見ていた紗雪に、

いつの間にか追い抜かれていただけ。

よくある話だ。

そんなよくある話の当事者である俺は、

紗雪に対して強い劣等感を募らしてしまった。


その後も紗雪は変わらず俺に絡んできたが、その内容は今までと違った。

俺はもっとできるはずだ、もっと勉強しよう。分からないことは教えるから。


俺より下にいたはずの紗雪が、いつの間にか俺を見下していた。

わかってる、そんなつもりはないってことは。でも心の狭い俺にはどうしてもそれが受け入れられなくて、俺は紗雪を遠ざけるようになった。


でもここでも、そんな俺を紗雪は見捨てず、

しつこく側にいてくれた。

その頃には紗雪は中学生ながら大学模試で好成績を取って、美人天才中学生なんて話題になっていた。

俺は日に日に劣等感を募らせていた。

それでも紗雪と一緒にいた理由は、単純な話だ。どんどん美人に成長した紗雪のことを俺は好きになっていたんだ。


そして高校受験、また紗雪と同じ高校を受験して、落ちたらどうしよう、合格しても首席じゃなくて、紗雪が首席だったらどうしよう。そんなくだらない考えで、俺は絶対に紗雪が受験しないであろう高校、遊嵐学園に進学した。



紗雪からは猛バッシングを受けた。

転校した方がいい、ヒカルならもっといい学校に行けるはずだった。そんなことを言われた。


そんな紗雪に対して俺が思ってしまったのは、俺に転校しろなんて、どんだけ上からなんだよ。俺より下だったくせに、

なんて醜い感情だった。


イライラした。紗雪にも、俺にも。

だから俺はつい、紗雪より頭の良い人はザラにいる。そんな高校に通ってるんだ、なんて言ってしまった。



勿論、売り言葉に買い言葉だ。

確かにこの学園は変わり者が多いが、流石に紗雪より頭がいい人なんていないだろう。



その喧嘩の日から、俺は紗雪と会わなくなった。

会えば醜い感情が溢れ出てしまうからだ。



そして2年生に上がった時、俺は心底驚くことになる。


なんと紗雪が同じ高校に進学してきたのだ。


美人天才中学生なんてテレビで話題になっていた紗雪がこんな普通の高校に入学してきたんだ。当たり前に話題になる。俺の耳にもすぐに届いた。


なぜ?どうして?


...まさか。


あの時の俺の言葉を本気にしたのか?

いや、あの頭のいい紗雪に限ってそれはないだろう。

じゃあどうしてだ?

そこまで考えた時俺は一つの結論へと至った。



俺のためか?



わざわざ俺を追って入学したのか?

説得するために、一緒に転校するために?

それだけのためにあの教育ママを説得してきたのか?


そう考えると涙腺が緩んだ。

このままじゃだめだ、俺が落ちぶれたせいで

紗雪までこんな学校に。

俺のために、俺のせいで。



俺は紗雪を見下していたと言いながらも、

やはり紗雪のことが好きだ。

好きな人にそこまで思われて何も思わないわけがない。


謝ろう。俺からちゃんと会いに行こう。



そう思ったものの、美人で頭も良く、学校中の注目の的の紗雪に中々会いに行く勇気が出なく、結局紗雪と話せないまま俺は高校3年生に進級してしまった。

あぁそうだよ。へたれだよ。

でも仕方ないだろう。

紗雪と釣り合いが取れなすぎて、どうしても気後れしてしまうんだ。



そんな悶々とした日々を過ごしていたある日、まさかの転機が訪れた。

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