アデル出陣(3)
アデルが身に着けた白銀の鎧に、ゲオルグの剣が打ち下ろされる。
肩口に届いた斬撃は鎧を削り裂き胸の上を走る。刃こぼれした剣で力任せに体を抉られる激痛と、耳障りな硬い音の中で、アデルは死を覚悟した。
そこで不意にノインの幻影を見た。かつての訓練で、抱き着く程に間合いを詰められた瞬間が想起される。剣が折られたことで、アデルは起死回生の一手を見出した。
左手に折れた刃先を握り締め、柄を握る右手に力を込める。
小太刀による二刀流――。
それを行う機はすぐに訪れた。ゲオルグの剣にも寿命が訪れたのだ。
剣が折れた瞬間、ゲオルグは行き場を失った力に体が流され、やや前のめりになった。アデルはその隙を見逃さず、雄叫びを上げてゲオルグに向かい踏み込んだ。
「うおおおあああ!」
(なんだ⁉)
ゲオルグは悪寒を感じ咄嗟に後ろに退いた。その瞬間、目の前からアデルが消えた。アデルはゲオルグの体に沿うように素早く回転し、背面に回り込んでいた。
困惑し、僅かに反応が遅れたゲオルグの首筋に、アデルは両手に握った剣を突き立てた。首の左右に歪な刃先を刺されたゲオルグは、突如として表れた苦痛に叫ぶ。
アデルは突き立てた剣を更に押し込みにかかる。
ゲオルグはそれを阻止すべく、剣を捨ててアデルの両腕を掴む。
「この、死に損ないがああああ!」
首筋から血を噴き出しながら、ゲオルグはアデルの前腕を握る手に力を込めた。アデルは骨がみしみしと軋みを上げる音を聞き、痛みに顔を歪める。
だが、それでもアデルは止まらなかった。腹部には折れた剣が突き刺さったままになっており、創傷の出血も夥しい。剣先を握る手も深く傷つき血が滴り落ちている。
雄叫びを上げる口からは血が飛び、誰が目にしても満身創痍の様相。
しかし、止まらない。止める気はない。
父王を弑逆され、国を簒奪された。そんな復讐心は今のアデルの中にはなかった。
ここでゲオルグを討つことで、どれだけの命が救えるか。アデルの頭にはそれしかなかった。すべての愛する者を守りたいという一心がアデルを突き動かしていた。
「燃えろおおおおお!」
アデルの両腕から燃え盛る炎が現れゲオルグを襲う。それはアデル自身も無意識の魔力変換だった。巨大な炎の渦に巻かれ、ゲオルグは肌を焼かれる痛みに絶叫する。
だが――。
「いい加減にしやがれええ!」
ゲオルグが激昂し、背後にいるアデルに向かい背をぶつけた。腹部に刺さったままの剣が押し込まれ、アデルはどぷりと血を吐き溢す。
その一瞬、気が途切れた。筋肉が弛緩し、体を防護する魔力が剥がれる。
ぐしゃっ――とアデルの両腕で血が爆ぜた。肘から先が千切れていた。
(ここ……までか……)
アデルは崩れ落ち、地面に座り込んだ。
ゲオルグが魔力を放出して炎を吹き飛ばし、首に刺さった剣を抜きつつ振り返る。
「ああ、
ゲオルグの首に黒い靄が現れ、首を覆う包帯のようになる。たったそれだけで、噴出していた血が止まった。その光景にアデルは愕然とする。
(命を賭して……この程度か……!)
這い寄る無力感を跳ね除け、自分の情けなさ、不甲斐なさに憤る。
歯を食いしばり、霞む目でゲオルグを見据える。
「手間かけさせやがって」
ゲオルグがアデルの頭を掴んで持ち上げる。
じっくりと甚振って殺してやりたいという思いが湧く程度には苛立っていたが、それ以上にガーランディアを攻め滅ぼしたいという欲望が強く働いた。
これ以上、無駄に時間を使うなら――。
それは体に潜む外界の徒からの脅迫だった。
抗えない恐怖に怯え、ゲオルグはアデルの頭を握り潰そうと力を込めた。
その瞬間――ズドンという音と共に土が跳ね上がった。
ゲオルグは思わず身を仰け反らせ、
(攻撃された⁉)
理解すると同時に、慌てて後方へと飛び退く。遅れてやってきた焼けるような痛みに呻きながらも、ゲオルグは自分の腕を断ち切った者を睨みつけた。
「お前は……!」
数で押すのが基本の戦争で、それを覆す一騎当千の力。
その存在に、どれだけ辛酸を嘗めさせられたか分からない。
「漆黒の悪魔……!」
戦慄くゲオルグの前に、アスラが立ちはだかる。
その背後では、ディーヴァがアデルの治療に当たっていた。
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