The girl who imbibes the Raven §3
「あ、どうも……。七海です」
『すごーい! 本物だ〜〜!』
「あ、あぁどうも……」
先程全員で顔合わせしたばかりだというのに、相手の若いハキハキした声に圧倒される。
『七海先輩やっぱ声かわいい〜……。あんな中の人も可愛いなんてほんと解釈一致です!』
「ありがとう……。えぇと、要件は?」
『あ、いやすいません。実は私、先輩に憧れてここのオーディション受けたんです。だからどうしても一度直接話してみたくて……』
スピーカー越しでも分かるその照れている口調に、かつての自分を重ねてしまう。
「それは……嬉しいよ」
その言葉に、松前悠は高揚する。
「あぁ〜〜こっちこそ嬉しいですぅ〜〜!!」
愛する相手に私の事を“嬉しい”と言って貰えた! その事実に背筋がぞくぞくする。ニヤケ顔も止まらず、涙も出そうだ。だが、いつもの配信やTwitterで見ていた七海ハルに比べ、今電話している相手は露骨にテンションが低い。
「あ、すいません一方的に喋っちゃって。あの、先輩……実はさっきの顔合わせで先輩のタレントさんの名前知って、私驚いちゃったんですよね」
『え?』
一瞬の間。
「私、本名は松前悠って言うんですけど。だからその、下の名前同じだ〜〜って思って……って何の話してるんだ私は!」
悠は寒いセルフツッコミを晒した。
『あ、あぁそっか。お揃いだね。私は優柔不断とかの“優”なんだけど、渕梨……松前さんの字は?』
「えーと私は、悠々自適とかの“悠”です! というかやっぱこういう会話ってどっちの名前で呼んだら良いのかごっちゃになりますね!」
『悠々の悠……ね。覚えた。だよね〜。私達はもっぱらキャラの名前で呼び合ってるよ』
「そうなんですね! これからハル先輩って呼んでも良いですか……?」
『? 全然良いけど』
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
『そんな喜ぶ事?』
優が呆れた様な、でも嬉しそうな声で言ってくる。
「そりゃそうですよ! この世界で七海ハルちゃんを先輩と呼べる3人のうちの1人に成れたんですから!」
電撃的な後輩からの通話を終え、私はホっとソファへ沈み込んだ。色々喋っているうちに30分近く経ってしまっていた。通話前にお湯を注いでしまったカップヌードルは悲惨な物体になっていた。麺ってこんなにスープ吸うんだ。
勢いに任せて先輩に電話してしまった! あのハルちゃんと直接! 天にも昇る思いのまま悠は未だPCの前で恍惚としていた。
「ハル先輩ほんと可愛い……好き……喰べてしまいたい……」
9日を迎え、19時からいよいよ3期生達のデビュー配信が始まる。去年私達がやったのと同様に、1人1時間ずつ3人でリレーの様に配信を行う。この前の通話で打ち解けた……とまでは行かないが、距離が縮まったお陰か“リンゴ”はよく私を頼って来ていた。彼女が作った配信サムネや配信内で使う画像やトークテーマについて意見を貰いに、そんなに遜らなくても良いのに毎回申し訳なさそうにお願いして来た。
私としても別に悪い気はせず、むしろ積極的にサポートしてあげたいと思った。彼女が私に親しいからだとか、仲良くしておけば今後役に立ちそうだとか、そういう損得勘定では無い。勿論、先輩後輩で仲良くて損する事は無いが。
1期生と私達2期生の間にあるような軋轢は、3期生達との間には作りたく無い。以前カイとユイともそう話した。正直1期生が何故私達をあれほど拒絶しているのか、未だによく分かっていない。はっきり問いただした事も、言われた事も無いので分からない。ただ六聞ミズホ、彼女だけは違う。私の憧れの人。初めて彼女とコラボ配信をする前の事だ。キッパリと私のキャラがV WINDの看板に泥を塗っていると言って来た。いきなりそんな話をされた時は流石にビビった。そしてそれに対して私も憎い女だと思ってしまった。だがいつしかその憎しみも消え、むしろ堂々と言って来た事に対して好意さえ覚える程だ。もちろん加入前のファン目線から見ていた“ミズホちゃん”像とのギャップに暫く苦しんだが……。
ともあれ私は後輩ちゃん達の配信を楽しみに待っていた。配信を見ながらTwitterで感想も呟こうと意気込む、今の私は唯の1リスナーにすぎない。
19時となり、トップバッター渕梨リンゴの配信が始まった。
『こんばんは〜! みなさん聴こえてますか〜?』
この前の通話の時とは違う、少し大人っぽい通る声だった。だが彼女に違いない。定番のプロフィールの紹介に始まり、スムーズに進行していく。声優学校ってこういう事も練習するのだろうか? 等と思いながらもいつも通り『かっっっっわ… #渕梨リンゴ』とオタクらしい感想をツイートしておく。
『えーと、次に趣味ですね。歌う事が好きなのと、あと……七海ハル先輩です……言っちゃったー!』
画面の向こうで彼女が照れ隠しの様にぶんぶんと頭を振る。
『!?』『あら^〜』『第二の七海ハル現る』等とYouTubeのコメント欄も勢い付く。ミズホ先輩も、私にこう言われてどう思ったんだろうなー。と淡い恋心の様な物を浮かべつつ『趣味ジャンル:七海ハル #とは #渕梨リンゴ』とネタツイートを投げておく。
『皆さんご存知の通り、ハル先輩のデビュー配信の時のパクりですすいませんごめんなさいでも本当に愛してます先輩』
等とリンゴが早口で弁明の様なモノを述べている。私は好きだと言われれば素直に喜んでしまう、安いオンナなのだ。だが、初めてリンゴから来たリプライに対して、妙な不快感を覚えた事も思い出した。彼女は、何者なんだろうか?
『追う側から追われる側になった気分はどう?』と先程のツイートに飛んできたリプライが目に付いた。そっか、追われる側か。何故かその言葉が脳裏にこびり付いた。
その後も彼女のスムーズな進行によって初配信は終わった。次は音無イチゴの配信だ。彼女の配信ページに飛び、20時に配信が始まった。中の人が既にYouTuberとして活動中だけあって、喋りも流暢で面白い。ハーフである事も明かし、流暢な英語も披露していた。『かっっっっっわ #音無イチゴ』とまたツイートしていたのだが、『語彙力死んでて草』だの『かっっっわBot』等と散々な言われようであった。だって他に言える事がないんだもん。
『え?ナシナシコンビ?』
イチゴがコメントを拾ってトークしていた。渕梨リンゴと音無イチゴ、苗字に2人とも“ナシ”が付くからと言われている様だった。私もリンゴの中の人、悠と優でユウ同士だと、同じ様な話をしていた事を思い出す。でも私達の名前は配信じゃ使えないな。
『ナシナシ組も良いね! リンゴちゃんよろしく〜!』
と元気にイチゴはトークを回していた。やはり話が上手い人って、切り上げるタイミングとか面白いんだな。そんな当たり前の事を今更感じた。
本当に何事も無さすぎる位スムーズにイチゴの初配信も終わった。次はラスト、舞波メロンだ。そう言われれば、なんでメロンだけ苗字にナシが付かないんだ。と先程の話に引っ張られてしまう。21時になり、彼女の配信では急に動画が流れ始めた。
3DCGの世界。荒廃した街に舞波メロンが降り立ち、様々な銃や武器を使い謎の敵達を次々と倒して行く。すごいクオリティだ。宛らリベリオンかジョン・ウィックでも観ている気分だ。
映像が終わり、彼女の配信画面へ切り替わる。
『あ、どーも。こんちゃーっす』
と先程の映像と落差の凄い第一声だった。ケラケラと笑いながら自己紹介を進めて行く。
『あ、さっきの映像っすか? あれは私が趣味で作りました〜。私の3Dデータは配布してませーん』
等とあっけらかんと言ってみせる。ゲームだけでなくこんな才能もあったとは……素直に尊敬した。
その中でやはり『石田瞳じゃね?』『eスポからVに転生してたんか』等と“中の人”をイジるコメントもちらほら見えた。だが彼女はそんなコメントを気に留める事もなく普通に進めて行く。これがeSportsで鍛えたメンタルなのだろうか。今度コラボでもした時に聞いてみよう。
『あーなんで3期生はフルーツが名前なのか? 何でっすかねー、ウチにも分かんないっす!』
と、平気で答える。彼女の底無しの明るさというか、無邪気さには笑ってしまう。
あっという間に3人の初配信が終わり時計は22時を過ぎていた。本当にあっという間の3時間だった。私はやはりこの後輩達が好きなのだ。彼女達と一緒にこれから盛り上げていきたい。仲良くしていきたい。純粋にそう思えた。
『3人ともめっちゃかわいかった……。これからよろしくー!』
と、素直な気持ちをツイートした。
週が明け1月11日、成人の日。先週再び緊急事態宣言が出ただけあり、成人の日のイベントすら開催されていない。が、着飾った新成人の姿がちらほら街中に見える。そんな閑散とした街を私は自転車で駆ける。なるべく外出は避けたい所ではあるが、歌の収録となればスタジオに行かざるを得ない。いや、今住んでる部屋は防音構造になっているし、マイクもそこそこ良いモノだが、タダで使える会社のスタジオがあるのなら、勿論そっちを使ってしまう。それに、なんだか外に出たい気分だった。3期生という新しい刺激のお陰かもしれない。いつに無く前向きな自分が少し気持ち悪い位だ。それに電車とか密になる場所も避けているんだから許されるだろう、と自己弁護しつつペダルに力を込める。
いつもの渋谷、V WIND運営のウィンド(株)が入っているビルへ着いた。12階のオフィスへ向かい、V WINDに携わってるスタッフさん達へ軽く挨拶していく。
「清水さん、お疲れ様です」
「おお、ハルちゃん。お疲れさん」
ニコっと笑顔を返してくれる、ここの音響スタッフの清水さん。相変わらず奇抜なヘアスタイルだ。
「収録、時間通りからで大丈夫ですか?」
「おぉ、なんなら今からでも良いよ」
「マジですか。じゃあお願いします!」
「ちょっとは迷えよ!」
と、清水さんとは私の活動初期からの付き合いが長いだけでなく、気さくに話す事が出来る数少ない人だ。
「じゃ、先スタジオ上がってますんで」
「おう」
1つ上の階の収録スタジオに向かう為、エレベーターホールへ戻って行く。その途中、通路左側の会議室に矢崎社長が窓から見えた。それと……多分石田瞳、舞波メロンの人、社長の隣に石田が座り、その向かいに更に2人スーツの男が座っていた。彼女のスポンサー企業の人か? 憶測に過ぎないが。和やかな雰囲気で、今後ともいい感じでWin-Winで金稼いでいきましょう〜〜。とでも話しているのだろうか。そんなどうでもいい妄想をしながら階段を上がった。
『今の良いね。最後歌い直してよかった!』
「ありがとうございます……」
私は涙を雑に拭いながら涙痕を消そうと努める。今日は私が昔から好きだったボーカロイド楽曲『命に嫌われている。』を録ってもらった。これも数多くの人によってカバーされている曲だ。私は原曲より少しテンポを落としたピアノアレンジの曲に歌を乗せた。どうしても後半の感情的になる部分で涙が溢れてしまい、ちゃんと歌いきれず何度も録り直させて貰った。既に1時間以上歌い続け、喉も限界だ。
クリスタルガイザーを流し込み、マスクを着けてブースへ入る。最後に歌ったバージョンを聴かせて貰う。未だ、いや、これからの一生も自分の声を聴くのは嫌いだろうけど、最近は少しずつ自分の声に慣れて来た。故に、足りない部分も明確に分かる様になってしまい、辛い日々でもあるのだが。
最後に歌った物は、上手く歌おうというよりもう感情を曝け出してしまおう、というテンションだった。まぁまぁ良かったんじゃないかな、と自分を納得させた。
1月17日。19時から私が歌った『命に嫌われている。』の動画がプレミア公開された。私はそれを、カイの家で見ていた。
「めっちゃエモいじゃん」
そう彼女は感想を溢した。
「感想の内容薄すぎん?」
「いや、ほんと。一人の時にちゃんと聴くわ」
「んーーー……」
何とも言えない感想を貰い、モヤモヤしたままTwitterでエゴサーチして曲の感想を見て回る。
『かっこいい』『泣いた』『めっちゃ感情篭ってるやん、どうしたん』等、そこそこ良い評価を貰っている様だ。正直私のカラオケを聴いて評価してくれるなんて、単にフォロワーが多いからなんだろうなぁ。と、当たり前の感想をカイの膝の上で抱く。
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