ゲーム序盤

第1話 悪役令嬢に転生したので引きこもりたい

Peak of Colorful Love《ピーク オブ カラフル♡ラブ》


 ファンの間では「ピーカラ」と呼ばれる恋愛シミュレーションゲーム。

 ピーク王国で繰り広げられるカラフルなラブストーリーが人気声優の声で楽しめるため、ハイティーンから大人女子まで幅広いユーザーがプレイしている。

 イケメンキャラとの恋愛要素だけでなく、剣や魔法を駆使して戦うRPG要素、主人公と悪役令嬢が幼馴染の設定で、断罪されないように改心させていくサブストーリーも人気の秘密だ。

 しかも、一度全てのキャラを攻略すると主人公をチェンジして遊ぶことができ、主要キャラの中なら男女関係なく好きなキャラでプレイすることができる。

 まさに「何周もできる」というのがこのゲームの特徴だ。



 私、黒江くろえあかね(アラサー)は、年甲斐もなくこのゲームにハマってしまった。

 ううん、昔から恋愛シミュレーションは好きだったけど、「Peak of Colorful Love」は絵がドストライク……というか、昔から大好きな絵師「奉夢ほうむ いろ」先生だったから、思わず買ってしまった。

 おかげで中学以来、描いていなかったイラストまで描いてしまうほどに【どっぷり沼】状態だ。

 基本的に激しい人見知りで陰キャ腐女子の私だけど、ネットでは陽キャを演じてSNSでもガッツリ勢のピーカラ民と繋がっているし、日々充実はしている。


 仕事以外は。


 今日みたいに連休前は特に忙しくて、帰るのがほとんど日付が変わる前というのが最近のルーチンだ。

 まだ休日出勤が無いのだけ救われている。

 働き方改革のおかげで、隔週土曜日と毎週日曜日は寝ることができる。

 週休二日の会社で働きたいとは思うけど、このご時世、特に良い学歴でもない私が正社員で働けるだけマシよね。


 どちらにしろ、休みの日は家に引きこもって「ピーカラ三昧」でほとんど眠れてはいない。

 ゲームプレイしていない時は、仲のいいピーカラ民と絵茶をしている。

 絵は上手くはないけど描くとピーカラ民からの沢山のスキが付くし、自分の承認欲求を満たして心の平穏が保てるのが良い。

 この前は、はじめてボイチャしながらゲームプレイもしたっけ。あれは盛り上がったなぁ。


 そんなこんなで、この前ようやく一周目の全キャラ攻略が終わり、二周目は誰でプレイしようか迷っている。

 今描いている悪役令嬢のイラストが完成する頃には連休が始まるだろうし、徹夜でプレイできる!と意気込んでいた私だったのだけど……。


 もう絵を描くことも、ピーカラをプレイすることも出来なくなってしまった。


 それは会社帰り。

 警察の追尾を振り切るために、深夜の住宅街を猛スピードで走る飲酒運転の車に轢かれ、私はこの世を去った。


 こんなことなら、ゲームクリアの余韻に浸ってイラスト描いたりしてないで、二周目プレイしておくんだったなあ。

 二次元の世界に心残りなんて私も大概だなあと思いながら、黒江 茜の人生は幕を閉じた。





 ──────はずだった。




 チュンチュン。


 窓の外から鳥の鳴く声が聞こえる。

 私は死んだんじゃなかったっけ? と思いながら身体を起こす。

 身体のあちこちがギシギシと痛むし、もしかしたら事故から助かったのかな?

 ここは病院だろうか?

 辺りを見回すと病院らしからぬ豪華な装飾品に彩られた、質素とは無縁そうなベッドや壁紙、調度品の数々が目に入る。


 数人のメイド服を着た人たちと、ブロンドに青紫の瞳が印象的な美少女が私のことをのぞき込んでくる。

 私とは対極にある「絶対的リア充エンジョイ勢」だと直感でピンとくるくらいの美少女だ。



「ああ、クロエ! 目が覚めたのね! 身体の具合はいかがかしら? 痛くない?」



 クロエ? 誰それって、私か。いくら美少女とはいえ、年上の私の苗字を呼び捨てにするなんて。

 流石にお姉さん(?)、ちょっとイラっとしちゃうなあ。

 何かちょっとイントネーション違うのもイラっとポイントですよ?



「大丈夫じゃないのね? どこか痛いところはある?」



 金髪美少女が私の手を握ってくる。馴れ馴れしい!!!

 人見知りスキルが発動して、思わず反射で握られた手を引っこ抜くと、美少女から出来るだけ距離を取るためにベッドの端まで高速で移動する。


 漫画だったら、スザザザザって効果音が付いたんじゃないかと思う。



「い、いくら美少女でも知らない人の手をいきなり握るなんて失礼じゃないですか。

 それに私はあなたより年上ですよね?」



 いきなり知らない人に手を握られるのは恐怖でしかない。

 なぜか、年下に敬語を使ってしまうくらいに軽いパニックになっている私を見て、美少女は目を潤ませている。



「まさか記憶を失っているの? 幼馴染じゃない、私のこと覚えていらっしゃらないの?

 私よ、幼馴染のアメリア・ラピスラズリよ」


「幼馴染? 私に幼馴染なんて居ませんけど……え? ん??? アメリア・ラピスラズリ?」


「そうです、アメリアです! そしてあなたはクロエ・スカーレットですわ。思い出しまして?」



 アメリア・ラピスラズリにクロエ・スカーレット?

 それって「Peak of Colorful Love」の主人公と悪役令嬢の名前じゃない?

 そう言われてみたら、目の前の金髪美少女は頭の先からつま先まで、身に着けている衣装も含めてピーカラの主人公、アメリアにそっくりだ。



「私がクロエ・スカーレット? そんな馬鹿な……」



 身体のあちこちが痛いのを我慢して、ベッドから降りると部屋の隅にあるドレッサーまで走る。

 ドレッサーの鏡を開くと、私はフリーズした。


 そこには「Peak of Colorfulピーカラ Love」の悪役令嬢、クロエ・スカーレットが写っていた。

 しかも、私が動く通りに鏡の向こうのクロエも動く。


 あ、本当に私クロエ・スカーレットになってる?

 どういうこと???

 まさか、話に聞く異世界転生ってやつなの? 成長してから何らかのトラブルで記憶が戻った設定のやつ?


 とにかくすべての情報処理が追い付かず、更にパニックになった私は、もう一度ベッドに駆け戻り布団を頭からすっぽり被るとこう叫んだ。



「いいから、全員部屋から出て行って!!!」


「でも、クロエ……」



 アメリアが心配そうに布団をめくろうとしてくる。

 布団の端を持って断固拒否の姿勢を見せながら、もう一度叫んだ。



「いいから、全員出てけーーーーーーー!!!」



 全員が出ていく気配がしたので、被っていた布団から出て静かになった部屋を見渡す。

 なるほど、ゲームの中で見たクロエの部屋と同じだ。


 まさかゲームの世界の悪役令嬢に転生するなんて。

 私、断罪イベントなんて絶対無理ゲーだし、このまま引きこもってもいいですか?

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