カラスに成った女
12月も中旬に入り、年末に行われるV WIND年越しライブに向け忙しくなってきた。V WINDの裏方スタッフも日に日に増えていき、私個人のマネージャーも付いた。分かる、明らかに新たな事を始める為に準備を進めている。3期生でも迎え入れるのか? V WINDはいつだって私たち演者への連絡が遅い。彼ら的にはサプライズ的に用意しているのかも知らないが、こっちとしては良い迷惑だ。今思えば、最初からそうだった。彼らの演者の管理体制も、内部の連絡体制も、ファンへの対応も全て杜撰で、2回ほどネット上で炎上騒ぎとなる事もあった。私としてはゲームやって歌やって、それを配信して、お金を貰う。こんな楽しい生活を送れるなら会社がどうなろうと別に関係ない。
私は、こうなる為にVTuberになったんだっけか?
私の憧れであった『六聞ミズホ』。彼女とも表向きは正常・良好な関係だ。そういえば初めてコラボ配信をする前に私を脅してきた事があった。それについて直接会って謝られた事もある。その時の事は、正直私はあまり覚えていなかった。憧れのキャラの中の人と会う、それにすら抵抗がもう無かった。その『脅迫電話』は録音していたので、いつでも何かに使えるな、と思っていたが使う機会も無かった。意外と度胸のない人だな、と冷めた感想を今思う。
同じ事務所の子らと仲良くし『てぇてぇ』と視聴者を思わせコメントさせ、金を投げさせる。道化だ私は。だがそれで良い。
ああ、私は本当に黒く汚いカラスになってしまった。
今日は相川凛が我が家に遊びに来た。『涼咲カイ』とのオフコラボ配信をする為だ。
「ハルちゃんおっはよー!」
「涼ちゃん、おはよ」
玄関で大きなバッグを抱えた彼女を迎え入れる。
「えーすご! めっちゃ綺麗じゃん!」
「物が少ないだけだよ」
「どーやったらこんな部屋綺麗に保てるんだろー」
彼女は興味深そうに部屋の中を見て廻る。
「晩ご飯はどーする?」
「昨日作ったカレー残ってるけど食べる?」
「え、マジで! かていてき〜」
彼女が来る事を見越して、私はいつもの甘口カレーを多めに作っていた。何を張り切っているんだか。この部屋に来る最初の客が彼女だとは誰が予想していただろう。
彼女がキッチンの鍋の蓋を開け、冷めたカレーを指にとり舐める。人差し指を根元まで咥えて。
「あまぁーい! おばあちゃんが作るカレーみたい!」
「それ褒めてんの?」
「そうよ、すっごい懐かしい味するわ〜」
「クチに合ったようで何より……」
そう言いながら彼女の横に立った瞬間、彼女がこちらを振り向く。その瞬間、唇を奪われた。
「……え?」
私は呆然として、彼女の眼を見た。
「好き」
「え?」
「私、料理出来る子スキなんだ〜」
「え」
「好きだよ、ハルちゃん」
「……それは友達としての、それとも……」
「恋人としての、好き」
静寂。
初めて見せる彼女の恥ずかしがる仕草表情に、少し可愛いと思ってしまった。
「『七海ハル』? それとも『那賀見優』が?」
「……那賀見優が……」
私は思わず吹き出してしまう。
「ちょ、え。なんでキスしてきたアンタを私が問い質さないといけないといけないの?」
「分かんないよ、気付いたら好きに成ってたの」
「えぇー……」
「初めてスタジオで会って、一緒に歌った時に『あ、好きだ』って思った。好きだって伝えないとダメだと思った」
「……そんなイケメンなのに、乙女じゃん」
「そんなイジワルな子でしたっけ?」
「でもさ、彼女さんはどうすんの?」
「別れた」
「えぇー……。私はどうすりゃいいのよ」
「……自分で決めてよ」
「うーん、ちょっと時間頂戴」
「わかった」
涼咲カイ、いやパンクロック少女・相川凛よ。アンタはバカだ。同じ職場の同僚に告白しちゃって、しかもこれから一緒に配信しようという日に。そして何より、私の様なクズ人間に惚れて。
なんだか若干居心地の悪い空気のまま、その日は一緒に配信を行い、更に彼女はうちに泊まっていった。
そうこうしている内に、あっという間に31日を迎えてしまった。いつもの会社のスタジオではなく、今日は外部の大型スタジオに来ていた。私達V WIND6人の動きを同時にトラッキングし、更にそれを配信する為の強力な設備はウチには無いからだ。
最終リハーサルも終え、私達は楽屋に戻った。楽屋は1期生と2期生の3人ずつに別れ待機していた。ライブ用に、私達の『アバター』には華やかな衣装が与えられたが、私達はもっぱらいつものダンスのレッスン着のままだ。なんだか代わり映えしないなぁ。涼咲が席を外し、荒巻と2人きりになる。昨今の情勢の所為で、常にマスクを着けて、なるべく会話も控える様に云われている。なんとも居づらい空間だ。
「あのあの……」
にも拘らず彼女は話しかけてきた。
「緊張しないんですか、先輩」
ポロっと彼女が私を『先輩』と呼ぶ。
「あ、やっぱ私って分かってたんだ」
私もあっさりと吐く。
「そりゃ分かりますよ。メガネも短い髪も似合ってますよ」
「ありがと。じゃあもう隠す必要ナイジャン……。そういうユイ……“古谷さん”こそ、緊張している様には見えないけど」
椅子ごと近づいてきた彼女は私の右側に座り直し、寄り掛って来る。
「先輩が居るから、落ち着いているんです」
「なんじゃそりゃ」
頭まで私の肩へ乗せてきた。
「バイトの時も私を色々庇ってくれたり、V WINDに入ってからも堂々としている先輩が居たから頑張ってこれました」
「あー……それならよかった」
「大好きです。先輩」
「え」
彼女が私を見つめてくる。このタイミングで涼咲が帰ってきた。
「「あ」」
2人が同時に同じ音を発する。
「ズルい!!」
そう言い、涼咲も私の左腕に抱きついてきた。
「あ〜両手に花や〜」
棒読みで答える。
「ホホホ、2人とも私のどこがそんなに好きなんだい?」
「何その口調きもっ」
「きもー」
なんだか、今のままが楽しい気がする。このまま楽しく活動が続けられたら良いのに。
「よっしゃ! V WIND、行くぞ!」
「「「「「オオォーーーッ!!!」」」」」
舞台袖で円陣を組み、六聞ミズホの掛け声に他5人も叫び声で答える。
私達は進み続けて来た。私も住み慣れた場所を離れ、歌も歌えるようになってきた。ゲーム機も買い揃え、様々なゲームも視聴者参加型でプレイしたりとやれる事も増えてきた。ゲームなんて久しくやっていなかったが、どうやら私にはFPS等のシューティング系ゲームが向いていたらしく、メキメキと実力を身につけてきた。
ただの六聞ミズホオタクだった私が、いつの間にかこんな立場になっていた。
人と関わる事も拒んで来ていた人間が2期生とも、1期生とも一緒に配信している。他事務所のVTuberとも何度もコラボを重ね、企業の垣根を超えたVTuberの集まりでライブも行った。
知名度は今も上がり続け、海外のファンも増え始めた。とっくにチャンネル登録者数は50万人を超えた。ここに来てやっと『私はすごい事をしちゃっているんだと』理解する。ネットは世界と繋がっている。そんな当たり前の事も認識した。
自分の事ながら笑えてくる。人間キッカケがあれば変わってしまうもんだ。
そして私は舞台袖から飛び出した。舞台の上に立っている。1年前に観た『1期生』と同じステージの上に。
× × ×
松前悠(マツマエ ユウ)は枕に顔を半分埋めながらスマホを眺めていた。
液晶の中には、七海ハルがステージ上で歌い、踊っている。
「私がカラスだ……可愛い烏(カラス)を喰べてしまいたい……」
そう呟いた。
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