異世界転生課

木穴加工

異世界転生課

 今朝、羽柴留三郎はしばるさぶろうは最低の気分で出社した。



 K・田中の送別会で飲んだ酒がまだ残っていて、頭がズキズキと痛む。ガラにもなくあんなに飲んだのは心からKの異動を祝ったからではない。あれは完全にやけ酒だった。


「まったくお上は何を考えているんだ。ただでさえ仕事が回ってないというのにウチから人を抜くなんて」

「飲み過ぎですよぉ羽柴係長ぉ」

 部下の鳥栖鍛子とりすたんこはそう言っていたが明らかに羽柴よりも酔っていた。



 オフィスに入ると、鳥栖はすでに資料をまとめ終えて羽柴の机の上に並べているところだった。


「おはようございます係長、これ今日の分です」

「おはよう鳥栖さん」

 なんでこの女は昨日の今日でこんなに元気なんだ、これが歳の違いか? と羽柴は考えながら席についた。机の上には10冊の色とりどりのファイルがキレイに整列されている。


 これを今日中に? 無理だろ。羽柴は絶望的な気分になった。



「1件目島田涼介、享年17歳、トラックに轢かれて死亡。性格は負けず嫌いで上昇志向が強く、知能はB、身体能力D」

 鳥栖がファイルを読み上げる。

「確認」と部下の槍沢乱梧やりざらんごが言う。

「確認」羽柴も言った。「こいつはA2431でいいだろ」


「スキルはどうしますか?」

「A2431は科学技術が予定に対して遅れている。冶金でいこう」

「冶金、確認」槍沢が書類に書き込んだ。


「対象、『部屋』への転送が完了しました。係長お願いします」

「行ってくる」

 羽柴はお茶を一口飲むと席を立った。


  

 島田少年はすでに部屋の中にいた。


「やあ」

 頭の疼きを我慢しながら羽柴はなるべく気さくな挨拶を心掛けた。

「こ、ここはどこですか? 僕は、僕は死んだんですか?」

「ああそうだよ。君は死んだ」

 なかなか物分かりがいいじゃないか、と羽柴は思った。

「じゃあ、あなたは神様ですか?」

「そうだ私は神様だ」

 もちろん違う、ただの下端社員だ。だがそれを言うと話がややこしくなる、ここは相手に合わせるのがベターだ。

「申し訳ないのだが、君はここで死ぬ運命ではなかった。死なせてしまったのは私の手違いだ。そこで、埋め合わせと言ってはなんだが、転生させてあげようと思う」


「異世界転生!」少年は目を輝かせた。「本当に存在するなんて!」

「なんのことだ? まあいい、転生だけではお詫びとしては不足なので、君には一つ能力を与えよう」

「わかります! もしかして全属性魔法ですか? それとも剣術Lv99?」

 少年は今にも羽柴につかみかからんとする勢いだ。


「いや、冶金だよ」

「冶金? なんですかそれ。無双できるやつがいいんですけど」

「じきにわかるさ、そんなに悪いものじゃない」

 と言いながら羽柴は空中に向かって手を振った。


  

『転送スタンバイ、A2431、スキル冶金、上級』

 耳につけた通信用寄生生物のむこうから鳥栖の声が聞こえた。


「転生者よ、そなたはこれからとある小国の平和な村に転生するであろう、そこから能力を使って世界一の鍛冶屋に成り上がるもよし、静かに暮らすもよし、そなたの思ったままに第二の人生を歩んでくれ」


 羽柴がお決まりの文句を言い終えた頃には、少年の姿は消えていた。


  


「お疲れ様です、係長」

 オフィスに戻ると、槍沢が待ち構えていた。

「広報課の柄葉課長から通信が入っています」

「つないでくれ」

 羽柴は席に座ると、寄生生物を耳にぎゅっと押し込んだ。



『ハーシー、元気か?』

 久しぶりに聞いた同期の声は疲れからか、かつての覇気はすっかりなりを潜めていた。

「ああ、元気だよ。今日あと9件も転生を処理しなきゃいけないことを除けばね」

『どこも大変さ。恵院の部署なんて3人連続で新人が退職したらしい』

広報課おたくらは順調そうじゃないか。お陰様でさっき処理した男も言わなくてもわかっているといった感じで楽だったよ」

『ああ、B級以上の文明世界に異世界転生小説を流行らせる、あの施策は久々の大当たりだった。ただ最近それも飽きられつつあるんで、そろそろ次の手を考えなければならない』


  

 並行世界、別名・異世界の存在に人々が気づいたのは1世紀前の話である。


 無限に存在する箱庭を見つけるや否や人類は戦争も芸術も音楽もすっかり忘れ去り、異世界観測に夢中になった。

 最初こそ観測することしかできなかったが、すぐに異世界に干渉する技術が発明された。しかし、文明を丸々一つ崩壊させた「アーサー事件」が発生し、国際社会は異世界への直接介入を法律で禁止したのだ。


 その法の穴をかいくぐるように考案されたのが、異世界転生だ。

 特定の技術や文化が進んだ異世界から別の異世界に人物を転生させることで、人類が直接介入することなく、異世界の文明を操作できるようになった。転生する瞬間、その人物はどちらの世界にもいない、つまり異世界への直接介入に当たらないというわけだ。



 なぜそんなことをするのかといえば、もちろんそれは金のためだ。


 異世界が発見されて最初に起きたことが、利権化とビジネス化だ。金持ちたちはこぞって異世界の所有権を買い求め、お互いに自分の自慢の異世界を見せびらかしあった。より文明度の高い異世界はそれだけ価値が高く、高額で売買された。


 羽柴たちが属する(株)国際異世界興業もまた、異世界を買い付けて価値を上げて売る、異世界業界の星ほどある中小企業の一つだった。


  

 家路につく頃、外はすっかり暗くなっていた。


 全員残業しながらもなんとか10件すべて処理できたので、羽柴は謎の高揚感に包まれていた。頭痛もいつの間にか消え失せている。昨日しこたま飲んだばかりだけど、今日もお気に入りの店で一杯ひっかけていこうかな。


  

 そのとき、羽柴の目の前が突然まぶしい光に包まれた。

「プィーッ」というクラクション生物の鳴き声が耳に響く。気づかぬうちに道路に飛び出していたらしい。羽柴が最後に見たのは、目の前に迫ってくるトラックのバンパーだった。


  


 気が付くと、羽柴は小さい部屋の中にいた。

 俺は死んだのか? 羽柴は思った。天国にしてはしょぼい場所だな。


 その時、ドアが開いて白いスーツを着た男が入ってきた。


「やぁ、私は神様だ。いや君の世界は文明レベルDだから嘘をつく必要はなかったな。説明不要だと思うが、君には異世界転生してもらう。私が担当している世界の一つが顧客の要望する文明レベルに届いていないんだ」

 男は気さくに言った。

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