第20話 本領の章

【地下室にいた大人達全員は】


 突き付けられた現実に揺さぶられていた。文月は突然に


「滴さん、感放を外して」

「どうして?」


「子供達も避けては通れない問題だから…。いずれ、向き合う事になる可能性はある。生き延びるためにもこのことを知っておくのは必要」


 滴は周囲の大人たちを見回したが、反対する様子もないので子供達にかけていた感放をはずした。


 ひいおじい様は渋い顔で

「まあ、いいだろ」


「それにしても、姫が自分の身を持って事を収めたのに、彼らはどうして繕い師の子孫がいる事を知っているのか?」


 さつきがそれを聞いて


「そうだよ。姫が繕い師として自害して、娘の神無月は、死んだ事にして弥生と名前を変えてうぶすな神となって、繕い師は世の中に存在しない事になったはず、この事は軍平しか知らなかったはずだ」


 日向は記憶を辿った。


「私たちに関与してきた人々が戸和の子孫だという、決定的な事はないが神牧は戸和の記憶を呼び戻す…」


 しばらく沈黙した後に滴に聞いた。

「いや、滴姉さん、神牧から戸和というキーワードは出て来ていないですね」


「そういえば、私たちの思い込みがあるかも知れない」


「つまり、戸和の子孫を探している訳ではなく、単純に繕い師を探していると言うことになりませんか?」


 滴は日向に同調して頷いた。さつきが話に割り込んだ。


「と、言うことは、それこそ、繕い師の能力が欲しい、もしくはその力を恐れて消滅させようとするなど、目的があって常に探し、近づき、事を起こしていると考えた方がいいな」


「つまり、身近な人間に神牧の一族が入り込んで、動かしていたと言うことか?」

 ひいおじい様が鋭く声を上げた。


「それはわからないの?」

 おばあ様が眉間にしわをよせ、苦々しく責めるようにいった。


 日向と滴は初めて見る、おばあ様の迫力のある顔に驚きながら、日向が

「残念ですが、そこまで情報を収集出来ておりません」



【すると】


 さつきは少し考えてから、日向と滴に


「四百年前の地震の時は、どうだったの?」


 滴は、意外な顔をしてさつきを見た。さつきに以前、地震の話をしたことを思い出した。


 その時はさほど興味があるように思えなかったが…。いまだに子供のように甘えて来る、さつきが急に大人びて見えた。


「四百年前?ああ、我々だけでなく、大きな災害になったケースだよね」

「大地震は困るな、その時はどんな状況だったの?」


「直下型の地震で多くの人や馬が亡くなって、天地始まって以来の大地と言われた。石垣・城・寺院・家中・民家のほとんどが大破、倒壊。山崩れて河流を止め、水湛が三日三夜にわたって、郡中村々に水附浮事夥だしい数の湖を生じ、数万人の人足を集めて、掘るがまったく効果はなかった。数十年間、湖は消滅しなかった。山間の集落や下界は殆ど消滅状態。それは悲惨な状態だった」


「実際には何が起こったの?」



【安土桃山時代の話だけれど】


 滴は記憶をたどり始めた。


「母親が感取放の使い手で戸和の記憶を引き継いでいた。男子十五歳の繕い師と女子六歳と二歳の感取放の使い手、父親が薬師だった。戸和の一族を逃すために繕い師が地面に向けて危殆を打った。地中からの思惟を感取したところによると、地中の浅いところの断層にあたり、直下型の地震が起こった。大勢の人が亡くなる中で、一人だけ助ける神の選択が出来なかった事や、自分が起こしてしまった地震の責任の大きさから多くの人の繕いをして危篤状態になった。戸和の記憶を持つ母親が、怪我をした薬師の父親と繕い師の息子の身代り死した時に、思惟の調節か効かず、助かったはずの繕い師と感取放の使い手の六歳の娘が、地震の時の多くの人の恐怖の思惟で亡くなった。そして、二歳の女の子と薬師の父親だけが生き残った。そんなストーリーですね」


「ふーん、なんかすごすぎる」


 日向は真面目な顔をして滴の話を聞いているさつきに


「今後何かあったら、子供達も含め僕らは生き残れない可能性があります。ただ師走と葉月は戸和のように完全な繕い師ですので、シャットダウンが出来れば問題はありませんが、未知数です」


「みんなで横浜に避難すればいい」

 と正敏お爺ちゃんが提案するとさつきは


「でも、今逃げても神牧を放置すれば、いずれ、どんどん事が複雑になって収拾が難しくなるのじゃないの?」と首を傾げた。


「さつき君、何故だい?」


 正敏お爺ちゃんが怪訝そうに尋ねるとさつきは当然とばかりに


「神牧一人とは限らないでしょ?今はまだ疑惑の時点だけど、これから、何代も逃げ続けるのか?ありえんだろ」


 その言葉に正敏爺ちゃんは、ひいおじい様に「どうしたもんですかね」と顔をしかめた。


「問題が大きすぎるような気がするが…」

 ひいおじい様は黙り込んだ。正敏爺ちゃんは


「たしかに、すぐに答えを出すべきではないかもしれない。少し時間をおいて対応策を考えたらどうだろうか?」



【そのとき】


 今まで押し黙っていた文月が、日向とつないでいた手を放し、口を開いた。


「さつき、神牧は浅葱家の方を認知していないのでしょ?」


「今は長月と俺とひいおじい様をターゲットにしているんだって」さつきが答える。


「日向、滴さん、それで間違いはない?」


「たぶん、今わかる状況では」滴が答えた。


「それなら、ターゲットを変えずに確認をしましょう」


「確認でしょうか??」

 日向が不安そうに仙人らしくなく焦っている。


「私が聞き出せばいいんでしょ、いや相手に考えさせればいいのね」


「何を考えていらっしゃいますか?」


 日向は不安そうに文月の左手に自分の右手を伸ばした。それを文月がすらっと避けた。日向の表情が凍り付いた。


「私が感放とかを使う事が出来るかしら?たとえば、日向を媒体として私の望むようにかけられる?」


「よく考えますね、繕いとは違うので難しいかと思いますが」


「だったら日向、私一人ではなくひいおじい様とおばあ様、さつきにも協力してもらうからいい」


「だったら、いい?文月さん、待ってください。ヘタレでも相手は男です。本気を出されて誰か怪我しても怖いでしょう。今まで多くの事を裏でしている人たちです」


「誰か怪我したら繕い師がいるでしょ」


「それは、そうですが四人全員は出来ません」

「じゃあ、あたしだけ」


「あっ、そうではなくて、文月が怪我をするのを見ているなんてできません」


「とにかく日向たちは、姿を見せずに後方部隊でいつでもなんでも対応できるようにしていて」


「文月さん!」

「なに?」


 文月はうるさいと言わんばかりに日向に声を荒げた。


「ダメです!」

 日向もまた、仙人のように物静になってから初めて声を荒げた。


「赤毛の兄さん!うぶすな神は一度いいだしたら聞かないよ。うちの家系」


 さつきが口を挟んだ。


「頑固ですね」

 日向は深く呼吸をするといつものように静かにつぶやいた。


 すると文月は、お腹に力をこめた意志の強い言葉を放った。


「頑固といわずに、ぶれないと言って欲しいわ」



【すごい迫力だな】


「さすが豪族や姫の子孫だな、貫禄がある。任侠道まっしぐら」


 さつきが揶揄する。そのさつきの言葉に日向の緊張感が溶けて行く


「まあ、頑固というか、やり方を知らないだけというか…。可愛いですが…」

 くすっと静かに笑うと文月に優しく


「いや、藤代家をターゲットにする必要があるのでしょうか?今現在の情報でもすべての話の根本が違っています。あなたは豪族の母親が身重の戸和に繕いをさせた上に残酷な方法で殺し、私のような半端なエラを持つ人間が出来てしまったと思ってきましたが、それも神牧たちの一族がさせた事なら話が全然違いませんか?あなた方、藤代家が背負うべき十字架は、全く無く、それどころか、戸和が一緒に育った姫の気持ちを推し量り、豪族の命を何度も救ったという事だけで、藤代家が代々自由を失い、作為的にうぶすな神と棟梁をつくって、僕らより重たい呪縛を千年以上も背負ってきました。その間、この山で僕らは犠牲を払っている藤代家に守られて、暮らしてきたのです。あなた方だけで、背負う話ではないと思われます」


「姫の二の舞になる事が心配?」

「そうです。姫のような行動は必要がないという事です」


「残念ながら、罪滅ぼしで動くのではないわ。私たちが背負わされて来た代償を払わせたいのと、今はひとつになった藤代家と浅葱家を守りたいの。私にはそれをしてもいい大義名分があるでしょ」


 きっぱり、文月は自信ありげに目を輝かせた。



【どうなさるのですか?】


 日向は文月に触れようと手を伸ばした。文月はその手をするりとかわすと、ニヤリと笑い


「まずは相手の情報を探るのよ。相手がどれだけの力を持っているのか見せてもらうわ。それに腑に落ちない事もある。さつきが言うように神牧一人の仕業とは思えない。大事な事を見落としているような気がするから、思惟にとらわれないで検討する必要がある」


「読ませていただけませんか?思惟がわかりませんと対応がままならず困ります。文月、お待ちください」


 地下室内を日向は文月を追いかけ始めた。しばらく小走りに逃げていた文月が突然止まり、振り向きざまに


「日向、待て!二重、三重に策略を立ててからだ」


 犬のしつけのように日向を止めた。


 その力強さに思わず急停車した日向は複雑な顔をした。その文月の言葉に、藤代家一同が頷いている。


「黙って婚姻届けを出す人なので思惟が読めない分、不安が大きくなります。本当にあなたと言う人は…」


 さらに困惑の顔をし深くため息をついた。すると、滴から思惟が届いた。


『ひょっとして、藤代家は親子四人で主導権争いをしているのでしょうか?』

『なぜですか?考えすぎではありませんか?』


『彼らは、思惟が読めず発信も出来ないから、情報を収集して分析をそれぞれ水面下で質問や回答で互いの腹の中を探っているような気がします』


『不安ですか?』


『彼らの感取放に一切左右されない判断力はトップクラスですから敵なら不安です。信頼のおける人なので、私たちに危害が及ぶことを極力避けるでしょう。ゆえに不安はありませんが心配です』


『わかります。姫や軍平、豪族の判断を考えても任侠が強く、たとえ親子であっても容赦しないはずですから』


『そうです。姫の腹違いの兄弟に姫に関わるすべて人の命と引き換えに繕い師を要求されて、苦渋の決断だったとしても、うぶすな神などと恐ろしい呪縛を考え付き千年以上守り切るはずがありません』


『そうですね。極端というか…』


『私たちがうまく治める事が出来ればいいのですが、とにかく、作戦や判断、決断は彼らの方が高能力です。任せましょう。私は藤代家の動向に注意します。あなたは文月さんの気を使ってあげてください』


 滴は日向に思惟で頼んだ。


『わかりました。姉さん、今のうちに繕いをしましょう。子供達に何かあった時に身動きが取れないと全員を守れません』


『そうですね』



【日向と滴だけが感取放で会話している横で】


 ひいおじい様が正敏爺ちゃんに話をしている。


「うちの家系は共感や感情移入しない冷酷な部分もあり、切るべきところ、生かすところの判断は長けています。特に文月はそれが強いように感じます」


「同感です。妻が死んだとき、日向と滴をも同時に失うところを二人共救ってくれましたし、妻からも文月さんは賢くて優秀な子だから彼女の判断に任せた方がいいと言われていました。情を考慮することは大切だか何を残して何を捨てるか私はいつも判断に迷います。それは人を動かす経営者やトップにとっては絶対に必要な要素ですね。横浜の会社を文月さんに継いでもらいたいくらいです。以前にうちの子供達から聞きましたが、戦乱の世では賞罰に繋がる武将・大将の首は常に危険にさらされている中で、藤代家の皆さんのように人の思惟に振り回されない人はトップ向きだそうです」


「どういう事ですか?」


「つまり、同情したり喜んだりする思惟を受取ったり、与えたりすると判断を間違ってしまうことがあるそうです。人は勘違いでも一喜一憂しますから、他人からの情報に惑わされることない優秀な武将は、生き残る確率が上がるとの事でした」


「そうですか、それでは長月が師走と葉月を従えた将来のトップ候補ですな」


「先が楽しみですね。今回もまずは彼らに任せてみましょうか?その結果次第で動けばいいような気がします」


「いえ、日向君には命を助けてもらい、娘の睦月が帰って来てくれて恩義はあります。それになにより、うちの従業員の事なので私が対応を考えた方がいいと思います」


「そうですね。それではもっと話し合いが必要ですね」


 ひいおじい様は胸をはって


「私は若い者にはまだ負けませんよ。で、浅葱さん。二人で少し話が出来ませんか?滴さんがヤマカガシに噛まれた前後の事を少し詳しく聞きたいのですがいかがでしょうか?」



【正敏お爺ちゃんは】


「ええ、もちろん構いません。土間のかまどに火をおこし僕らは上でゆっくりとお茶でもしながら話しますか?」


 ひいおじい様の真剣な顔にただならぬ気配を感じ戸惑いながらも誘った。


「いいですね。藤代の家は、大正時代の古い作りですが電化製品は揃っています。薪で火を起こした水はなんだか柔らかい気がするのですよ。それに便利な世の中ですが、火を扱うのは割とみんな好きでしょ」


「そうですね。キャンプファイヤーだって殆ど火遊びでしょ」


「あはは、そうですね人の扱い方を知らないと大やけどするから、火も人も扱い方に経験が必要でしょう」


「ところで、やはり若い者達に任せないのですか?」


「はは、どうでしょう」


 ひいおじい様は笑いながら正敏爺ちゃんの後について階段を昇っていった。 



【数週間ほど】


 日向は右手で文月に触る事が出来ずに日が過ぎていた。日向は感放で葉月に聞いた


『教えてください?かか様は何を考えているのでしょうか?』


 葉月は文月の方を見て、口に手を当てて黙っている


『葉月、いつも、とと様がご飯作ってあげているでしょ』

 葉月は文月と日向の顔を相互に見ている。


 それに気が付いた文月は、日向の方を見ながら

「葉月、お約束したよね。内緒したよね」


 というと、葉月は文月の首に片方の腕を絡ませ、反対の方の手を文月の胸元に入れた。


「まさか、葉月」

「おっぱい」と葉月がにっこりとわらった。


「あなたはいくつになったのでしょうか?」と日向が横目で葉月を睨みつけた。


 葉月は、べったり頬を文月につけ、五歳と手で示した。あきれたようにとため息をつきつぶやいた。


「あれだけ面倒を見ても、おっぱいには負けるのですね。勝てません」


 葉月と師走はどうやったのか内緒のキーワードでシャットアウトが出来るようになった。日向も滴も情報がなにも入らない事に戸惑っていたが、何事もおこらない静かな日が過ぎていった。



【すると突然に】


 明日、フル装備で戸和の滝に全員集合と、文月から指示が来た。翌日、集合場所には浅葱家はもちろん、武人たけとも駆り出され集落の男達と一緒に集まっていた。


 少し遅れて、さつきが長月と一緒に大きな紙袋をいくつも持って現れた。

「おーい、来たよ~。俺、どこに居ればいいの?」


「どんな荷物なんだ」と集落の男達に冷やかされても、満足そうに


「下界にシナモンロールのお店が出来たからさ、おやつだ」と大きな袋を見せた。


「長月来たね~。どれどれ、今日はハイキングですか?」

 うぶすな神の格好をしたおばあ様が紙袋を覗いた。


「まったく我々の集落も含め重要な日にのんきだね」

 首を振るひいおじい様に


「文月おねえ様のご注文です」とさつきが不服そうに言った。


 子供達が騒ぐ中。文月はうぶすな神の正装のまま冷めた目で表情を動かさずに


「ひいおじい様、おばあ様こういう時は緊迫感よりも余裕が必要。余裕が勝ちに導く」と言った。


 うぶすな神の正装を初めて見た正敏お爺ちゃんが珍しそうに文月親子の衣装を見た。

「それにしても皆さんすごいコスプレですね。圧巻です」


「正敏お爺ちゃん、これはコスプレじゃなくて千年以上も続くうぶすな神の正装ですよ」とさつきが答えると


「へえ~、これは何?」正敏お爺ちゃんは髪飾りの先についている玉を指さした。


「琥珀玉ですね。よく見ると虫が入っている非常に貴重な品物です」


 日向が答えると、ひいおじい様が

「本当は黄櫨染こうろぜんにトンボ玉にしたいのですが、今は黄櫨染こうろぜんがなくて」


「へえ~?」


「もともと、豪族は天皇の子孫で姫一族も天皇とのつながりは深く、生き残った豪族の母親が宮中の人だったので、所作を含めこの衣装もたぶん宮中を真似たのではないでしょうか?」


「読めるの?」

 文月が聞いた。日向はここぞとばかりに右手を差し出したが跳ねのけられた。



【地下室の家族会議以来】


 なんとか文月の思惟を読みたい日向だが、いまだに成功していない。文月の様子を不服そうに見ながら話を続けた。


「戸和の記憶では、豪族親子が天皇にこだわった理由もそこにありますね。それにこのうぶすな神の正装は物語の一部始終が入っています。

 よく考えられています。黄櫨染こうろぜんは天皇が着る特別な色でしたが、豪族にはそれが出来なくて、腰に蘇芳すおう色の紕帯そえおびを巻いたのでしょう。

 藤代一族の桔梗の家紋に由来して、引きずるほど袖口幅と丈の長い桔梗色の大袖おおそでの上に、幼い頃から死ぬまで戸和が着続けた、墨染すみぞめ唐衣からぎぬと戸和と結婚した壱与いよを表す浅葱あさぎ色の領巾ひれを重ねて纏うまとう事によって、豪族の母親が起こした罪を被る決意を子々孫々に伝えたかったと思われます。当時の宮中ではあり得ない服装ですが、当時はどれも貴重な品々なのに短期間で用意が出来たこと自体がすごい事です」


 文月は、日向の説明に耳を傾ける様子もなく


「この衣装を身に着けたら、無表情で遠くを見ていなくてはいけないの」

 うぶすな神の表情をして見せた。


 そこには、日向が知る文月は存在せず、以前に通りすがりに見た伏し目で遠くを見つめ、無表情に静寂のなかに凛とし透明感と冷たさがある、美しい朝焼けの雪原のような、うぶすな神だった。髪は前髪を中央で二つに分け、公家のお姫様のように緩やかに肩先で双方に流れた髪は頭頂で白い糸で結ばれている。


 歩くたびに糸の先にある数個の琥珀玉が揺れ、天皇に近くそして遠くある事を示している。


 姫はこの姿で腹違いの兄と会い、自分が奇跡を起こしたと偽証し、その場で自害した。それは、姫の意志を引き継いだまま、千年以上変わらぬ姿で、集落が守られているという暗示を人々に植え込んだ。



【本当の文月は夏そのものだ】


 輝きざわめいている。ただいるだけで人の目を奪う陽の美しさで笑った。日向が文月に見惚れていると葉月が懐いて来た。


『かか様は綺麗だね』

『ええ、綺麗ですね』


『とと様はお顔がベロベロ』

『愛おしいものを見るとお顔は自然とほころびます』


 親子二人で思惟の会話をしていると感じた文月は「ちょっと君達」と風のような速さでやってきて日向の右手を取った。


 文月はすぐに振りほどいたが、日向は、にっこり静かに笑い


「準備が出来たら神牧を呼ぶのですね。感放で色々なものを見せてどこまで通用するかテストします。感取もどこまでできるかやってみます。あっそれは滴姉さんが担当ですね。了解いたしました。大丈夫です。無理はいたしません。葉月、お手柄でした」


 満足げに葉月に微笑んだ。


 文月の思惟を読み、おおよその計画がわかった日向は、滝壺にいつでも飛び込める滝横の岩陰にスタンバイした。その周辺を数匹のタヌキがやって来て、ウロウロし始めた。



【その後を追うように】


 長月がさつきの手を引いてやって来た。長月はタヌキが好きだ。今日はいつも仲良しのタヌキが来ていたようで、日向達の足元でタヌキたちと遊び始めた。さつきが


「さっき、文月おねえ様の左手を握っていたろ?」

「ええ、握りました」


「あれは、繕いをして思惟を読んでいるのでしょ?」

「ええ、そうです」


「だったら、声に出さなくていいよね?僕らの為に声に出していたの?」


「ああ、あれは癖と申しましょうか?さつき氏のおねえ様と感取放をし以来の癖がいまだに直りません」


「へんなの」

「ですね」


 滝音の中で静かに時間が流れていたが、ふと、足元を見たさつきが声を上げた。


「おい、タヌキ!腹どうした?」


 さつきの叫ぶ声に日向が振り向くと、さつきの足元にいるタヌキ達のお腹が地面につくほどに膨らんでいた。


「何を食った?地面に腹がめり込んでいるぞ」


 さつきは呆れ返るようにタヌキのお腹をツンツンと指で突いた。


「ええ、全身ボールのような姿に声を失いますね」

 日向も笑いそうになるのをこらえているようだ。


「驚いたな。どうやったらこんな姿になるのだ?日向さんがタヌキを呼んだの?」


「ええ、いざというときのためにタヌキ氏を呼びましたが…」


「こいつに何をさせるつもり?」


「ほう、ほう」とタヌキを見ながら頷いていたが

「確かに呼びました。呼んだのですがどうしましょうか?」とさつきに訊ねた。


「日向さん、一体何がしたかったの?」

「ええ、実は今回の寸劇に一役買っていただこうかと思いました」


「どんな役割?」

「タヌキ氏の役割は寅とか、麒麟とかに近い配役を考えていました」


「寅?麒麟?この腹じゃ無理だな」


「そうですね。役を変えないと難しいです。さつき氏、うぶすな神伝承というのはどんな話がございますか?」と日向はさつきを見た。


「伝承?昔話みたいな奴?」

「おお、それ、それです。だんだらぼっちはいますか?」


「だんだらぼっち?さあ、いないな。基本オーソドックスにうぶすな神は竜を使って雨を降らせたりする地域の守り神。土着信仰だからさ。なんで?」


「さつき氏、丸い竜は怖いですか?」


「丸い竜?そんなもの、ツチノコみたいでカッコ良くないよ。笑える」


「おお、ツチノコ?そうですね。いくつか繋げればいいですか?人を飲み込んだ事にすれば恐ろしいでしょうか?」


 長月は丸っこいタヌキの横で風に飛ばされたシナモンロールの袋を追いかけようとして、さつきが「危ないよ」と制止した。


 とたんにさつきがすべてのからくりを理解して叫んだ

「おい、こいつ食いやがったな」


 その大きな驚きの声に、周囲の人々がさつきに注目した。それを無視して、さつきはタヌキに迫った。


「お前シナモンロール全部食ったか?長月、タヌキに大きなシナモンロールを50個すべてあげちゃったの?」


「うんうん」長月は嬉しそうに頷いた。

「こいつ」


 さつきがタヌキを睨むとタヌキも負けずに睨んだ。離れて滝の上にいた滴が笑い出した。


『日向、全然怖くない』

『やはり無理がありますか?』


 その時、重たい体をゆさゆさ揺らしながらタヌキが動いた。



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