第4話 空獣ジズ参上。

ルシフェルは大地を蹴って飛び出した。

真っ直ぐに晴天の空を目指す。


現時点では、まだ辺りにあの空飛ぶクジラの姿は見当たらない。

このまま何事もなく、上空まで抜けられれば――


「頼むぞぉ? 出来れば出てこないでくれ!」


ルシフェルは背の六翼を羽ばたかせ、ぐんぐんと高度を上げていく。

その飛翔スピードはかなりのものだ。

瞬きする間に低層雲が彼の目前まで迫った。

しかしそのとき――



ぐにゃりと空の一部が歪曲する。

歪みは見る間に膨れ上がっていき、そこからクジラが姿を現した。


「……ちっ! やっぱりすんなり通してはくれないかぁ」


ルシフェルは舌打ちをして、更に速度をあげた。

虚空から顕現したクジラは数百メートルにも及ぶ巨大な身体で豪と大気を震わせ、さながら海面を飛ぶかのごとき見事なジャンピングで体当たりを仕掛けてくる。


けれども問題はない。

ここまでは想定範囲内だ。

ルシフェルは翼に掛かる負荷を力で無理やりねじ伏せ、急制動で進路を変える。


「うおおおおおお! 抜けろぉおおおお!」


突っ込んでくるクジラの体表ギリギリを沿うように飛び、なんとかジャンピングアタックをやり過ごした。

そのまま上空へと突き抜ける。


「はは! どうだ見たか!」


回避してやった。

渾身の体当たりを躱されたクジラは心なしか悔しそうである。

対してルシフェルは鼻を高くし、意気揚々と空を目指す。

けれどもすぐに異変が起きた。

またしてもルシフェルの進行方向で空が歪曲したかと思うと、そこから二頭目のクジラが姿を現したのだ。


「――はぁ⁉︎ そんなんありぃ⁉︎」


想像もしていたかった出来事に、ルシフェルはなす術もない。

今度は回避かなわず、二頭目のクジラのジャンピングアタックをもろに食らってしまった。


「ぐぇ!」


超質量のぶちかまし。

直撃を受けたルシフェルの意識が飛んだ。


しかしながらこの程度のダメージで済むあたり、ルシフェルの頑丈さも物凄い。

なぜならクジラの体当たりは並の人間が食らえば一瞬で全身の骨が粉砕され、身体がぺしゃんこの肉塊になってしまうほどの衝撃なのだ。


とはいえまったくの無事ではない。

意識を朦朧とさせたルシフェルが、錐揉み状に横回転しながら墜落していく。


「やば……」


このままでは地表に激突してしまう。

なんとか体勢を整えなければ。

けれども身体が言うことを効かない。



薄れゆくルシフェルの視界の隅に、何かが映った。

それは遥か天空の彼方から猛スピードで突っ込んでくる巨大な影だ。


あれは鳥だろうか。

あまりにも大きすぎるせいで、ルシフェルの遠近感がおかしくなる。


この怪鳥こそは空獣ジズ。

幾千年の永きに渡り、アイラリンド超天空城の主人であるルシフェルの帰りを待ち続けてきた大怪獣。


ジズは飛翔しながら巨大な身体を震わせる。

天界において明けの明星とまで謳われ、父なる神に天の全権を任された、いと尊き存在。

その熾天使長ルシフェルに、あろうことかジャンピングアタックを喰らわせた愚物がいる。


許すまじ、許すまじ、許すまじ……!


ジズの瞳は怒りに燃えていた。

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