カラスを狙う女1

 今日もいつもと変わりないバイトを終え、徒歩で帰路に着く。その頃には地面の雪は殆ど溶けていた。

そういえば、古谷あかりはあのデビュー配信の日にバイトを辞めていた。彼女なりのケジメなのかどうかは知らない。だが顔を合わせなくて済むのは助かった。もし真意を確かめたければ、私が出勤している時間帯に客として来れば当然会う事は出来る。だが未だ来ていないのだから彼女にとっても、そこまで大した問題ではなかったのだろう。私としては会いたくないが。

 帰宅し、すぐに配信用PCを立ち上げる。21時からのコラボに向けて自分で作成した資料を今一度確認する。今日は『V WIND1+2期生 お互いの事をもっとよく知ろう! 一番クセがすごいのは誰だ!?選手権』と題され、まぁタイトルのままなのだけれど、一人ずつ自分の好きな事等をプレゼンして、一番個性が強烈な人間を決めるという訳だ。

ふとDiscodeを見ると、1件通知が来ていた。開いてみるとミズホ先輩からの通知だった。

『お疲れ様。今電話出来る?』

わわわわ、ミズホちゃんから電話のお誘い(?)が!? オタクの部分の私が興奮し動揺する。『お疲れ様です! 大丈夫ですよ!』そう返信すると、すぐに通話が掛かってきた。急いでヘッドセットを着けドキドキしながら着信に出る。

「あ、お疲れ様です!」

『ハルちゃんお疲れ様ー』

「ど、どうしたんですかいきなり……先輩から電話来るなんて、心臓バクバクしてヤバいんですがッ」

オタクっぽい喋り方でミズホ先輩の出方を待つ。

『あのさ、今日の配信でさ、ハルちゃんプレゼンで、もしかして私の事言おうとしてる?』

「あ、ハイ……。バレちゃってました……?」

彼女の冷たい言い方に悪寒を感じる。

『……あのさ、それやめて貰える?』

「え、あ、ミズホ先輩の事紹介するの、をですか……?」

言葉が片言になり、頭が真っ白になり掛ける。

『うん。やめて欲しい』

「あッ、あ……そうですよねぇ、気持ち悪いっすよね。すいません何か自分の好きな映画でも……言います……」

『……ねぇ、あなたって何? ただのミズホオタクなの? なんの為にここに居るの?』

「え……」

『正直言うとさ、あなた見てるとなんかイライラするの』

彼女の歯に衣着せぬ言い方に、私は完全にフリーズする。

「……」

小さくミズホの息を吸う音が聞こえる。

『私はさ、“六聞ミズホ”の名前とキャラに似合う様に頑張って演じてんの。なのにアンタはなんなの? ただのオタク女アピールして、私たちが築き上げて来た名前を汚しに来たの?』

「……いや、そんな……」

泣いている訳では無い。ただ、言葉が喉に痞え何も言い返せない。そうだ、なんで私は彼女の横に立ちたいと思ったのだろう。

『私たちの1周年記念のライブでさ、あんた達が発表されてさ。晴れ舞台で顔に泥を塗られた私達の思いが分かる?』

そんなの運営に言ってよ、そう思った。だが、その罪悪感は私もあの時確かに感じていた。だが私はデビューしてから浮き足立ち、何も思わなくなった。

『……私はまるで“カラス”よ。V WINDの名前を売る為、“六聞ミズホ”の顔を売る為に他の事務所の子とコラボしたり、企業案件を取ってきたり、何にでも噛み付いて、食って、啄き回る。そうやって作ってきたV WINDの名前を使って、アンタに惰性で活動して欲しく無い』

「……すいません。私は、“ミズホちゃん”の事も勿論好きだし、マリーちゃんもピースちゃんも好きです。後輩という立ち場になった今、先輩達へ対する敬意を欠いていました」

ミズホは何も言ってこない。

「ですが、私だってこのキャラを矢崎さんに買われてここに来たんです。それに他のVTuber事務所でだって新人達は、先輩達の築いたネームバリューを使って、爆発的な初動人気を得ているんです。私達だってそうです」

『あっそ……。もういいわ。とりあえず今日、私のことを言うのはやめてよ』

「分かりました」

『こんな話した後じゃコラボし難いでしょ? 欠席してもいいよ?』

「いえ、私も“七海ハル”の顔を売らないといけないので」

『は、ウザ』

そう言われ、通話は切られた。

地獄の様な時間だった。今までの会話が現実だと信じられない。

まさか私の『推しだった』子に、こんな事を云われる日が来るとは。これが部外者ではなく、同僚となった事の代償なのだろうか? 1期生は2期生を、いや、少なくとも私の事は快く思っていない様だ。

 でも良いですよ、ミズホ先輩。なら私も、何でも食らい、啄く、カラスに成ってやりますよ。


 21時になり、六聞ミズホのチャンネルにて初のコラボ配信が開始された。勿論、私も出演した。

「――えーじゃあ、ハルちゃんはどお?」

「いやいやいや! なんですかその雑なフリ! やめてくださいよミズリン先輩〜〜」

「アッハハハハハ!」

「じゃあ言いますけどぉ〜……」

「あ、言ってくれるんだ。はい、どうぞどうぞ〜」

「えっと、私を動物に例えると……“カラス”ですかねぇ」

六聞ミズホに振られ、私はカラスと答えた。反撃だ。

「カラス!?」

「何で数ある動物の中からカラスを選ぶのw」

他の人間は面白おかしく無理やり盛り上げようと下手な芸人の様に私をイジる。

「カラスの様に何にでもたかって行くただのオタクですので」

「あーー……」

荒巻ユイだけが、同調の様な同情の様な声を上げる。

その瞬間、私のアバターが画面から消える。

「どうした!? どうしたァ!ww」

三葉ピースがバカみたいにはしゃぎ立てる。

「え? あ、ごめーん! ちょっとハルちゃん消えちゃった……」

「ちょっとミズリーン!」

「ハルちゃんないなった……」

明らかに嘘だ。私の反撃に対する嫌がらせだろう。

「いや、いいですよミズリン先輩。私なんて特に動かないので立ち絵で十分ですよ」

『草』『動けや!!!』等とコメントも大量に送られて来る。

 そんな仕組まれたハプニングをこなしつつ、一通り2期生のお題に沿った自己紹介コーナーが終わり、次にそれぞれの趣味や、勧めたい事をプレゼンするコーナーが始まった。

荒巻ユイは、安くて手に入り易いオススメのアロマキャンドルを、わざわざ作ってきたであろう比較資料を使って説明した。まるで東急ハンズの店員だ。

 そして私の番が来た。

「はい、私が紹介したいのは――」

コメント欄にも『どうせミズリン』『ミズホオタク来た』等と書き込まれている。

「はい皆さんご名答、六聞ミズホちゃんの、“ここ好き!”ポイント、です!」

一瞬、1期生の人間達の空気が凍った。画面共有で、私のPC上に展開された『六聞ミズホ年表』が、ミズホ先輩の画面上にも映り、そしてそれは2万人近く居る視聴者の目へ届いた。これは、私の記憶とネット上でまとめられているミズホに関する文章を元に私が作り上げた物だ。愛に溢れている。

「う、おぉ……」

という間抜けなミズホの声が漏れる。

『ミズリンドン引きで草』『年表!?』『PDFでくれ』等、コメントも予想通りの盛り上がりを見せる。

「いや、別に引いてないよ! えーでは、ハルちゃん、プレゼンをお願いします!」

MCをしているミズホの声が聞こえたので、躊躇なく私も話始める。ここで私の画面を切ったり、操作する事は彼女には出来ないだろう。視聴者は私のオタクトークを待っている。

「えーでは、皆さんご存知の箇所も沢山あるとは思いますが、彼女の活動をこの年表で振り返って行きながら、私の“ここ好き!”ポイントを挙げていきたいと思います、よろしくお願いします」

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