♰Chapter 14:第三元素・風
陽が斜めに傾き始めた頃、水瀬の洋館への帰路へ着く者が三人いた。
昨日の深刻な会議があって何かが変わったかと問われれば何も変わっていない。
オレも水瀬も普段通り登校し授業を受け、帰り道を辿っている。
異常のなかにも日常があるということは幸せなことなのだろう。
……思考が逸れたな。
三人の内訳はオレ、水瀬、そして最後の一人は伊波ではない。
彼は体調不良を理由に今日から欠席だ。
『盟主』から任された任務が忙しいのだろう。
「ねえ、あんた魔法の調子はどうなのよ?」
三人目がオレに歯に衣着せぬ物言いで尋ねてくる。
いやそういえば聞こえは多少いいが、彼女に関してはぶっきらぼうと形容した方がよさそうだ。
――東雲朱音。
オレや水瀬とは異なる高校――たしか有名なお嬢様学校の制服を着た彼女は堂々と進んでいく。
「魔法は今のところ順調だ。ところでなぜ東雲がいるんだ?」
オレは横目で水瀬の方を見るが彼女も首を傾げるばかりだ。
彼女はつい先日静養を言い渡されるくらいには怪我を負っていたはずだ。
だが今は無傷の彼女が水瀬を露骨に避けるため、オレが水瀬との間に割って入るという混沌とした現状になっていた。
「……何よ。あたしがいちゃいけないことでもあんの? あんな傷なんてどうってことないのよ。むしろ余分な血が抜けてすっきりしたって感じ。っていうかさ、せっかく今日は風魔法をあたしが教えてあげようってのに何よその態度は」
光栄に思いなさいとばかりに胸を張る東雲。
東雲は黙っていれば目を引くがこの口調でずけずけと言ってのけるから、残念だ。
今も遠目に彼女に視線を送っていた帰宅途中の男子生徒が彼女の言葉を聞いた途端に離れていくのを視界の端に捉える。
それよりも怪我の完治が魔法のおかげだとするのなら、やはり凄まじいと形容するべきだろう。
心のなかでひとしきり感心していると東雲はオレの顔面を睨みつける。
「で、どうなのよ? あたしに教えられる気はある?」
オレは水瀬の方を見る。
何かがオレに不吉な予感という啓示を与えているようだった。
「いいんじゃない? 朱音が風魔法を教えてくれるんだったらそれ以上のことはないわ。彼女は[迅雷]の守護者だもの。きっと教わって不都合はないと思う」
できれば断ってほしかったがその念は伝わらなかったらしい。
前門の虎後門の狼ではあるがどうせなら前に進むべきか。
「分かった。東雲、オレに風魔法を教えてくれ」
「なんかそいつに判断を委ねたのは癪だけど……。ん、まあいいわ。あたしがたっぷり教えてあげるから覚悟しなさい」
「お手柔らかに」
そうこうしているうちに水瀬の洋館の鉄門を抜け、ガーデンまで来ていた。
「んじゃ、お互いに洋館で着替え終えたらすぐに行くわよ」
「どこに?」
東雲は犬歯を出して笑った。
「――哨戒任務よ」
――……
オレは東雲と街中に繰り出し、彼女の隣りを並んで歩いていた。
威勢よく不安を煽って来ていたため、最初から飛ばすのかと思っていたが、思ったよりも理性的に魔法の知識を教えてくれていた。
一点の疑問があるとすれば多くの一般人がいるなかで堂々と魔法を語っていいのかということだ。
もっともそんな話を馬鹿真面目に聞き耳を立てる人間などいないだろうし、聞かれていたとしてもゲームかなんかの話だと都合よく解釈することだろう。
人間など大概そんなものだ。
「そう。五大元素の『風』に属する『雷』があたしの得意属性よ。結構汎用性は高いし気に入ってるわ」
「そうなんだな。魔法のロジックには明るくないが、雷含め魔法に制限はないのか?」
「あるに決まってるでしょ。無制限に使えたらそれこそ今以上の面倒事が起こるわよ。いい?」
東雲はマウントを取るように胸を張って言葉を口にする。
「魔法は魔力を消費するの。その魔力は大まかに分けて『人工魔力』と『自然魔力』がある。人工の方はあたしたち人間がもともと持つ生命力のことだし、自然の方は大気中に漂ってる力のこと。ちなみにあたしたち魔法使いのほとんどが自然魔力を使ってるわ」
「人工魔力は使わないのか?」
「場合によりけりね。もっともまったく使ってないわけじゃなくてほんの少しは使ってるし。あいつから聞かなかった?」
東雲のいう“あいつ”は洋館で待っている水瀬のことだ。
水瀬もこの哨戒任務に就こうとしていたが東雲の拒否によって、洋館で帰りを待っている。
「みな――彼女には色々なことを教えてもらっているが、さすがに全部をこの短い時間で教えるのは無理だろう?」
「ま、それもそうね。ならここでもう一つ教えてあげるわ。魔法はね、生命の迸りを使う。つまり、あたしたちの生命力は寿命の自然減少に加えて魔法を使うたびに少しずつ縮まってるのよ。それが幸か不幸かっていうのは別にしてね」
「……そうか。たしかに彼女も生命の迸りと言っていたな。解釈が及んでいなかった」
ならば、魔法使いは総じて一般人よりも短命ということだろう。
だからといって魔法使いになったことをオレは後悔しない。
そもそも裏を返せば、魔法を使わなければ一般人となんら変わらない人生を送ることもできる。
オレが考えに耽っていると東雲の声が耳を打つ。
「今回の目標は犯罪者を人目のないところに追い込んで捕縛すること。もちろん、魔法と気づかせない範囲で――犬も歩けば、ね。ほら、早速魔法の出番よ」
東雲がにやりと笑った先には銀行から大きな袋を担いだ男二人がバイクに乗り込んだところだった。
即座にその場を去っていき、すぐに銀行の警報が鳴り響く。
まるで絵に描いたような銀行強盗だ。
「魔法も武道も実践あるのみ! 魔法の発動条件は基本的に火や水と同じだからせいぜい頑張りなさい!」
「やはりお前の教え方は雑なうえに教えてもらっているのかさえ定かじゃない」
オレはバイクの進行方向を確認すると即座に路地裏に入り、壁蹴りと不慣れな風魔法を用いて建物の屋上を駆ける。
途中鋭い頭痛が差したせいで加減を誤り壁に衝突するところだったが何とか堪える。
足はバイクの方が当然速いので、さらに風魔法で煽り風を起こして加速する。
「予想通り、人の気配が少ない方へ向かっているな」
あまり遠くに行かれても面倒なので、オレはバイクの進行方向に回り込むと真正面に飛び込む。
「うおおおおっ⁉」
突如飛び出してきた人間に反射的に戦いた強盗は操作を誤り、バイクから滑り落ちた。
そこで気絶でもしてくれていれば楽だったのだが。
「ってえな、てめえ! どっから飛び込んできてんだ⁉」
「邪魔してんじゃねえぞ!」
「ならお前たちが奪ったものを返せ」
「ちっ、追っ手かよ。まあでも一人みたいだしやっちまうか」
こちらをなめてゆっくりと腕を伸ばしてきた男の片方に極小の雷魔法を喰らわせると瞬時に気絶してしまう。
だが極小とはいえ、初めて行使する雷魔法の加減は難しく、リヒテンベルク図形が浮き上がるほどには強力だったようだ。
「な⁉ てめえ、何しやがった‼」
もう一人の拳を半身になって躱すと、同様に雷魔法で気絶させる。
伊波や東雲と比べれば動きが単純すぎるため、制圧は容易だった。
「――ふん、やるじゃない」
見れば東雲が建物の屋上から飛び降りてきたところだった。
ずっと見られていて落ち着かなかったが不満は口に出さない。
「最初にしては風系統の魔法は様になっていたわね。ただあんたの場合、魔法の制御が狂う時があるみたいね」
たしかにオレは風魔法を使って建物の屋上へ昇ったとき、危うく壁に激突するところだった。
加えて窃盗犯の身体に浮き出た火傷の跡はかなり派手に電気が流れた証拠だろう。
それらを的確に指摘してきたとみて間違いない。
「ああ、そうだな。それに風魔法を使った時にはなぜか変な頭痛を感じたな」
「それは自然魔力が上手く取り込めなかったことが原因でしょうね。風魔法で人一人分の体重を持ち上げるとなればかなりの魔力がいるし――ってことはあんたは短期間に取り入れられる自然魔力の量があんまり多くないんじゃん?」
これしたり、と悪魔的な笑みを浮かべる東雲にオレは構わない。
教えられる過程で弱点を知られるなんてことはままあることだ。
「そうか……。水瀬や伊波と訓練した時はそれほど大きな魔法は使わなかったからな。いい発見をした」
「はあ……? あんたって変わり者か、ドエム?」
全身をオレから遠ざけて引く様子を見せる。
「オレはお前の言うような人間じゃない。早いうちに欠点を知っておくことはメリットであっても決してデメリットじゃない。自分を理解してこその過程だ」
「ふーん。自分の全部を見てこそ結果を生む過程に繋がるってわけね。まあ、あたしは自分の欠点なんて見たくないけど――と〔ISO〕に通報しなきゃね」
東雲は小型デバイスを操作するとさっさと連絡を入れる。
時間にしてそうかからずに会話は終わった。
「んじゃま、引継ぎはあたしの方でやっておくわ。今日の哨戒任務は時間もいいところだし、お疲れ様」
「ああ、今日一日ありがとう。なんだかんだ言ってタメになった」
「なんだかんだは余計よ!」
そんな狂犬じみたお叱りの言葉を受けつつ、思考は次を向く。
今日で〔幻影〕に仮加入して数日が流れたことになる。
習得した基本的な魔法は就寝前や起床直後に反復練習を重ねているが、それでも実際に使うとなるとこれほど凪いだ精神状態で行使する状況はないだろう。
やはり暗殺術がもっとも信頼できるカードであることは必定だ。
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