♰Chapter 25:死線と氷塊の乱舞
†SIDE:水瀬優香
八神くんがこの場を立ち去った。
私は彼の背中を見届けると氷鉋に向き直る。
「……[宵闇]の方が残ったか。事実を語るなら『心喰の夜魔』は滅多なことでは破壊できない。あらゆる物理攻撃、魔法攻撃に対する耐性が並外れて高いためにな。この程度の情報は〔幻影〕も持っているはずだが……買いかぶりだったか?」
「ええ、知っているわ。それでもアーティファクトよりも遥かに高度な思考をする人間の魔法使いの方がよっぽど危険よ」
八神くんの戦闘センスが頭抜けて高いことは朱音との模擬戦やこれまでの魔法修練に付き合ってきて知っている。
だがそれでも彼は魔法を交えた戦いの経験が圧倒的に足りない。
だからこそ、魔法を巧みに使いこなす伊波くんと戦えたこと自体が異常なことだ。
そんな奇跡は大概長くは続かない。
『魔法』が物理法則を無視する存在である以上、何が起きたとしても不思議ではないのだ。
「さて、そろそろ始めるとするか」
氷鉋は無数の氷刃を生成する。
青水晶のように透き通ったそれらは都心の明かりを反射して宝石のようだ。
だがその一つ一つが人の命を奪うものであり、凶悪な威力を内包している。
「貴方たち〔約定〕の好きにはさせない!」
無詠唱で火魔法を生成し、氷鉋の氷刃へと衝突させる。
相反する属性が衝突したことで薄く蒸気が辺りを覆う。
私は直後に風魔法の援護を受けながら間合いを詰め、大鎌を振るう。
だが彼は瞬時に生成した氷剣でそれを受け流した。
すぐに彼は距離を取ろうとするが、私は再び踏み込むことで攻撃範囲に捉える。
「……ああ、本当に厄介だ。以前は邪魔が入り貴様を始末できず、今は貴様自身に死ぬ気がないことは明らかだ――ならば、あの時以上の力でもって捻じ伏せよう……!」
――これは、まずい。
急遽氷鉋から地面へと狙いを変え、思い切り大鎌を叩きつけた。
直後に凍結した地面が大鎌の衝撃波で粉々に砕けた。
そのまま氷鉋を蹴り飛ばし、相手との距離を開ける。
その際に砕け散った氷の破片が頬をかすめ、一筋の血が流れるが大した傷ではない。
――氷結を複雑な形に変え、理知的で威圧的な言葉遣いをする人物。
眼前の敵は八神くんと出会うきっかけになった
「――あの時に聞いた質問をもう一度するわ。なぜ貴方は人を傷つけるの?」
「答えても詮無きことだが、こうして二度顔を合わせたのも何かの縁だろう。答えてやろう――私は人間が憎くて憎くて仕方がないのだ。だから増殖し、増長した奴らを間引かなくてはならない。貴様にはそれが分からないのだろうな」
「ええ、まったく理解できないわ。人を憎む理由はなに? 人を手にかけることで貴方に得るものはあるの?」
今度は氷鉋の方から斬り込んでくる。
リーチの長さはこちらが有利だが大鎌という奇形の武器である以上、懐に接近されれば弱い。
私は冷静に太刀筋を見極め、鍔迫り合いにもつれ込む。
「人を憎む理由などただ一つ、私の大切なものを奪ったからだ。そして知った――魔法使いという子供の見る夢のような存在を。あの方は抜け殻だった私に復讐のための道標をくれたのだ。復讐は虚しくない。悲しくもなければ喜ばしくもない。ただの単純な作業だ。得るものなど求めてはいない!」
彼の言うことは虐殺の肯定。
大切なものを失うことの辛さは私自身がよく知っている。
固有魔法の暴走とはいえ、大切な仲間を失ってしまったのだから。
やり場のない悲しみは憎しみになって自分自身に返ってきたときもあった。
なにが罪滅ぼしの手段で、どうすれば許されるのか。
そんなことは私に分かるはずもないし正解だってないのかもしれない。
それでも――
「――たとえどんな理屈があったとしても日常を生きている人たちの虐殺は認めない。認められるはずもないわ!」
氷鉋の蔑みに満ちた眼差しを真正面から見返し、固有魔法〚
相手の知覚領域から逸脱し、即座に背後に回り込む魔法だ。
目前で行使したので、氷鉋から見れば突如として消えたように映るだろう。
だが私が彼に突き立てた刃は通らなかった。
代わりに激しい金属音が周囲に響く。
「死属性固有魔法を持つ者特有の派生魔法か。だが残念だったな」
大鎌に裂かれた服の下はわずかな氷の層に覆われている。
そこに斬撃痕もありありと残っていた。
「……貴方の余裕の正体は氷の装甲だったのね」
「三角だな。まあいい。それよりも先程の言葉を訂正しろ。私の行っていることは崇高な目的のためであり断じて虐殺などという下賤な行いではない……!」
「どこが違うのかしら? 多くの罪のない人を殺めて、それを崇高な目的のため? 笑わせないで」
――人を殺すことが崇高な目的である。
そんな狂気的な行動が許されるわけがない。
たとえ本当に大切なものを奪われたのだとしてもそれが虐殺の正当性を裏付ける根拠には成り得ない。
「確かに私の行動で死に逝く者の中には善人もいるのかもしれない。だが人間という生物の多くは救いようのない悪人だ。それをいちいち選り好んでいては時間が足りない。ゆえに多少の善人には申し訳ないが必要経費として犠牲になってもらう。この行いは必要悪に基づき遂行されるのだ。貴様に意見を求めているのではない!」
氷鉋が人間を語るときの言葉にはますます憎悪が籠っているようだった。
憎むこと自体は悪いことじゃない。
それで自分が救われるのならむしろいいことでさえあるだろう。
だがその憎しみに無関係な人を巻き込んでしまった時点でその人には憎む資格さえなくなると思う。
自分が憎む人間と同じことをしてしまったら、自分もそこまで堕ちたことと同義だ。
彼は憎悪に囚われてそのことが見えていない。
「――貴方は哀しい人ね」
口を突いた言葉は揶揄するでも馬鹿にするわけでもなく、ただ心の底から思ったことだった。
「……なんだと?」
「何度でも言うわ。貴方は哀しい人よ。『復讐で得るものなどない』と言いながら貴方の大事なものを奪った人たちとまったく同じことを――同じ思いを他人にさせようとしている。それが空虚なことだってなぜ分からないの?」
今の静かに怒りを燃やす氷鉋には何を言っても通じないのかもしれない。
彼はその相貌を歪め、魔力の流れが急激に加速する。
「分かってなるものか! 私に復讐さえも許されないのなら、いったい何が残るというのだ⁉ 今この時にこそ、私を生かすものははやる憎悪のみなのだから! ――貴様を徹底的に壊し、私の障害はすべて取り除く!」
氷鉋が猛烈な速度の剣戟を放ってくる。
あまりの力と速度に氷剣自体が破片を散らしている。
私は後退しながら受け流し続けるが徐々に異変が起き始めていた。
――大鎌が、凍り始めている。
どんなに魔力を流しても溶解しない絶対零度の氷が。
「あれだけのことを言っておいてその程度か。貴様は愚かだな――〈
ここまで防戦一方だった私に見えた一つの活路。
「〈
手放した大鎌は身体を基軸に大きく旋回した。
路面を抉るほどの衝撃波が纏わりついた氷と迫りくる氷をことごとく打ち破る。
次の瞬間には背後に向けて大鎌を繰り出していた。
そこには回り込んだ氷鉋がいて――
「ぐっ……‼」
「――終わりね。貴方はもう逃げられない。死からも、私からも」
背後から舞い散る鮮血が無言のうちに事実を告げる。
――“必殺”の大鎌を受けてしまった以上、程なく死に至る。
私の固有魔法――〚生命の破綻〛によって。
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