四本目 過去の記憶と今の味、セブンスター・メンソール・12
「セブンスターのメンソールを……一つ」
「かしこまりました」
僕は煙草屋で煙草を買うのが好きだ。コンビニでは味気ない。もちろんコンビニは便利なんだが、なんというか、そのあとの味さえも変わってしまう気がする。もっとも、こんなのは純粋に気のせい、でしかないのだけれども。
「こちらでよろしいでしょうか?」
黒いパッケージ。これではないんだった。
「あ、申し訳ない。パッケージが変わって味が変わってしまったんだ。だから……マールボロ・メンソールのボックス貰えませんか。12ミリの」
「はあ……」
「申し訳ありませんね」
「いえ……」
近くの喫茶店に入る。喫茶店、なんて名ばかりでチェーン店のカフェだ。特にコーヒーが美味いとは思わないが、僕はここに煙草を吸いに来ているのだから、そっちのほうが大事なのだ。しかし……。
アイスコーヒーを買って喫煙ルームに入る。煙草のビニールをとって箱を開けると、美味そうなメンソールの香りが広がる。この香りは洋モクではないと出ないんだ、不思議と。
僕の好きだったセブンスター・メンソールとは少し違うのだが、これはこれで良いんだよ。コルクチップのフィルターを唇にくわえて、ビックのライターで火をつける。うん……。煙草だ。メンソールの煙草。
多分、メンソールのスタンダード煙草ってのはこれになるんだろう。メンソール感が強すぎず、弱すぎず、適度なメンソールの奥に、マールボロの深みのある味。美味いんだけれども……。
「やっぱり違うんだよなぁ」
こんなところで言って良いようなセリフではないのだが、どうしても言わずにはいられなかったのだ。
「何が違うんですか?」
前の席に--簡単に説明すると、二人がけの席がいくつか壁沿いに並んでいるわけだが、僕は入り口から一番近くに座っている。そして、入り口を背に座っているわけだけれど、当然反対側には誰も座っていない。そして隣のテーブルには女の人が一人座っているわけだが、彼女は僕と向き合うような形になっている。ということはつまり、彼女も一人、というわけだ。--座っていた女の人が僕にそう問いかけてくる。
形としては、僕は彼女に話しかけたという形になっている。独り言にも関わらず。まあ場所というか、席の問題だよな、これは。
「この煙草が、ですよ。メンソールのスタンダードって感じの顔つきをしているけれど、本来ならその役割ってのはクールかセーラムが担うべきだと思うんです。でも、セーラムはもうないですから、となるとクールしかない。でもクールは少し弱い気がするんです。一個前のセブンスター・メンソールならそれを担えたかも知れないけれど、今のセブンスター・メンソールはね……」
言いたいことがありすぎると、どうしても支離滅裂になってしまう。僕の悪い癖、なのかもしれない。いや、多分、セブンスター・メンソールの味が変わってしまったから、だろうな。
少なくとも、僕たち喫煙者は命をかけて煙草を吸っている。だとしたら、リニューアルなんて意味不明なことをせずに、新しい銘柄を出せば良いんだよ、クソッタレが。
そもそも僕はフィリップ・モリスの煙草なんて大嫌いなんだ。でも、あの場でセブンスター・メンソール以外に思いついたのはこれしかなかったのだ。クールにすれば良かったのだ、正直なところ。
「……これ見てくださいよ」
彼女は手に持っていたクール・ライトを僕に見せる。
「クール・ライトだ」
「そうです。私も、ついこの間までセブンスター・メンソールの5ミリ吸ってました。でも、ご存知の通りなくなってしまって。それでこれを買ったってわけです。でも、貴方がマールボロ・メンソールを買って違うと思うように、私もこれは少し違うな、って思うわけです。もしかしたら、私と同じかも知れないと思って、思わず声をかけちゃいました。迷惑だったらスミマセン」
「……いや、迷惑ではないよ、まったく。見ての通り、煙草を吸うことくらいしかやることはないですから」
「じゃあ遠慮なく。そもそも、私はもともとラッキーストライク・メンソールを吸っていたんですよ。知ってますか?」
もちろん知っているし、大昔に何度か買ったことがある。
「もちろん知ってますよ。白フィルター、8ミリ、もしくは茶色フィルター、6ミリ」
「私が吸っていたのは6ミリの方ですね。で、生産終了の時、メーカーはクール・ライトが代替え品だって説明していたんですよ。でも吸ってみたら全然違う。ただタール数が同じってだけ。そんなのないと思いませんか?」
僕は喉を潤すためにコーヒーを一口飲む。本当に、コーヒーはアイスに限るんだ。たとえどんなに寒くても、コーヒーはアイスに限る。
「思いますよ。銘柄がなくなるたびに思います。そして今も、セブンスター・メンソールが変わってしまったことに腹を立てていますよ」
「ですよね。ですよね。……もう正直、煙草をやめようかと思っているんです。吸っていた銘柄が無くなるのって、メーカーは簡単に考えているのかもしれないけれど、本当にふざけた行為ですよ。こんなこと、言っても意味がないんですけどね。一番の復讐は、やっぱりやめることかな、って。だって別の銘柄にしたら、結局はやっぱり何も変わらないってことですもんね」
「まあ、理想はそうかもしれませんね。僕は、どうもやめられそうにないですよ」
僕がそう言うと、彼女は微笑んだ。そう言いながら、その実、僕ももう煙草をやめること考えていたわけだ。だから彼女は、僕の内面を読んだのかもしれない。
「あ、もうこんな時間だ。煙草の話ができて楽しかったです。それじゃ」
そう言って、彼女は空になったカップをトレーに乗せて喫煙ブースから出て行った。僕はと言うと、違うと思っていながら、やっぱり、煙草に火をつけずにはいられなかった。
ただ、やっぱりこれではない、と思っているわけだ。
でも、好きだった銘柄はもうないのだからしかたない。煙草は、なんとかっぽいもの、なんてのは存在しないのだ。だから、銘柄がなくなればもう本当にその味はなくなってしまうのだ。
そんな簡単なこと、どうして誰もわからないのだろうか? 煙を吐く。
「でも、香りは良いんだよな」
今度の独り言は、誰にも届かない。
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