番外編3.もう一人の迷い人は時を流れる

「これを書くにあたって、君には何らかの意図はなかったし、僕への気持ちも──ないと思っていいね?」



「すみません。違うのです。申し訳ありません。これあはその、そういう目的ではなくて」



 あろうことか、私は国王陛下の王太子時代を相手役として、私がヒロインとなる恋愛小説を書いていたのでした。

 だから趣味だと言ったのです。


 昔は自分をヒロインにする物語なんて書いていなかったんですよ?

 でも外交官を始めて仕事が忙しくなるほど、何故かこう癒しとして自分を主人公に置いた物語を求めるようになって……ですから趣味なんですって!



「うんうん、分かっているよ。君は他にも沢山書いているようだからね」



「ひぃい」



 違う意味で口から悲鳴が漏れました。

 今まで書いてきたものを読まれたのですか?え?陛下が?


 まさかあの棚の奥のすべてを?


 これはもうあっさり処刑して頂いた方が私のためにもいいのでは?



「他の物語については軽く読んだだけだから、そう困らないで欲しいな。でも君がどんな異性を好み、どういうシチュエーションを好むかは理解してしまったね」



 陛下。お願いです。

 ひと思いに処刑を──。



「そんな男が現実にいたらどうだろうか?」



「はいい?」



「やはりあれは趣味で、現実にはもっと違う異性を求めているのだろうか?」



 何のお話でしょうか?

 まずいです。

 外交官として相手の言葉の意味を察する能力は必然ですのに。



「君の求めるシチュエーションまではその通りに実現出来る保証はないが、おそらく君の好きそうな相手ならば紹介出来るよ」



「ふぇ?」



「実は君にはお願いしたいことがあるんだ。僕を題材としたお詫びと、異性の紹介の見返りを合わせて、請け負ってくれないかな?」



「もちろんです。陛下の仰せのままに」



 内容を聞かずして承諾することも、外交官として致命的な行動ですが。

 今はそんなことを言ってられません。

 これは外交の場ではありませんし。



「良かった。ではしばし私の話に付き合って欲しい。君はいずれ迷い人として別の世界を生きることになるだろう」



「は……はい?迷い人ですか?」



 あまりに予測出来なかった言葉に、あろうことか私は不敬にも陛下に聞き返しておりました。

 陛下はにこにこと微笑まれ、お叱りではないようでほっとします。

 しかしやはり美しいお顔ですね。

 お近くで見れば目尻に皺が刻まれていることも分かりますが、ほぼ老いは感じられず、若い頃からずっと変わらず美しいご尊顔にあるのだと予想出来ました。



「あぁ、そうだったね。詳しい話の前に一筆書いて貰わなければならないんだった」



 侍従の方がさっと書類を私の前に起きました。

 こんなもの書かなくたって口外することはありませんとも。

 自身の恥について私が誰に言えましょうか。


 もちろん私は躊躇いもなく書類に急ぎサインします。





 そしてついに──時を流れるのです。




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